余命宣告の妻に寄り添った愛犬…小林孝延さん「犬一匹の存在が、不思議なくらい前向きにさせてくれた」

月刊誌「ESSE」などで編集長を務めた、小林孝延さん(56)の著書「妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした」(風鳴舎、1870円)が累計5万3000部を突破し、書店などで在庫切れが相次ぐなど話題となっている。保護犬だった福を家族に迎え入れたことで、小林さんは「心に刻み込まれる時間を過ごせた」と振り返った。(坂口 愛澄)
小林さんの妻・薫さんは23歳のとき、乳がんを発病していたが、闘病を経て、がんを克服していた。しかし、2015年11月に体の不調を訴え、病院へ行くと再発が判明。余命わずか半年だった。
「戦慄(せんりつ)が走ったような感じでした。ついに来たかという思い。当時、長女はまだ高校生。(薫さんは)『何とか娘の成人式は見届けたい』とずっと泣いていました」
抗がん剤治療の日々は想像を絶するものだった。薫さんは副作用でうつになり、家族とぶつかることが多くなった。
「先行きに絶望し、気を紛らわすために(薫さんが)お酒を飲んだり。(小林さんが)帰宅する前に、娘たちが母親に注意をしていたり、家の中はぐちゃぐちゃになりました」
知人でモデルの雅姫(51)の「犬を飼ってみたら」という一言が小林さんの背中を押し、保護犬シェルターに足を運び、のちに家族になる保護犬に出会った。
「周りに保護犬を飼っている友達もいて、自然と保護犬が選択肢にありました。生後約3か月とされる保護犬(メス)を福と名付け、迎え入れました。(薫さんも)すごく喜んでくれて、爆笑したりしていましたね」
福と家族になり、病気よりも福の話題が、小林家の会話の大半を占めるようになった。「妻の命に対する絶望しかなかったが、命の希望みたいなものが現れ、驚くほど家族の空気が一変した」と振り返った。
「妻はあまり外出ができない状態でしたが、いつも隣には福がいた。ソファで寄り添って横になっていたり。妻の体調のリズムに合わせてくれて時間を共有していました」
保護犬だった福は、人間に対して大きな恐怖心を抱いており、人混みを嫌った。小林さんは福のことを考え、人通りの少ない午前4時ごろから一緒に散歩をするようになった。
「習慣づいて、今も早朝の散歩は続けています。迎え入れた当初、福はとにかく人間を信用していなかった。信頼関係を徐々に築けて、距離が縮まった気がします。ようやく最近、犬らしくはしゃいでくれるようになったんです」
福のおかげで、闘病中の薫さんも見違えるように明るくなったという。
「ネガティブになりそうなことも、明るく笑い飛ばして振る舞っていました。犬一匹の存在が、不思議なくらい前向きにさせてくれました。動物って本当にすごいなと思わされました」
薫さんとの残された時間を悔いのないようにしようと、小林さんは「やっておきたいことリスト」を作成した。「(長女の)成人式を見届けたい」という薫さんの願いもかなえることができた。
「本当に気力だったと思いますよ。成人式翌日には、家族写真を見せても(薫さんは)記憶がなかったんです。肉体が弱っても気持ち一つで、目標を成し遂げることができるんだなと感じました」
薫さんは18年に死去。落ち込む小林家を励ましてくれたのも福だったという。
「本当に福がいてくれたことは大きかった。悲しくても、お世話をしないといけないので、自然と日常の生活に戻っていくんですよね。(薫さんに)特別なことはできなかったけれど、心に刻み込まれる時間を過ごすことができたと思っていてそれも福が家族になってくれたおかげだと思っているんです」
最愛の妻の「死」を取り上げるということもあって、風鳴舎からオファーをもらい、執筆を終えるまでは約3年もかかった。
「癒えてきた傷を思い返し、追体験をすることになるのでしんどい作業だと感じることもありました。ただ、同じ境遇にいる人たち、保護犬を飼っている人たちにも届けたいなという思いも芽生えてきたことで、完成させることができました」
読者からは「読み終えると、心がとても温かくなりました」といった感想をもらうことが多いようで、小林さんは「この本は希望の話です」と笑みを浮かべた。
「こんなに反響があるなんて思っていなかった。僕の人生の物語に、自分の人生を重ね合わせてくださってる方がいらっしゃる印象です。ただ悲しいだけの物語じゃないので、読んでいただけるとうれしいです」
◆小林 孝延(こばやし・たかのぶ)1967年2月18日、福井県生まれ。56歳。編集者。月刊誌「ESSE」「天然生活」など料理と暮らしをテーマにした雑誌の編集長を歴任。女優・石田ゆり子の書籍「ハニオ日記」も編集した。2016年から自身のインスタグラムで保護犬や保護猫にまつわる投稿を始め、話題となった。趣味は釣りとキャンプ。