羽田空港を始めとして全国の空港や自衛隊の飛行場などには、1万リットルもの水槽を内蔵する超大型の消防車が配備されています。見た目も市井の消防車とは大きく異なりますが、その見た目にも理由があります。
2024年1月2日17時47分頃、JAL(日本航空)のエアバスA350-900型機(JL516便)が、羽田空港第2ターミナル前にあるC滑走路に着陸直後、海上保安庁の中型飛行機ボンバルディアDHC-8-315型と接触し炎上しました。前者については乗客乗員計379人全員が無事脱出に成功したものの、後者は乗員6名のうち5名が犠牲になっています。
この事故に対し、消防車など115台が出動し対応にあたった結果、火災は事故発生から約8時間半後の3日午前2時15分ごろに鎮火しましたが、このとき真っ先に、炎上する機体へ近づき消火活動を始めたのが、羽田空港に配備されていた「空港用化学消防車」です。
羽田衝突事故で大活躍! 空港の「装甲車みたいなドデカ消防車」…の画像はこちら >>オーストリアのローゼンバウアー製空港化学消防車「Panther」。写真は陸上自衛隊の木更津駐屯地に配備されている車体(柘植優介撮影)。
実はこの空港用化学消防車は、通常の消防車とはケタ違いの性能を持っています。そもそも、空港用化学消防車はICAO(国際民間航空機関)が定めた車両の規格に沿って開発されており、一般的な消防車とは異なります。
市井の消防車の場合は、公道を走行することが前提のため、道路運送車両法や道路交通法などといった日本の法律にも配慮されて開発されますが、空港用化学消防車の多くは、空港の敷地内で起きた各種事案に対応することが前提のため、むしろ性能を最優先にした特殊性の高いものになっています。
灯油系のジェット燃料を満載した大型旅客機が火災を起こした場合、瞬く間に燃え広がり、乗員乗客への生命の危機が懸念されます。そのため悪天候や強風時でも、空港敷地内のいかなる場所へも3分以内に、直ちに消火活動を開始できなければならないとされています。そのため、足回りは基本的に4WDや6WD、8WDといった装輪駆動です。
さらに積載性も求められます。空港では、街中のように各所に消火栓があるわけではありません。またプールや河川などから水を得ることも難しいため、車体に水や消火薬剤も積んでおく必要があります。
こうした要求の高さが、空港用化学消防車の大きさにも表れています。たとえば、羽田空港にある「空港用10000リットル級化学消防車」。これはオーストリアのローゼンバウアー社製「Panther(パンターもしくはパンサー)」と呼ばれるモデルですが、全長は11.9m、全幅は3.1m、全高は3.65mあり、そのサイズは61式戦車(全長8.2m、全幅3m、全高2.5m、重量35t)を上回ります。
荷台には3つのタンクが備えられており、ここに水1万500リットル、薬液650リットル、消火剤300kgを積載。これらを噴射するためのターレット(放水銃)を、屋根上と車体前面バンパーに1基ずつ計2つ備えています。 また車体側面には、左右それぞれ「ハンドライン」と呼ばれるホースを備えています。これは火災現場に到着したのち、車両から下車した防護服着用の隊員が手で操作しながら扱うものです。
ほかにも、タイヤやボディなど車体各部を炎や熱から守るため、自衛用の水噴霧装置も装備しています。
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羽田空港の俯瞰画像。滑走路は4本ある(画像:国土交通省東京航空局)。
燃料まで積んだ場合の車両総重量は約32tにもなりますが、出力約700馬力を発揮する排気量1万5240ccのボルボ製D16型水冷直列6気筒インタークーラー付きターボ・ディーゼルエンジンにより、停止状態から40秒以内に80km/hまで加速できるという優れたダッシュ力を有しています。なお、最高速度は100km/h以上を誇ります。
基本的に現在の空港用化学消防車は、運転手3人乗りが基本。通常は、高熱や爆発から身を守るため車内から放水操作を行い、前出のターレットから大量の水や消火薬液などを噴射します。 航空機の燃料は左右の主翼内にあるため、航空機火災の際には車両を動かしながらノズルを使って消火活動を行った方が、安全に効率よく消火できます。ただ状況によっては、航空機内に入って消火活動をすることもあり、その場合は運転手以外の2名が手持ちノズルを用いて消火を担当します。
羽田空港の敷地面積は、約15.1平方キロメートルある東京都渋谷区よりも広く、約15.2平方キロメートルあります。この広大なエリアをカバーするため、空港の南と北の両側に消防車庫を設けており、双方に空港用化学消防車を配置していつでも出動できるようにしています。
ICAOでは、空港を11の等級に分け、それぞれに水の量、化学消火剤の量、1分間あたりの最大放射量を定めています。このICAOが定めた基準に照らすと、羽田空港は最大の空港規模を示す「ACD10」という分類に当てはまり、最低3台の空港用科学消防車を設置することが求められています。
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羽田空港にある消防署。大型の空港用化学消防車が2台停まっているのが見える(画像:写真AC)。
そのような中、羽田空港で空港用化学消防車を運用しているのは、東京航空局東京空港事務所です。ここには、空港敷地外にも出動可能、すなわち公道走行が可能な小型、ひと回り大きな中型、そして最も高性能な大型、これら3種類の空港用化学消防車が計4台配備されています。
また給水車や電源照明車なども配備されているほか、多くの負傷者が同時発生することに備えて、大量の医療資機材を運ぶフルトレーラー仕様の空港用医療作業車も配備されています。
なお、これ以外にも羽田空港の周辺エリアは東京消防庁蒲田消防署の管轄エリアとなっているため、同署の空港分署が京急・東京モノレールの天空橋駅近くに設けられており、そこに大型化学車、泡原液搬送車、特別救助隊が配置されています。 また羽田空港内には同分署のターミナル分駐所が設置されており、昼間はここに救急隊が前進配置されます(夜は空港分署から出場)。
日頃から空港消防(東京空港事務所)と蒲田消防署は協調しており、今回も空港消防が初期消火を行っている間に東京消防庁から救急車や指揮車など含め100台以上の応援が駆け付けました。そういった連携体制が、JAL機への迅速な対応につながったと言えるのかもしれません。