「記事を読んで青ざめました…」米NYタイムズ紙「2024年に行くべき52か所」に選ばれた山口市民に広がる“声に出せない不安”

米ニューヨーク・タイムズ紙は1月9日に、世界各地を対象にした「2024年に行くべき52カ所」を発表し、日本の山口市を3番目に選出した。同市が「西の京都」と呼ばれながらも京都のように観光客で混雑しておらず、600の歴史がある「山口祇園祭」、国宝の「瑠璃光寺五重塔」などを選出の理由として紹介しているが、これに市民は手放しで喜んでいる様子でもないようで…。
喜びの一方で、多くの山口市民が戸惑いと不安を隠せずにいる。米NYタイムズ紙が「2024年訪れるべき52か所」として、北米の皆既日食地点、パリ市に次ぐ世界の3番手に山口市を選出したのは1月9日のこと。「まったく予期していなかったこと。まさに青天の霹靂です。西の京と呼ばれる山口市には600年以上も続く祇園祭りなど、多くの伝統行事や文化財がたくさんある。自然が豊かで街並みも静かで美しい。そんな山口の魅力が高く評価されたのでしょう。選出をきっかけに、多くの海外からの観光客が山口を訪れてくれるとうれしいですね」(山口観光コンベンション協会観光事業課・川井雅義さん)
山口市にある龍福寺の紅葉
山口市の外国人観光客は年間にわずか9162人(2022年度)だが、昨年、やはりNYタイムズ紙が「23年に行くべき52か所」の2番手に選んだ盛岡市にはインバウンド客が大挙して押し寄せている。「インバウンド客の来店はこれまで記憶にない。もしいらしたら、精一杯のおもてなしをしたい」(山口提灯祭りが行われる道場門前商店街そばのレトロ喫茶『もぐらの里』店主・土屋信弘さん)と、観光需要増への期待は高まるばかりなのだ。ただ、その傍らで見逃せない声がある。ある山口市民が小声でこうつぶやく。「山口市が観光地と言われても正直、ピンと来ない。たしかに日本三大名塔とされる瑠璃光寺の五重の塔をはじめ、雪舟庭やサビエル記念聖堂など、歴史的な名跡が多く、コンパクトながら県庁所在地として都市機能も整備されており、住んでいてもこれほど快適な都市はない。だけど、市内の観光スポットなんて半日もあれば回れてしまう。海外からわざわざ訪れてもインバウンド客は暇を持て余してしまうのでは?」(60代男性)
日本三大名塔とされる瑠璃光寺の五重の塔
別の40代女性もこうやきもきする。「NYタイムズの記事を読んで青ざめてしまいました。だって、『完璧な美しさ。ぜひ訪れるべき』と激賞されている瑠璃光寺の五重の塔はいま改修の真っ最中なんです。四方を工事用の目隠しボードで覆われていて、26年まで実物を見ることはできません。推奨されている7月の八坂神社での祇園祭りも、鷺舞い神事や1000人規模の市民総踊りは見ごたえ十分ですけど、京都の祇園祭りに比べるとあまりに小規模。宿泊拠点の湯田温泉も街中温泉で、温泉情緒はイマイチです。NYタイムズ紙が『オーバーツーリズムとは無縁。京都以上に興味深い』と山口をほめてくれるのはうれしいけど、海外からのゲストを失望させてしまうんじゃないかと思うと心配で心配で…」
現在、四方を工事用の目隠しボードで覆われていて見ることのできない瑠璃光寺の五重の塔
前出の『もぐらの里』店主の土屋さんもこう気を揉む。「この地球上で3番目に訪れるべき場所と評価されても当惑してしまう。率直に言えば山口はインバウンド対応はできていない。なにしろ、現状は山口宇部空港から観光スポットのある市内中心部への直通バス便すらないんですから」実際、市内にある4か所の観光案内所で英語に対応できるのは新山口駅だけ。市中心部にある他の3案内所は日本語での案内がメインだという。ただ、そこは山口市側も百も承知らしい。「NYタイムズの選出と瑠璃光寺五重の塔の改修が重なるとは、まったく不運としか言いようがありません。ただ、実物を見られなくも観光客が楽しめるよう、塔のある香山公園内でさまざまな催し物を予定しています。室町時代に山口を治めた大内氏の歴史がわかる時代絵巻や和歌の展示、さらにはプロジェクションマッピングによる夜間イベント(1月19日~28日)なども行う予定です。インバウンド対応? これから大急ぎで検討することになります」(前出・川井さん)
現在、改修中の瑠璃光寺の五重の塔
平成の大合併前までの山口市は人口14万人ほどで、日本一小さくて目立たない県庁所在地と言われてきた。とはいえ、多くの歴史名跡に加え、市内を流れる一の坂川沿いでは源氏ボタルが群舞するなど、これほど自然と都市機能が調和する景観都市も少ない。NYタイムズが指摘するように、観光ズレしていないその雅やかな佇まいはインバウンド客をきっと満足させるはず。山口市民はもっと自信を持ってもよいのでは?取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班