「バイデンさんに見捨てられたくない」岸田首相開き直り“派閥解消宣言”のウラに訪米先送り報道…薄ら笑いを浮かべる首相に番記者は「この人ヤバイ」とドン引き、再び解散風が吹くか

1月18日、永田町に激震が走った。パーティー券問題の渦中のなか、岸田首相が突如、岸田派の解散を記者会見で公言した。その真意につき、さまざまな憶測が流れる中、背景にはアメリカとの外交があったとの指摘もなされている。
政治改革に背水の陣で挑む覚悟を示したとも報道された今回の派閥解消について、政治部記者はこう語る。「ぶら下りでも薄ら笑いを浮かべながら宏池会(岸田派)解散について言及する岸田首相を見て、記者はみな『この人はヤバイ』と囁きあっていました。つまり岸田氏は首相を続けるためには手段を選ばない人だ、というところが如実に見えたのです。独断で派閥解散を強行した理由は、派閥解消で支持率を上げて解散総選挙に持っていき、続投の道を拓こうという見方が有力です」開き直りにも見える岸田首相のの派閥解散宣言。その背景には、東京地検が安倍派だけではなく、岸田派の元会計責任者を立件したことで岸田氏に批判が集中する可能性が高くなったことも理由のひとつにあげられるだろう。岸田首相は「事務処理上の疎漏であると承知しているが、私自身、在任中から今日までそれ以上のことは承知してない」と強調したが、いかにも苦しい言い訳だった。パーティー券捜査が岸田派までに及んだことで支持率がさらに減少することは目に見えており、追い詰められていたのだ。
取材に応じる岸田首相。「この人ヤバイ」と番記者もドン引き(共同通信)
だが、岸田首相が焦る理由はもう1つ別にあったとも。岸田氏が派閥解散の意向を表明した日には、もう1つ重要なニュースが報道されていた。18日、共同通信など各報道機関が、「日米両政府が岸田文雄首相の国賓待遇による訪米を4月に先送りし、首相とバイデン大統領の首脳会談を、4月10日を軸に実施する方向で調整していることがわかった」と報じたのだ。理由は「バイデン氏が3月7日に一般教書演説をする日程が決まり、会談が難しくなった」とされた。
バイデン大統領(本人facebookより)
岸田氏の訪米については昨秋から浮上しており、岸田首相がバイデン大統領から国賓待遇での招待を受け、米議会で演説を行うなどのプランが練られてきた。岸田首相にとって最大の後ろ盾の1つがバイデン大統領であるところは衆目の一致するところ。バイデン大統領は、岸田首相が組んできた米国のメリットにもなる防衛費のGDP比2%への増額などを高く評価し、バイデン政権として広島サミットの開催や、ウクライナ電撃訪問などの岸田外交を強く後押ししてきた。もし、岸田首相の国賓級待遇での訪米が実現すれば、2015年の安倍晋三元首相以来、9年ぶり。“外交の岸田”を自認する首相にとって、国賓待遇での招待、そして米議会での演説は岸田政権のハイライトになるはずのイベントだった。ところが――。「岸田首相は年始の会見で3月6日の国賓訪米日程を発表して、意気揚々とアメリカに旅立つつもりだったのですが、会見での発表にバイデン政権が『待った』をかけたのです」(外務省担当記者)
どういうことかというと、昨年末に自民党派閥の政治資金問題が噴出し、「岸田政権はもたないのでは」との観測が米政府側でも議論されるようになったのだ。岸田首相を国賓として呼んで議会演説をさせたとしても、その後すぐに退陣となれば、大統領選を控えるバイデンにとってはとんだ赤っ恥となり、トランプから「人を見る目がない老いぼれ」と罵倒されかねない事態となる。つまりバイデンは岸田首相を見限りはじめた、というのだ。
トランプ氏(本人facebookより)
こうしたアメリカの動きに岸田首相は焦ったのだろう。そこで、1月に政治刷新本部を発足させ応急処置を試みたものの、逆風は収まらない。それどころか岸田派まで捜査の手が及ぶことがわかり、さらに追い込まれることになった。同時にアメリカから訪米の延期が正式に通告されたのである。パー券疑惑批判が続く限り政権はもたない、政権が死に体のままではバイデンに見放される、という二重苦のなかで、急転直下、窮余の策として出たのが「岸田派解散」という一手だったのだ。「これまで派閥均衡政治を続けてきた岸田首相が、なりふり構わず一人で決めたのが岸田派解散だったのです。これを受けて安倍派、二会派も続けて解散を発表した。この派閥解散という一手は、各派閥が謀議を重ねて”岸田降ろし”を画策する動きをしばらく封じることが出来るという効用もある。どんな手を使ってでも政権を維持し、バイデンに岸田政権はこれからも続くということを見せたい。さもなくば国賓待遇での訪米は実現しない…開き直りの独断専行にはこうした背景があるのではないかと見られています」(前出・政治部記者)
岸田首相の「派閥解散」を受けて、早速、永田町では岸田首相が解散総選挙を打つという「解散風」が吹き始めている。岸田首相はこれまでも「解散」を上手く使ってきた政治家として知られている。まず2021年、自民党総裁選を経て岸田氏は、首相に就任してわずか10日後に解散を打っており、この就任から10日での解散は戦後最短記録だった。「首相就任後、解散は少なくとも6週間は空ける」という慣例を覆して解散を強行したインパクトはいまでも残っている。昨年、岸田首相が思わせぶりな発言を来り返し「解散風」を政権維持に利用できたのも、”岸田解散は読めない”というイメージが残っていたからに他ならない。そしていま、「派閥解散」政局が始まり、再び解散風が吹き始めたのだ。「いま永田町では4月解散説、またはG7後の6月解散説が流れています。岸田首相周辺からは『派閥解消を実行しなければ国民から見放される』という声も出て意気軒昂ですが、しょせんは自民党内の話で“コップの中の嵐(狭い世界での内輪もめの意)”でしかない。国民にとっては関係のない話でもあるので、どこまで支持率アップに繋がるかは不透明。岸田首相にとっては乾坤一擲の大勝負ですが、どこかズレているという声もあがっています」(前出・政治部記者)
政府専用機で手を振る岸田首相(本人facebookより)
岸田首相の訪米は3月から延期され4月で再調整される見込みだが、政治部記者は「4月訪米実現も五分五分ではないか」と指摘する。なぜかといえば、まず4月は日本で衆院補欠選挙があり、その選挙結果によっては再び岸田政権批判が高まる懸念がある。一方で米国大統領選も3月のスーパーチューズデーを皮切りに本格化していく。11月5日の大統領選投票日までは、どう転ぶかわからない岸田政権に手を差し伸べることは控えたいというのがバイデン側の本音だろう。もし4月訪米が再延期となったとき、岸田首相はバイデンに見放されたということを意味する。窮余の一策は、はたした吉と出るのか凶と出るのか――。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班