認知症専門医が鳴らす警鐘「根本治療薬ができたとしても、予防の重要性は変わらない」

今回のゲストは、筑波大学名誉教授、東京医科歯科大学客員教授であり「メモリークリニックお茶の水」で院長を務める朝田隆氏。朝田氏は認知症治療の草創期から、認知症を専門とする精神科医として現場の悩みに向き合ってきた。認知症予防と治療の第一人者と言われる朝田氏は、認知症患者が増えゆく日本に、今、何が必要だと考えているのだろうか。朝田氏が重要視している”フィンガースタディ”の取り組みや、介護の悩みへの向き合い方を聞いた。
―― 認知症専門医として日々多くの患者さんを診ていらっしゃると思いますが、認知症患者さんを専門に診られるようになった背景を教えてください。
朝田 私は医師になり精神科に入局したのですが、統合失調症や分裂病、うつ病などを診るのは向いてないと感じていました。そんな中、高齢者の精神的な問題について関心を持つようになりました。日本は今後、超高齢社会になると予想されているのに、認知症についてはほとんど知られていない。「認知症を専門とした医師は、まだ少ないなら自分がやろう」と思い、認知症を専門にみることを決めました。
―― ほとんど手掛かりがないところからのスタートですね。どのようにして認知症への理解を深めていかれたのでしょうか。
朝田 当時は昭和57年頃でしたが、医学部のなかった県に次々と新設医科大学ができていったときでもありました。その中のひとつの山梨医科大学(現、山梨大学)に、私がお世話になった上司の仮屋哲彦助教授が教授として赴任することになったのです。この教授のもとでなら、自分のやりたい研究ができるのではないかと思い、山梨医科大学に行くことにしました。
山梨医科大学で最初に行ったことは、外来へ来られた患者さんの家を一軒一軒訪ねて回り、生活の実態を見せてもらうことでした。教科書もない時代でしたが、患者さんを見れば認知症のことがわかると思ったのです。毎年5月の連休に100人ほどの患者さんのお宅を回る活動を5年間続けました。幸い山梨県は小さな県で高速道路も通っている。山梨医科大学があった甲府から1時間ほどあれば、都市部にも山間部にも行くことができました。
―― 5年間の活動で、どんなことを感じられたのでしょうか。
朝田 学問的に考える解決へのアプロ―チが、必ずしも現場の問題の解決につながっていないことです。
学問の世界では、「知能や記憶などの中核症状をいかに良くするか」に関心が集まっています。現在もその傾向はありますが……。しかし、中核症状がいくら良くなったとしても徘徊、暴言、暴力、昼夜逆転などの行動・心理症状(BPSD)が改善しなければ、家族は困るわけです。
いくら記憶力が良くなっても、妄想で人に殴りかかったり、壁に便を塗りたくったりする問題行動があれば大変です。逆に言えば、話したことを覚えていなくても、穏やかにしてくれていたら家族はほっとしますよね。
学問的に正しいとされていることと現場の乖離を感じていた私は、「ボケてもいいから家族が穏やかに暮らせることが大事だ」と、ずっと言ってきました。学問的にいかがなものかという声もありましたが。
―― 先生のクリニックは診療スペースだけではなく、デイケアのスペースも作っておられます。この場所は、どのようにして活用されているのでしょうか。
朝田 認知症予備軍の方がUターンするためのフィンガースタディ(高齢者の生活習慣への複合的な介入による、認知機能障害予防の研究)を意識した臨床活動を行っています。認知症が進めば薬はありますが、認知症予備軍の方には薬は出せない。ただ悶々と「悪くなるんじゃないか」と思って待っているわけです。だから、こんなことを考えついたのです。
介護保険は要介護にならないと受けられません。でも、うつ病や認知症予備軍などの病名がつけば、精神科デイケアは受けることができます。
ここに来られているのは、電車や車で通うことができる認知症予備軍の方々です。認知症患者さんが約650万人いるとしたら、予備軍の方は約550万人います。
―― それだけの方がUターンできるかどうかは、日本全体にとっても大きな違いになりそうです。デイケアで行う内容についてもお聞きできますか。
朝田 脳トレ・筋トレ・発声法・聞き取りのレッスンなど、さまざまなことを行っています。月曜日から土曜日まで毎日違うメニューがある中で、患者さんは、自分に合ったメニューを選び、週に1回のペースで来院されています。
―― ここに通われている方には、どんな変化が表れていますか?
朝田 認知症を進行させずに7~8年通っている方が100人単位でいらっしゃいます。例えば、週刊朝日の副編集長だった方は、認知症予備群のときにうちに来られてから、もう8年通われています。彼が行うのは、筋トレを始めとして彼が気に入っているメニューです。グレーゾーンからだんだん戻っていって、健康な状態を維持しています。
―― 個人差はあっても、ここでのデイケアが、多くの方にとって認知症予防になっているのですね。いろいろなメニューが受けられるのは長く続けられる理由にもなりますね。
朝田 私が認知症予防において大切だと思っている取り組みが、フィンランドで行われたフィンガースタディです。フィンガースタディは、単品のメニューで取り組むものではありません。脳トレ・運動・美術・音楽・発声法・耳トレなどを幅広く実践するのが効果を得る秘訣です。
フィンランドでなされたフィンガースタディでは、1260人を対象に3年にわたって介入をしました。その結果、認知機能の低下率が比較対象に比べて下になりました。この成功から、わが国でも「国のレベルでこうした取り組みによる成果を!」という声が強くあります。
日本の自治体でも認知症予防の取り組みはありますが、多くは運動だけです。「予算使いました。これで認知症予防をやりました。介護保険の利用費も下がりましたか?さて……」という態度がこれまでの日本の自治体。エビデンスはあまりとっていません。
―― 各自治体でもフィンガースタディができるようになったら、もっと良い状況になるのでしょうか。
朝田 やるとしたらそれしかありません。4・5年前から国立長寿医療センターは、いわば日本のフィンガースタディに取り組まれました。結果として、一部の指標で改善はあったのですが、医療費や認知症の発症率などの大きなアウトプットに結びつかなかったようです。

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―― 結果が思わしくなかった原因をどのように分析されていますか?
朝田 国立長寿医療センターの取り組みは、もっと時間をかけないと目に見える結果には現れてこないでしょう。
私たちが筑波大学で行ったフィンガースタディ的な取り組みは、12年間継続しました。フィンガースタディが広く知られる10年ほど前に始めた「地域まるごと介入」です。
これを行ったのは、茨城県の利根町。利根町は、県下に44ある市町村の中で、介護保険の受給率の高さが2番目でした。しかし、介入を始めて7年ほど経った段階で逆転し、受給率の低さ1位に踊り出た。それからずっと1位を維持しています。これによって、介護保険の受給額が年間約3億円減りました。
1位になるまでの7年、国のお金を3億円かけましたが1年分で取り戻したわけです。人々の意識と行動を変えるには、それぐらい続けないとダメです。お金をかけることに躊躇して、小さな取り組みをしていても、大きな収穫にはつながりません。
―― 利根町が変わった一番の理由は何だったのでしょうか。
朝田 地域の人々の意識変容と行動変容があったからです。「みんながやっているから自分もやらなきゃ」と思う。今も町と筑波大学との共同で継続されていますが、運営は町内でほぼ自主的に行っています。
成功の秘訣は、運動などの単品での介護予防ではなく、複数取り組んだということですね。栄養講座や運動講座、脳トレ講座のほか、サプリメント接種の継続もしました。繰り返しになりますが、「良さそうなことは何でもやる」というのがフィンガースタディの結論と同じです。
―― 受ける側としても、いろいろなことに取り組むのは楽しめそうですね。認知症予防においては、早い段階で自覚して備えることも大事だと感じます。
朝田 ランセットという医学雑誌が世界各国の報告を統括した記事があります。それによると、最初にあやしいと思ってから認知症の検査を受けるまで、平均4年かかっているそうです。4年待ってから診断を受けていたのでは、認知症が進行してしまっているケースがほとんどです。
だから「怪しいと思ったら、即診断を受けに行く」というのが理想です。でも、行かないんですよね(笑)。「検査を受けよう」と言われたら「冗談じゃない。俺のどこがぼけてんの?ふざけんじゃねえ」と言い返す。そして喧嘩になるのが普通なんですよ。運転免許の返納を勧めるのと一緒です。だから4年もかかるんです。
―― 本人の立場に立つと、自分の変化を認めたくない思いになるのも分かります。
朝田 そうですよね。そういった現状から、本人にも認知症予備軍と自覚してもらえるようなチェックリストを作りました。このチェックリストは、日本老年精神医学会が公認事業として作成し、2022年に権威ある海外の雑誌に掲載されています。
認知症の疑いがある方の13の行動に対して当てはまるかどうかチェックします。回答者は本人のみならず、家族や医師による他者評価でもいいのが特徴です。
概して本人は自分に甘く、家族は厳しく評価しがちです。医療者は中間です。予備調査からその違いを算出して、その値を用いて、回答者が誰であるかによって、重みづけを変えてあるのです。だから誰が評価しても正しい結果が出るようになっています。
例えば、本人が「当てはまらない」と言っても家族が「当てはまる」と回答する。医療者は「過大評価しすぎじゃないですか。半分にしておきましょう」と言う。本人の回答頼りになって認知症予備軍を見逃さないための仕組みです。
このチェックリストは、ご自身やそのご家族が認知症への心配があるときに使用します。あるいは、市町村の介護予防事業や通いの場などでも活用できます。
―― 認知症になったら悪くなる一方だと思っている人は多いです。それが、症状を認めたくないという思いにつながるようにも感じます。ちなみに「認知症になっても薬で治せたら……」と思うのが人間だと思うのですが、薬の開発に関しては、どの程度進んでいるのでしょうか。
朝田 認知症の進行を先延ばしまではできるようになりました。といっても、先延ばしに我が国で唯一成功したのは2023年8月に承認されたレカネマブだけです。認知症の進行を7.5ヵ月遅らせることは期待できますが、副作用の可能性があったり、使用できる症状が限られていたりといった課題も残っています。だから、レカネマブは健康な時間を延ばすための薬ではないのではと思います。
「薬ができたから、認知症と診断されても対策はある。だからお父さん早く検査に行こうよ」という検査を促すきっかけとして活用はできるかもしれません。ほかには、これといった薬はできていません。仮に根本治療薬ができたとしても、予防の重要性は変わらないでしょう。
ただ、そうは言っても昔に比べると開発は進んでいます。23年前ほど前までは、「先生、あんた医者なんだから、もう少しどうにかしてくれ」と言われても「いやー、すみません。薬がないもんで」みたいな話をしていました。ただ悪くなっていくのを不安がる患者さんと家族を、指をくわえて見ているしかなかったのです。
―― 普段から介護のお悩みをたくさん聞いておられる先生は、介護の大変さをどんなところに感じますか?
朝田 介護の一番つらいところは、正しいことを言っても相手を怒らせるだけになってしまうことです。言われた方は「理屈で言い負かされた」という思いになってしまう。言い負かした方は「これだけ言ってもわからんのか、バカ野郎」と思う。お互いが意味のない消耗をするだけです。
それから、若年性認知症は一家離散につながる可能性がある。今、日本には5万人ほど若年性認知症の患者さんがいます。そして、その方たちの介護に力を貸しているのがヤングケアラーと言われる子どもたちです。
若年性認知症が進んだ患者さんの家庭は、子どもの不良化や離婚、貧困などの問題が起こりやすくなる。
家は暗い、大黒柱はいない、親は仕事をして帰ってこない。「飯は自分が作るんだな……」となれば、子どもたちに悪影響を与えかねません。だから若年性認知症の患者さんがいる家庭は、真っ先に「何とかしてあげないと」と思います。
―― そうですね。若年性認知症患者さんの家庭がラクになるための方法って何かあるのでしょうか。
朝田 なんだろうな。配偶者であれば、お金という手があります。例えば、生命保険の書類に、「若年性の認知症で、もうどうにもなりませんわ」と書いたら、死亡時にもらえるはずだった2000万円を生きていてももらえるわけです。住宅ローンもチャラにしてくれる制度がある。住宅ローンは、大抵、銀行がバックアップして組んでいますから……。それに年金も。
「金なんかもらうより、お父さんに元気になってほしい」と言われれば、何とも言いようがありませんが……。配偶者にとっては、多少助けになる制度です。
―― 介護は多くの場合、介護者の精神的な負担という問題も出てきますね。
朝田 介護者の3人に2人が鬱になります。だって、いつになったら楽になるのか先が見えないから。「いつまでも元気でね」とは思えなくなってきます。介護鬱から始まって心中ということもありえます。
昭和20年から比較すると、殺人事件での被害者は4分の1に減りました。2万人ほどいたのが5千人ほどになったのです。しかし、尊属殺人だけは昭和20年と比較して3倍ぐらいに増えています。一番多いのは、息子が親を殺すケースです。なぜかと言ったら認知症が増えているから。殺人というと言い方が悪いけど、心中です。親父を殺して俺も死のうと思ったけど俺は死にきれなかったというパターンですね。
―― 介護で追い詰められるときは、どんな精神状態になっているのでしょうか。
朝田 トンネルビジョンと言いますが、トンネルの中に入ると出口の光が小さく見えるだけで、周りは真っ暗です。それと一緒で、介護という暗闇の中に入っていくと、周りの意見や援助というのは見えない。まして、親族も口は出すが金は出さないことが多いです。何もしてくれないのに「もうちょっと丁寧にみろよ」とか言ってきたりして……。「口ばかり出して何も助けてくれない」と言いたくなる状況が多いから、ますますトンネルビジョンになるんですよ。
そんなとき、感情的に言い返せる人はまだマシです。真面目な男性に多いのが、トンネルビジョンの中で、「撃ちてし止まむ」の精神で、とことんまで自分を追い詰めてしまうケースです。「撃ちてし止まむ」というのは「戦い抜いて国のために死にましょう」というような意味です。そういう価値観を持っている人も中にはいらっしゃるでしょう。
私たちからしたら「なんで介護保険使わないの?」と思うんだけどね……。でも「女房の介護のために、俺ができることはとことんやる」というタイプの人はいます。そういう人はある日燃え尽きて悲惨なトラブルが起こる。反対に、アルツハイマーの診断を受けたその日に、役所に行って介護保険の手続きをしてくる人もいますが。
―― 思い詰める前に、介護のストレスは軽くしたいですね。
朝田 それにはやっぱりシェアでしょうね。介護は多くの場合、長期戦です。しかも軽度から重度まで、介護度にもグラデーションがある。状況の変化に合わせながら、どこまで介護負担を家族や他人とシェアしていけるかということです。
もう一つ大切なことは、その日暮らしの精神でいることです。「明日もまたこうなったらどうしよう」とは考えずに、目の前のことさえやっていればいいということです。
私の師匠、山梨医科大学教授であり日本うつ病学会の理事長をされた仮屋哲彦先生が、興味深いことを言っていました。
うつ病の人は真面目な人が多く「みんなに迷惑をかけないために早く良くなりたい。どんな心構えで頑張ったらいいですか?」と聞かれるそうです。そんな質問には、こう返しているそうです。「その心がいけません。頑張ろうとは思わない。自然体で、できることをできるだけやったらいいのです。これが一番早く治るんです」と。
先ほどの“その日暮らし”という言葉には、そんな意図があります。変に力んで「みんなに迷惑をかけたくない」といって無理をすることが、その人を苦しめているということですね。
―― 先生のご著書に「認知症予備軍の危険信号は“面倒くさい”と思い始めた時が危険信号」と書かれていました。その状況からUターンする方法を教えてください。
朝田 「走りたくない」と言っている馬に、どう“にんじん”をぶら下げるかという話ですね。これがなかなか難しくてね……。
何も意欲がなくて「もう面倒くさい」という人は、遊びや音楽などの、楽しくて心を揺さぶるようなもので刺激するしかないでしょうね。遊びであれば、麻雀なんかは介護予防においても人気です。
音楽で言えば「刺さる曲」ですね。「10代の頃に聴いたあの曲はイントロが聞こえてくるだけで胸が弾むわ」というような曲ってあるでしょ?そんな「刺さる曲」が一人ひとりあるのですが10歳~20歳ぐらいに聴いた曲がほとんどなのです。
―― 音楽は、認知症の方にとってどんな効果があるのでしょうか。
朝田 音楽の効果については、印象深いエピソードがあります。50代前半で完全認知症になった若年性認知症の人がいたんです。もともと穏やかな男性だったのに、奥さんに対して暴力を振るようになった。ある日、また暴力を振いそうになって奥さんがあわやと思ったときに、フォークダンスのオクラホマミキサーの音楽が聞こえてきたんです。ちょうど近くの高等学校で体育祭の予行演習を行っていたときでした。
すると、若年性認知症のご主人が、とっさに奥さんを殴りかけた手を降ろしたとのこと。奥さんが次にクリニックに来られたときに感動して聞かれました。「先生、あれは何でやめたんですかね?」って。
「昔、自分が女の子と初めて手をつないでフォークダンスを踊ったときか何かの記憶にオクラホマミキサーがあるんですよ」と答えました。まさに刺さる曲なわけです。その後、奥さんが調べられて「どうもそのようですね」と言っておられました。
―― 10歳~20歳の頃に聞いた曲が心に刺さるのは、なぜでしょうか。
朝田 それについては、今年の科学論文で発表されたデータがあります。人間は7~8歳頃までは記憶力が悪いけど、その後、上がっていって10歳~20歳くらいのときの記憶力が最高なんです。これがひとつ。それ以上に大事なことは“初めての経験”と結びついていることです。
初めてのキス、初めての外国、初めて親元を離れての進学。初めて何かしたときの情景や瞼に浮かぶ風景と後ろで聞こえてきた曲が結びつくらしいです。
「親父の刺さる曲なんて分からない」という人は、お父さんが10代のときのレコード大賞で新人賞をとった曲なんかをかけていくと見つかるんじゃないでしょうか。ちなみに、私は城卓也の「骨まで愛して」が刺さっています。10歳のときにヒットしたのですが、子どもながらに「すごい歌だなぁ」と思いながら聞いてたんでしょうね(笑)。
―― いろいろとお話を聞いていく中で、「自分の変化にいち早く気付き、Uターンするために行動できるかが一番大事だ」と改めて感じました。ありがとうございました。
撮影:熊坂勉