「いつまで逃亡できるかは本人の我慢と忍耐しだいだ」暴力団幹部が語る“桐島の隣の男”が無抵抗で捕まった理由「逮捕されることが勲章」〈ヤクザの逃亡劇〉

2020年9月、長野県宮田村で男性(当時48歳)を殺害しようとした疑いで指定暴力団・絆會(きずなかい)幹部の金沢成樹こと金成行容疑者が逮捕された。実に約3年半に及ぶ逃亡劇。ヤクザにとって逃亡とは何を意味するのか。関係者が証言する。
今年1月25日、1970年代に連続企業爆破事件の重要指名手配犯、桐島聡容疑者とみられる男が名乗り出たことで、これについてメディアは連日報道。桐島容疑者の手配写真も再び注目を集めるなかで、その隣に配置されていたのが、2月1日未明に逮捕された金成行容疑者だった。桐島容疑者は、末期の胃がんを患い、死を悟ったのか「最期は本名で死を迎えたい」と入院していた神奈川県・鎌倉市内の病院で自ら名乗り出る。そして、警視庁公安部によって身柄を拘束され本人確認が進められる最中に危篤に陥り、29日に死亡が確認された。一方、金容疑者の逮捕は大捕物だった。2月1日未明、宮城県仙台市内のアパートの周囲を機動隊が包囲し、閃光弾まで使用されたという。金容疑者は、2020年9月に長野県宮田村の飲食店駐車場で同じ絆會の幹部だった男の腹を拳銃で撃ち、重傷を負わせて逃走。長野県警によるとその後、フリーダイヤルに「仙台市内で似た人物を見かけた」という匿名の情報提供があり居場所を特定。機動隊に囲まれた金容疑者は抵抗することなく、身柄が確保されたという。
ポスターでは金容疑者の手配写真は桐島容疑者の隣に配置されていた
なぜ金容疑者は抵抗しなかったのか。関西を拠点とする指定暴力団の幹部はこう説明する。「ヤクザが逮捕されるときに抵抗しないのは、起こした事件が“勲章”になるからだ。抗争相手を襲撃したり、組織のために身体をかけることはヤクザにとって勲章だ。相手をやっただけでは勲章にはならず、実行犯として逮捕され、実刑を受けて懲役に行くことで勲章になる。抗争事件などで自分が犯人だとヤクザが自首するのも、それが勲章になるからだ。逮捕されなければ容疑者か逃亡犯で終わり。それではせっかくの勲章も中途半端になるから、逮捕されるのに抵抗する必要はないんだ」(幹部)
しかし、金容疑者が重傷を負わせたのは同じ絆會の幹部で、抗争相手ではない。原因は組織運営上のトラブルと一部メディアで報じられた。これでは殺害しても勲章にはならないのではないか。しかし、前出の幹部は「事件の背景には六代目山口組系組織への出戻り話が絡んでいる」と説明する。絆會はもともと六代目山口組から組を割って発足した、神戸山口組から分裂して結成された組織である。「跡目にした者が(絆會の脱退して)六代目山口組、三代目弘道会へ行くことを決めており、それを止めようとした金沢(金容疑者)と話がもつれ、弾かれたようだ」(幹部)。つまり、これは抗争が絡んだ事件だったのだ。金容疑者は2023年4月、神戸市長田区で起こった六代目山口組系の暴力団組長がラーメン店で射殺された事件でも、実行犯ではないかと噂になった。殺害された組長は抗争相手の傘下組織の人物だったとはいえ、組には子分もおらず、ラーメン店店主として厨房に立つような人物。理由は不明だが、前出の幹部はある仮説を口にする。
暴力団組長兼ラーメン店主が殺害される直前の店前の防犯カメラの画像
「仮に神戸のラーメン店の件も金沢が犯人だとすれば、殺した理由としてひとつ考えられるのは、シャバにいる間に1人でも多く敵対組織の誰かを襲撃しようとしたのかもしれない。もともとの事件からしても長期の収監は間違いないからな」幹部がそう話した数日後の2月4日、茨城県警が金容疑者に別の殺人容疑で逮捕状を取ったことが報じられた。2022年1月、水戸市にある六代目山口組系の事務所で幹部の頭を拳銃で撃ち殺害した事件に関与した疑いがあるという。真相はまだわからないが、金容疑者は一部メディアでは“ヒットマン”だったとも伝えられており、幹部の仮説が当たっている可能性はある。これらの事件には共通して拳銃が使われている。金容疑者の逮捕劇には閃光弾が使われたことは前述したが、それは金容疑者が拳銃を所持している場合に備えてのことだった。しかし、逮捕時の所持品の中に拳銃はなかったという。
写真はイメージです
「拳銃で事件を起こしたヤクザ者は、護身用として拳銃をそのまま所持しているケースが多い。何かあればすぐにドンパチ撃ってくるから、こっちは受傷事故防止に防弾チョッキを着用し、いかに事故を起こさず逮捕できるかを考える」警視庁で組織犯罪対策部にいた元刑事はそう話す。居所がわかってもすぐには踏み込まず、行動確認を行い、周辺の状況を把握し、最も確実で安全な方法を選び出すのだという。「逃亡中に拳銃を隠し持っているヤクザは、すぐに取り出せるよう腰のベルトに挟んで背中に隠すのが常套手段だ。他にも腰ベルトにホルスターをつけたり、自作のガンホルダーを作って脇や股ぐらに隠すヤツもいる。だから、外で逮捕する際に重要なのは声をかけた瞬間にどれだけ早く両手を抑えられるか、拘束できるかだ」(元刑事)
そもそもヤクザの逃走はよくあることなのか。この疑問に「しょっちゅうだね。(警察に目をつけられたら)とりあえず逃げろだ」と答えたのは、自身もよく逃げたという指定暴力団傘下の組長だ。前出の幹部の論理でいうと、個人的なケンカや詐欺、違法薬物などは逮捕されても勲章にはならないためなのだろう。この組長は詐欺スレスレの不動産案件を仕込んでいたときに、現場のマンション周辺をウロウロしていた警察に出くわしたという。「マンションの玄関で警察に『○○号室の住人ですか?』と聞かれたが、『違います。××です』と答えた。その部屋とは別の部屋を別名義で借りていたからね。『ご苦労さんです』といって、警察の前を通りすぎたよ。でもパチンコに出かけてた若いヤツは店の駐車場で20人ほどの警察官に囲まれて捕まってしまったから、自分は逃げて様子見をすることにしたんだ」
警視庁管轄の交番にも金容疑者の手配写真は掲示されていた
ヤクザの逃亡といってもいろいろある、と組長は続ける。「微罪による時間稼ぎもあれば、逮捕後にしばらく懲役を余儀なくされる場合は、ある程度、身の回りを整理する必要が出てきて出頭しないパターンもある。ただ単に逮捕されたくないので逃げるというヤツもいる。誰かどこに逃げたのか、仲間内ならおおよそわかる」ヤクザの逃亡生活を支えるのは仲間や組織が多い。ただ逃亡に必要な金や食料、住居があっても、誰かと携帯で連絡を取れば、その着信履歴から居場所を特定されるし、外に出れば人目につきやすくなる。「いつまで逃亡するか、できるかは、本人の我慢と忍耐しだいだ」(組長)取材・文/島田拓集英社オンライン編集部ニュース班