万城目学さん(47)が、著書「八月の御所グラウンド」(文芸春秋刊、税込み1760円)で直木賞を受賞した。多数のドラマ化・映画化作品を抱え、14年のサッカーW杯ブラジル大会から22年カタール大会まで3大会連続でコラムを執筆中とスポーツ報知とは親和性バツグンの売れっ子作家。初ノミネートから17年、6度目の候補入りの末の戴冠。「そりゃ長かったに決まっている」と話す直木賞には、愛憎半ばする感情があるようで…。(樋口 智城)
「八月の御所グラウンド」は、06年のデビュー作「鴨川ホルモー」、07年「ホルモー六景」以来、16年ぶりに京都を舞台にした作品。女子全国高校駅伝に出場する女子高生と新選組が交わる短編「十二月の都大路上下(かけ)ル」、謎の草野球大会でプレーする大学生と幻の名選手が交錯する中編「八月の御所グラウンド」の2編が収められている。
「京都だと技量が2、3段階上がる感じがしますね。相性でしょうか。北海道でスキーやると雪がいいので下手でもうまく滑れるって感覚に近い」
今作は幻のような出会いが生んだ、ファンタジーを交えた青春小説。じんわり優しく少し切ない「万城目ワールド」が炸裂(さくれつ)している。
「京都って、みなさんに特殊な舞台装置として受け入れられていると思うんですよ。普段と違うストーリーがあってもおかしくないって。いろんな作家さんが何度も京都使ってますから。ヘンな素地があるのが、いいんですよね」
京都というなじみのある場所を舞台とした一方、作品には一つの実験を施した。
「今は本が売れない。短くないと読んでもらえないんやないかと。自分自身は、ちゃんとした重厚な筋にするためには原稿用紙で500枚以上は必要やとは思ってますけど、300枚を超えたら若い人が手に取ってくれない気がするんですよ」
確かに映画化された「プリンセス・トヨトミ」を始め、今までほとんど長編を書いてきた。
「そうこう考えているうちに、期せずして出版社から300枚以下の本を提案されまして。こりゃちょうどエエなと」
収録されている2編は合計で280枚程度。
「短編と中編の組み合わせ、本の構成としてはヘンだと思うんですよ。でも書いてみたら、なかなかしっくりきて。マクラで温めて、2時間じゃない40分くらいのちょうどいい落語やるイメージ」
戦略的かつ実験的な作品で直木賞。
「まあ分からんもんです。そんなもんです、人生って」
直木賞は、文学界における最高峰の賞の一つ。あらゆる小説家が取りたい賞のはずだが…。
「いや、別に欲しくなかったっすよ。候補が5回も続いて取れてない状況で、キャンキャンしっぽ振って直木賞欲しいよ取れたぜヤッターって…なんない。大概つむじ曲げちゃうもんですよ」
きっぱりはっきり、いらなかった…と思いきや。
「でも、候補になるって大事やとは思いました。人間は能力って年とともに落ちていくじゃないですか。前回の候補から9年たってもノミネートされたのは、まだやれるって証しなんで。純粋にうれしかったですね」
じゃあ直木賞、欲しいんですか?
「でも、取ったところで仕事がどっと増えるわけでもないですし。知名度だけが独り歩きして、そんな実像がある賞やないですよ」
じゃあ欲しいわけではないんですね。
「そういえば、選考会の3日ほど前、ブラックマヨネーズの漫才見たいなと思って過去のM―1動画見たんですよ。そこで気づいたのは、優勝以外のファイナリストがそうそうたるメンバーだったのに全く覚えてなかったってこと。勝たんと意味ない、なんぼも落ちている経験なんて意味ないんやなと思いましたね」
やっぱり直木賞は欲しいんじゃないですか?
「ほんまですね。よく分からなくなってきましたよ。取りたかったのかい、取りたくなかったのかい、どっちなんだいっ」
最後、なかやまきんに君になってしまった万城目さん。愛憎半ばの感情を押しのけるように、自身の心理を説明してくれた。
「成功経験の違いなんやろなと。賞を取ることでキャリア積む人もいれば、他の方法で大成する人もいる。僕は作品が映像化されることでキャリアを上げ、そこに賞が一切、絡んでこなかった。だから受賞に思いというものがないんです。今の直木賞と僕の関係は『ぎこちない同棲(どうせい)』。ずっと“もて遊ばれてきた”歴史があるんで、何かしっくりこーへんのですよ」
◆万城目 学(まきめ・まなぶ)1976年2月27日、大阪市生まれ。47歳。京大法学部卒。2年間の化学繊維会社勤務を経て、2006年にボイルドエッグズ新人賞を受賞した「鴨川ホルモー」でデビュー。07年「鹿男あをによし」など6度の候補の末に、今年1月に直木賞を受賞した。スポーツ報知には14、18、22年とサッカーW杯の3大会でコラム「万オブ・ザ・マッチ」を執筆している。