パート勤めの場合、年収の壁を意識して106万円あるいは130万円以内で働く人は多いと思います。政府はこうした壁を取り払うために、年収の壁を超えても手取り収入が減らないようにするための対策「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始しています。年収の壁を意識する人は手取り収入が減ることばかりに目が行きがちですが、社会保険に加入するメリットにも目を向けてほしいと思います。そこで、年収150万円を稼いだら、年金がどのくらい増えるのかを試算し、その他のメリットもお伝えします。これからの働き方を考えるヒントにしていただけたら幸いです。
「年収の壁」を超えたらどうなる?
会社員の配偶者などで一定の収入がない人は、被扶養者として社会保険料を納める必要がありません。しかし、年収が106万円あるいは130万円に達すると、扶養から外れ、社会保険料を自分で納めなければなりません。一般的なケースでは、年収106万円に達すると約16万円、年収130万円に達すると、約27万円の負担が生じます。こうした手取りの減少を回避するために、労働時間を調整する「働き控え」が問題となっています。「働き控え」は、労働者にとっては、所得向上を阻み、企業にとっては人出不足を加速させます。
このような「年収の壁」問題を解決するために、政府は2023年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始しました。その中の一つ「年収106万円の壁」対策は、106万円を超えて働き、新たに社会保険適用となった労働者の収入を増加させる取り組みを行った事業主に、キャリアアップ助成金を支給するものです。助成金は事業主に直接支給されますが、労働者は事業主から手当が支給されます。これによって、労働者は手取りを減らすことなく、社会保険加入の恩恵を受けることができます。
年収150万円なら年金はいくら増える?
一度も社会保険に加入せず、扶養のままでいると、年金は基礎年金のみとなります。2023年度の満額は79万5,000円です。月額にすると6万6,250円となり、1人暮らしの生活費が14~15万円程度とすると、およそ7~8万円不足することになります。
少しでも年金額を増やすためには、社会保険に加入して厚生年金保険料を納める必要があります。
そこで、年収150万円の人が10年間社会保険に加入した場合に、年金がいくら増えるのか試算してみたいと思います。
増える年金は厚生年金の報酬比例部分です。次の計算式で求めることができます。
<厚生年金の報酬比例部分>
平均標準報酬額×5.481/1000×加入月数
※5.481は昭和21年4月2日以降に生まれた人の乗率
平均標準報酬額とは、「各月の標準報酬月額の総額」と「標準賞与額の総額」の合計額を厚生年金被保険者期間の月数で除した額です。平たくいえば、月給と賞与をキリよく表した金額で計算した総額を加入月数で割った額になります。
年収150万円ボーナスなしと考えて、平均標準報酬額は12万6,000円とします。
12万6,000円×5.481/1000×120月(10年間)=8万2,873円(1円未満四捨五入)
年収150万円で10年間働くと、年金額は8万2,873円増えることがわかりました。基礎年金を加えると87万7,873円になります。
*もっと簡単に計算するには
10年で8万2,873円増えるということは、1年では8,287円の増加となります。上記の計算式は覚えにくいという場合は、もっと簡単に計算する方法があります。概算になりますが、以下の式で計算するとわかりやすいでしょう。
1年働いて増える年金額=年収×0.55%
年収150万円×0.55%=8,250円
10年働いたら10倍、20年働いたら20倍になります。年収がわかれば、大まかな年金額を出すことができます。
社会保険加入のメリット
手取りの減少が気になるのは、年収の壁を少し超えた収入であるからで、大きく超えてしまえば、気にならなくなります。物価高に対応するため、賃金引き上げに向けた取り組みを行っている企業は増えており、政府も社会保険適用促進に向けて、従業員の収入を増加させる取り組みを行っている企業を支援するなど、収入は上がりやすくなっているように思います。
収入が上がれば、それに応じた保険料を納めることで、将来の年金が増えます。これが一番のメリットに思えますが、社会保険に加入するメリットはそれだけではありません。老齢厚生年金が受給できる以外の社会保険加入のメリットをみていきましょう。
*障害年金・遺族年金の保障が充実する
厚生年金加入中に障害がある状態になった場合、障害基礎年金のほかに障害厚生年金が支給されます。障害基礎年金は、障害等級1、2級でないと受給できませんが、障害厚生年金は3級でも支給されます。さらに3級よりも軽い一定の障害に該当する場合は障害手当金が支給されます。
遺族年金の保障も充実します。一定の遺族に該当する場合、遺族基礎年金の上乗せとして遺族厚生年金が支給されます。また、遺族基礎年金は、子のいる配偶者または子でないと受給できませんが、遺族厚生年金は、子の有無は関係なく配偶者および子が受給でき、配偶者や子がいない場合は父母や孫、祖父母まで受給できる可能性があります。
*傷病手当金・出産手当金が受け取れる
健康保険に加入すると、病気やけが、出産などで仕事を休んだ場合に、給料の3分の2程度の給付を受けることができます。
傷病手当金は、仕事を休んだ日から起算して4日目以降の働くことができない期間(最長1年6ヶ月)支給されます。
出産手当金は、出産で仕事を休んだ場合に、産前42日・産後56日までの間支給されます。
壁を超えるメリット
ここまでお伝えしたのは、社会保険に加入することで得られるメリットですが、壁を超えて働くことは、それ以上に大きなメリットがあります。
一つは世帯の収入が増えることです。年収130万円を超えると社会保険料の負担分、手取りが減りますが、年収150万円を超えると手取りは増えていく一方になります。壁を意識する必要がなくなるので、好きなだけ働けることで自ずと年収は上がっていくでしょう。世帯の年収を上げる方法として、配偶者の給料がこれ以上増えるのを期待するか、パートの収入を上げていくか、どちらが簡単か考えてみれば、壁を超えて働くことのメリットが大きいことがわかるでしょう。
もう一つはキャリアが形成できることです。短時間パート勤務はどうしても補助的な仕事になるので、キャリアを積むには不向きです。年収の壁を超えて働くことは、短時間勤務からフルタイム勤務へシフトができ、場合によっては正社員への道も開けます。女性は結婚や出産によってキャリアが中断されることが多く、一度はずれてしまうとその後はパートなどの補助的な仕事に甘んじてしまう女性が多いのが現実です。そうした選択を取る背景には再就職の難しさや仕事と子育ての両立などの問題がありますが、扶養内でいることのメリットもその一因になっているように思います。扶養からはずれて、制限なく働くことで、再びキャリアが築けるようになれば、将来の年金不足も解決するでしょう。
石倉博子 いしくらひろこ ファイナンシャルプランナー(1級ファイナンシャルプランニング技能士、CFP認定者)。“お金について無知であることはリスクとなる”という私自身の経験と信念から、子育て期間中にFP資格を取得。実生活における“お金の教養”の重要性を感じ、生活者目線で、分かりやすく伝えることを目的として記事を執筆中。ブログ「ファイナンシャルプランナーみかりこのお金の勉強をするブログ」も運営中! この著者の記事一覧はこちら