オランダがこのたびウクライナに対するF-16戦闘機の供与する数を増やすことを表明しました。ただ、高性能な戦闘機をわたしても運用要員にそのスキルがないと無駄になります。そのための訓練学校も実は近傍に開設されていました。
オランダ国防省は2024年2月5日、F-16「ファイティングファルコン」戦闘機6機をウクライナに提供すると発表しました。
この6機は従来、アメリカの民間アグレッサー(訓練における敵役)企業ドラケン・インターナショナルに対して売却する予定だったものですが、その協議を中止しウクライナへ回すというもの。同国に対し、すでにオランダは18機のF-16を提供する準備を進めていたため、これによって合計で24機が提供されることになります。
F-16はウクライナが強く提供を求めていた兵器で、旧式のロシア製軍用機を運用しているウクライナ空軍にとっては、現在の戦況を大きく変える可能性がある存在として期待されています。
ウクライナ向けF-16増加で「虎の穴」本格始動へ EU連携の…の画像はこちら >>オランダ空軍のF-16戦闘機。今回の決定で保有機のすべてを外国支援に回すことになり、今後は最新鋭のF-35ステルス戦闘機に更新を進めていく(画像:オランダ国防省)。
ただ、高性能な戦闘機の機体だけ渡されても、それを有効な兵器として戦場で活用できるとは限りません。オランダを始めとした欧州各国は、今回の機体提供のニュースよりも以前からウクライナへF-16を提供しようと、さまざまな支援を進めていました。そのひとつが、2023年11月にルーマニアで開設された、欧州F-16訓練センター(European F-16 Training Center、以下EFTC)です。
EFTCはルーマニア南部にある同国空軍の第86空軍基地に設置されましたが、その役割は文字通り、ヨーロッパ諸国の空軍パイロットに対しF-16「ファイティングファルコン」戦闘機の操縦訓練を行うための施設です。どこの国の軍隊でも、軍用機の操縦訓練を行う部隊や施設を国費で設けることは珍しくはありません。ただし、EFTCの場合は事情が少し異なります。
開設場所こそルーマニアの空軍基地ですが、EFTCの運営にはヨーロッパを中心とする13か国が関与しており、訓練の対象もルーマニア空軍だけでなく、将来的にはNATO(北大西洋条約機構)諸国、さらにはウクライナ空軍のパイロットまで含まれます。
ここで使われるF-16はオランダ空軍が提供した機体で、最終的には18機の機体が訓練機として用いられる予定です。加えて、運用や訓練について担当するのもルーマニア空軍ではなく、アメリカのロッキード・マーチン社を主契約者とした民間企業グループが担当します。
なお、請負企業の中にはオランダ軍とF-16の売買交渉を行っていたドラケン・インターナショナル社まで含まれており、今回の売却中止とEFTCの業務参加はなんらかの因果関係があるのかもしれません。
このような欧州各国と民間企業が絡んだF-16支援の輪は、どのように始まっていったのでしょうか。
EFTCが作られるきっかけとなったのは、2023年7月にリトアニアの首都ビリニュスで開催されたNATO首脳会議で、そこで結成された国際的な連合体が起源となっています。その結成の目的は、2022年からロシアによる侵攻を受けているウクライナに対する支援の一環として、同空軍のパイロットとその支援要員にF-16戦闘機の訓練をするというものでした。
しかし、それまでロシア製戦闘機しか運用したことのないウクライナ空軍にとって、英語表記で設計思想も異なるアメリカ製戦闘機を扱うのは簡単なことではありません。ゆえに、たとえ機体が供与されても、現在のパイロットや整備員ではその能力を完全に引き出してロシアとの戦いで活用することは難しく、しっかりとした欧米基準の追加訓練が不可欠だという判断に至ったのです。
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欧州F-16訓練センター(EFTC)の開設を記念して行われたセレモニーの会場(画像:ルーマニア国防省)。
ウクライナへの軍事支援で、最初にパイロットの訓練に名乗りを上げたのはイギリスです。しかし、同国はF-16の運用経験がなく、戦闘機パイロットとしての基礎的な訓練しか行えませんでした。そこで、F-16を運用しているオランダと訓練に関する構想が進められ、最終的にNATO首脳会議でデンマーク、ベルギー、カナダ、ルクセンブルク、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スウェーデンがこれに参加することが決定。この連合についてウクライナの国防大臣は、11か国という参加国の数をアメリカの有名映画にかけて「オーシャンズ11」と呼んだそうです。
その後、翌月にはギリシャとアメリカも参加しており、その参加国数は13にまで増えています。
EFTCはこのF-16連合の資金提供によって設立されました。また、ルーマニアは基地とインフラを、オランダが自国のF-16をそれぞれ提供し、契約に則ってロッキード・マーチン社とその下請け企業が人員の派遣と訓練を実施していきます。
なお、ルーマニアはEFTCの設立にあたって「自国のパイロットの訓練を優先させる」という条件を付けています。そのため、この計画はルーマニア自身にも大きなメリットがあるといえるでしょう。
ルーマニア軍はウクライナと同様、長年に渡ってロシア製兵器に依存してきましたが、それに見切りをつけ、その更新用として中古のF-16戦闘機の導入を進めています。しかし、当初は予算不足などの理由から、自国だけでの導入・訓練を進めることに問題を含んでいました。そのようなルーマニアにとってEFTCはNATOのサポートを受けられるため、自国空軍にもメリットのある「渡りに船」といったプロジェクトだったようです。
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セレモニー会場で掲げられた国際連合の参加国の旗と記念絵画(画像:ルーマニア国防省)。
現在、EFTCではルーマニア空軍の元MiG-21パイロットに対する訓練が行われており、2024年の早い時期にウクライナ空軍のパイロットによる訓練も始まるとされています。
このような多国間で連携した枠組みが作れた要因のひとつに、F-16戦闘機という存在があったことも注目すべきでしょう。
F-16は総生産数が約5000機にもなるベストセラー戦闘機ですが、それゆえに運用国も多く、このような機体提供を含めた多国間での支援を行うことが可能でした。同じ装備を運用することで他国間の軍隊同士で相互運用性(インターオペラビリティ)を高めることは知られていますが、その効果は部隊や作戦といった現場レベルだけでなく、今回のEFTCのような外交を巻き込んだ集団安全保障の分野にも影響があるようです。