〈食用コオロギ会社破産で再勃発〉“コオロギは食べるべきか”論争にて、かつて元農水大臣は記者に「食べる必要がないと思っています」「妊婦には禁忌とされている」と忠告

やがて世界が直面するであろう「食糧危機」を見越しての“環境に配慮した次世代フード”は、まだまだ消費者には受け入れてもらえなかった……「食用コオロギ」の養殖や販売で世論を揺るがせた「クリケットファーム」(長野県茅野市)が親会社ごと倒産し、再び話題を呼んでいる。母体のIT企業「INDETAIL」(札幌市中央区)を含めたグループ3社の負債総額は2億4290万円にのぼり、昨年12月には家賃の支払いも滞っていたという。
札幌地裁が1月17日付でグループ3社の破産手続き開始を決定した。中核である「INDETAIL」の売り上げが減少する中、「クリケットファーム」の食用コオロギ養殖事業も軌道に乗らず、昨年末には事業停止していた。札幌出身の起業家が2009年に「INDETAIL」を創業、スマホアプリ開発やソーシャルゲームの運営、ブロックチェーン開発など次々に新しい分野に参画。2021年8月に「クリケットファーム」を立ち上げて昆虫食ブームを巻き起こそうとしたが、わずか2年半で頓挫した形だ。
乾燥コオロギのパウダー(撮影/集英社オンライン)
コオロギ食については、2022年11月、徳島県立小松島西高校で乾燥コオロギの粉末入りの「かぼちゃコロッケ」を校内調理して給食として提供、2023年2月にはコオロギエキスを使った「大学いも」を提供したが、これらが報じられると全国で議論が紛糾した。原材料は徳島大学発のベンチャー企業が提供していたもので、同社の広報担当者は同3月、集英社オンラインの取材にこう答えていた。「今回の試食は弊社としてはコオロギ食をいろいろな方に知ってほしいという思いからでした。学校側はSDGsについてのいい教材だと考えていたのだと思います。日頃より『コオロギを食べて菌とか大丈夫なのか?』『虫なんて食わすな』『発がん性は?』といったお問い合わせや誹謗中傷もありますが、未知のコオロギ食に対してそう思われるのは不自然なことではないと捉えています」
2022年に徳島県内の高校で出された給食
世界人口が80億人を突破する現在、いずれ家畜を飼育する飼料も不足し、肉などからタンパク質を確保することが難しくなるため、近い将来は昆虫食にも頼らざるをえなくなる、ともいわれていたが、広報担当者はこう続けた。「牛乳の廃棄問題をはじめ、食品ロスの問題や代替肉など、食糧危機に関してできることはすべて取り組むべきだと考えています。その一環として弊社はコオロギ食に取り組んでいますが、コオロギ食がすべてだと考えているわけではありません」数ある昆虫の中でなぜ「コオロギ」を選択したのかについては、こう答えていた。「食肉に比べて食用コオロギはタンパク質の含有量が多く、その上、畜産と違って餌の量や水も少なくてすみます。しかもバッタなどとは違い、コオロギは雑食なんです。人間と似たような物を何でも食べるのでコストを抑えて飼育ができます。そうはいっても弊社では飼育方法や餌に関してもこだわっていますから、現状、コストは高いです。当社では小麦粉ふすまをベースに食品残渣を餌に用いています」
しかし、元農林水産大臣の山田正彦氏(81)はこう警鐘を鳴らした。「私はコオロギについては食べるべきではないと思っています。漢方医学大辞典ではコオロギは微毒であり、とくに妊婦には禁忌だとされています。昔からイナゴや蜂の子は食べても、コオロギは食べないですよね。少なくとも私は食べません」山田氏といえば1993年から衆議院議員を5期務め、2010年6月に菅直人内閣で農林水産大臣に就任。現在は弁護士業の傍らTPPや食の安全、食料安全保障の問題などに取り組んでいる。その山田氏が、そもそもコオロギの食品としての安全性に疑問があると、当時こう指摘していた。以下は2023年3月11日に掲載したインタビューの抜粋である。「2018年9月に内閣府の食品安全委員会のホームページで『欧州安全機関、新食品としてのヨーロッパイエコオロギについてリスクプロファイルを公表』という情報が出されています。そこには動物衛生と食品安全において、著しいデータギャップが存在していてさまざまな懸念点が挙げられていました。『総計して、好気性細菌数が高い』『昆虫及び昆虫由来製品のアレルギー源性の問題がある』『重金属類(カドミウム等)が生物濃縮される問題がある』などです。この件についてはさまざまな議論がされていますが、わざわざリスクの挙げられているコオロギを食べる必要はないと思っています」
取材に応じる山田元農水大臣(撮影/集英社オンライン)
コオロギの品種や加工方法にかかわらず、これまで食べられてきた歴史がない以上、何が起こっても不思議ではなく、安易に口にするのは「危ない」ことだと指摘する。「徳島県の高校でコオロギを給食で試食したというのは新しくおもしろいことのように見えますが、食品安全委員会が出した情報を踏まえると、もう少ししっかり考えなきゃいけないのでは?と思ってしまいますね」また、補助金の噂について尋ねてみると山田氏はこう話す。「ある国立大学でコオロギのゲノム編集の研究を行っているけど、その研究所にはコオロギ食品で有名な企業のCEOが講師として名を連ねています。この研究に対し国の予算がけっこう使われているはずです(※この企業は『コオロギだからといって多額の補助金が別途出ることはありません』と回答)。ゲノム編集というのは狙った遺伝子を意図的に変化させる技術ですが、まだ未知の部分が多すぎて安全とは言い切れません。2年前に私がアメリカに行ったときにある会社がゲノム編集の食用油を売りだしていましたが、今ではその会社の株価が10分の1に下がって、最終的にその食用油は販売中止になっていました。ゲノム編集の食品ってアメリカでは全然売れないんです。そんなものに日本は今、予算をつけてどんどん取り入れようとしているわけです」
ゲノム編集や遺伝子組み換えの危険性については、山田氏がプロデュースして撮影されたドキュメンタリー映画『食の安全を守る人々』でも触れている。「40年前、遺伝子組み換えの研究をやっていた方が、除虫菊の遺伝子をトウモロコシに入れる実験をしたところ、トウモロコシからバラのような棘が生えてきて驚いたそうです。それにインドでは遺伝子組み換えの綿の種や農薬、化学肥料などの購入費用で借金を作ったり、健康被害などに遭った方が20万人以上自殺しています。かつては遺伝子組み換えの農産物で世界の飢餓を救うと言っていましたが、FAO(国連食糧農業機関)の統計でも結局、人類を飢餓から救っているのは昔ながらのその土地にあった在来種が中心ですよね。だからやるべきはゲノム編集とか遺伝子組み換えとか昆虫食とかっていう話ではないんですよ」
山田氏の指摘どおり、日本で昆虫食が「ブーム」になることはそう簡単ではなかったようだ。積極的にメディア発信していた「クリケットファーム」もいつの間にか巷の話題から消えていった。「クリケットファーム」に取材を試みようと電話をしてみたが、すでに番号は使われていなかった。