〈日独GDP逆転〉課題解決に向けて議論伯仲のドイツと、居直る日本。両国でまったく異なる「一喜一憂すべきでない」の深層にあるもの

2023年の名目GDPで、世界4位に転落した日本と3位に浮上したドイツ。このニュースを受け、両国ではともに「一喜一憂すべきでない」と似通った反応を見せているが、その深層となると、かなり異なっている点が興味深い。
内閣府は2月15日に2023年の国内総生産(GDP)を発表した。それによると、日本のGDPは前年比0.2%減の4兆2106億ドルとなり、4兆4561億ドルのドイツに抜かれ、世界3位から4位に転落した。このニュースへの日独それぞれの反応が興味深い。日本では大きく報道される一方で、ドイツではさほど話題になっていないという違いはあるものの、日本の識者もドイツの識者も「円安が進んだだけのこと」「一喜一憂すべきではない」とコメントするなど、表層的には似通った反応を見せている。
ただ、その深層となると、かなり異なっているというのが私の印象だ。たとえば、日独両国で多く聞かれた「一喜一憂すべきでない」というコメント――。ドイツでは自国が直面する経済問題から目を背けるべきでないという意味合いから、このコメントが多用されているように見える。GDP順位は統計上のことにすぎず、データ上で他国を抜くか否かは国民生活に直接影響がない。3位になったからといってドイツの抱える経済問題が解消するわけでもなく、課題解決に向けてこれからも真剣に向き合って議論しなければならないというのがメディアをはじめとするドイツ国内のスタンスである。その議論のひとつがエネルギー供給の問題だ。ウクライナ戦争でロシアからのガス・石油の輸入が途絶え、エネルギーの供給源が狭まった結果、ドイツではエネルギー多消費産業や運送業界などがダメージを受けて経済が低迷している。それまでプラス2.5%見通しだった2023年の実質経済成長率もマイナス0.3%へと沈んでしまった。こうした課題に政府はもっと真剣に取り組むべきと、ドイツのメディアが忖度なしの政権批判を展開していることは言うまでもない。
その厳しい議論の矛先は再生可能エネルギーの順調な増産という成果にも向けられる。ドイツはガス・石油の不足とは裏腹に、電力供給そのものは安定している。再生エネルギーが2023年に国内の電力供給量の50%以上を占めるまでとなり、電力不足は生じていない。日本では「ドイツはフランスの原発からの電力に頼っている」というニュースをよく見聞きするが、実際にはドイツは再生可能エネルギーが順調に増えたおかげで、電力の輸出量が輸入量を上回る電力輸出国になっている。
ただ、ドイツの現政権は中道左派の緑の党と社会民主党、自由市場重視の自由民主党による3党連立政権となっている。そのため、2050年までに電力の大部分を再生可能エネルギーで賄うといった意欲的なエネルギー政策を打ちだしたものの、その実現プロセスをめぐって3党間では内紛が絶えず、国民を失望させている。エネルギーシフトの成功を評価するよりも、まずはそうした未解決の問題を議論する必要があるというのがメディア報道の中心となっているのだ。世界的なインフレや労働力不足もドイツの経済発展にとっては待ったなしの対応すべき課題とされている。たとえば、ドイツ国内で2月15日に放送された某人気テレビ討論番組のタイトルは『危機に陥るドイツ』というものであり、「人手不足が解消されない」、「移民の増加により、右翼党の支持がさらに伸びている」などの議論が交わされた。ちなみに、その番組内ではドイツが日本を抜き、GDP3位になったという論点はまったく出てこなかった。要するに、ドイツはGDP3位に「一喜」するのではなく、3位にランクアップしても解決できずにいる経済課題こそ目を背けることなく、議論して改善しなければいけないというスタンスなのである。
これに対して日本はどうだろうか?4位転落は為替要因などによる一時的な現象にすぎず、経済的にさほど問題はないという反応が政界と経済界を中心に多く見受けられるという印象だ。また、実質GDPがマイナスになるなど、2023年の経済が縮小したことに言及したり、その理由・背景について議論することにもどこか及び腰に見える。中でも日本とドイツの反応でもっとも異なるのは、政権の責任をどこまで問うかという点である。現ショルツ政権は前述したように戦後初の3党連立政権として発足したため、その運営がとても難しくなっている。
とくに気候保護政策などで、ネオリベラルな自由民主党と左派色の強い緑の党では政策に大きなギャップがあり、すんなりと政策決定できないことがしばしばだ。この状況をもたらしたのは有権者の選択の結果とはいえ、ショルツ政権がスムーズに政策決定できずにいることにドイツ国民は厳しい目を注いでいる。一方、日本では30年以上にわたって経済が停滞しているにもかかわらず、長年政権の座にあった自民党の責任が問われることはほとんどない。4位転落について、新藤義孝経済再生担当大臣は「長年続いた低成長やデフレが影響した形」と他人事のようなコメントしている。だが、これは誰が考えても長年、経済政策を担当してきた自民党政権の責任だろう。さらに「4位転落は円安の問題だ」というコメントもよく聞かれるが、円安もアベノミクス「三本の矢」のひとつである「異次元の金融緩和」の結果であり、自民党の選択であったことは明らかだ。自民党がトリクルダウンという言葉とともに、円安政策を進めたのは日本企業の輸出を増やすためだった。円安で輸出が拡大して企業が儲かれば、経済に波及して国内が豊かになるという説が喧伝された。なるほど、円安政策で多くの輸出企業が歴史的な黒字を記録した。しかし、その富がしずくのように中小零細企業や貧困層に滴り落ちることはなく、今ではトリクルダウン説は神話にすぎなかったと誰もが知っている。国民の収入水準も年収、最低賃金ともに欧米諸国に大きく見劣りし、民主党政権の一時期を除き、ここ20~30年間ほとんど横ばいだ。厚労省の発表でも2023年の実質賃金は前年比マイナス2.5%という体たらくである。また、格差も拡がり、今後さらに進むだろう物価高騰の前にさらに家計は圧迫されることだろう。日本の経済低迷の要因として、効率の低さも指摘されている。IMD(国際経営開発研究所)の「国際競争力ランキング2023」によれば、日本の経営効率は世界64カ国中35位と過去最低記録を更新している。だが、これもやはり、アベノミクスのもう一本の矢であったはずの「構造改革」を安倍政権が進めなかった結果だろう。なのに、日本ではGDP4位転落のニュースを前にしても、こうした政権の責任を問う声はさほど聞かれない。ドイツとはあまりに対照的だ。
現在、岸田政権は日本の将来ビジョンとして、「Society 5.0」という構想を提示している。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立させるというものだが、競争力ランキングの低迷ぶり、DX化の遅れを考えると、かなり幻想的なビジョンのように見える。
岸田首相(本人facebookより)
何よりも、そこには将来の日本の経済構想を考え、それを実現するための道筋がしっかりと示せていない。人口減に直面する日本では成長パラダイムをあきらめるべきと指摘する経済学者が増えている。無限の成長を求める資本主義により地球はすでに壊れつつあり、持続可能性の観点からももはや日本の恒久的成長はありえないというのだ。そう考えると、GDP世界ランキングの順位などはもはやどうでもよく、日本として行うべきことは、はっきりしている。まずは過去の政策を批判的に検証し、議論を通じて現状の課題を確認する。そして、その上で持続可能な経済・社会の未来像をしっかりと打ち出すことである。求められるのはけっして「Society 5.0」のような幻想めいたビジョンではない。文/サーラ・スヴェン 写真/shutterstock