アメリカは旧式の水陸両用車の後継車として水陸両用戦闘車を計画していたものの、高コストなどを理由に2011年に中止しました。しかし日本に開発を託す形で、共同研究に参画しています。その思惑は何でしょうか。
船から上陸して作戦を展開する海兵隊にとって、水上と陸とを動ける水陸両用車はとても便利な装備です。太平洋戦争でその効果が認められ、アメリカ海兵隊では1972(昭和47)年から使われて続けているAAV-7は、湾岸戦争において海から遠く離れた陸上でも活躍しました。 1990年代後半から開発が始まった遠征戦闘車(EFV)は、従来の水陸両用車の弱点である水上航行速度の遅さと防御力の弱さを克服して、水上最高速度46km/hとAAV-7の約4倍、防御力は約2倍と、海兵隊の夢を実現する水陸両用戦闘車でした。
夢の「“爆速”水陸両用車」実現するか そもそも必要? 大金は…の画像はこちら >>防衛装備庁が開発を進めている水陸両用車のイメージ図。EFV(遠征戦闘車)にやや似ている(画像:防衛装備庁)。
水上航行時には、抵抗となる履帯を格納するという凝ったギミックを採用。エンジンは最大2700馬力のウォータージェットで、水上を滑るように突っ走ります。海岸に到達するまでに敵の攻撃を避けられればよいということで、最高速度での航行距離は40km程度が限界でしたが、陸上でも最高速度72km/hと、M1エイブラムス主力戦車を凌ぐ機動性を発揮できるという触れ込みで、2015(平成27)年には配備が始まる予定でした。
しかしコストも高く、開発費は総額150億ドル(約2兆2000億円:1ドル≒150円)に上り、完成しても1両の価格は2230万ドル(約33億円)になると見積もられました。結局、オバマ政権の軍事予算削減方針で2011(平成23)年1月、開発は中止されてしまいます。
それでもAAV-7の後継は必要であり、スペックダウンした装輪式の水陸両用戦闘車(ACV)が代わりとなり、BAEシステムズとイヴェコ社製の8×8装甲車が2018(平成30)年に採用されました。EFVの夢をすっぱり放棄し構造はオーソドックスになり、水上速度も11km/hとAAV-7と同レベルです。
装輪式のACVは、陸上では履帯式のEFVやAAV-7より高速で、維持コストも安く済みます。1両の価格も300~450万ドル(4億5000~6億7500万円)に抑えられています。ヘリコプターやティルトローター機など航空機の発達により上陸手段は多用化し、水陸両用車の必要性は薄れたともいわれますが、海兵隊はACVに満足しているとは思えません。
そこで視線を向けているのは、日本です。
日本も陸上自衛隊水陸機動団にAAV-7を配備していますが、防衛装備庁では「将来水陸両用技術」として水陸両用車の開発を独自に進めており、EFVの失敗を教訓にしてむやみに高速性は求めず、実現可能な技術の中で速度を追求しています。アメリカは共同研究に参画して、日本にEFVの夢を託した形です。
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EFVの代わりに採用されたACV(手前の装輪車)と、これまで配備されていたAAV-7(後ろの装軌車)(画像:Sgt.Takoune Norasingh,Public domain,via Wikimedia Commons)。
日本がACVではなく水陸両用車を開発しているのには独自の事情があります。日本が水陸両用作戦を想定する南西諸島の多くはサンゴ礁に取り囲まれています。しかしAAV-7には、サンゴ礁を乗り越える能力はありませんので、上陸場所が限られ運用が制限されてしまうのです。そこで新しい水陸両用車には、このサンゴ礁を越える能力が必要です。
ただ一口に水陸両用車といっても技術は難しいもの。船とクルマは別物であり、河川のような波のない水面をおっかなびっくり浮航するのではなく、波のある海上を高速航行しなければなりません。そしてこのような水陸両用車を造るノウハウは日本にありません。EFVにはなかったサンゴ礁というハードルもあります。「将来水陸両用技術」では、一つひとつ手探りで解決していくしかないのです。
ポイントのひとつは、水上から陸地に乗り上げる瞬間の駆動力の確保です。地面に乗り上げる上方向の駆動力と前進させる推力の両方のバランスが必要で、研究には実際のサンゴ礁を現地調査し、忠実に再現した模擬サンゴ礁まで用意して試験が繰り返されています。
防衛装備庁は、地面に乗り上げる駆動力と水上の推進力を確保するには3000馬力級のエンジンが必要としています。これは90式戦車1500馬力の倍にもなる出力です。このエンジン開発の可否が「将来水陸両用技術」の行方を決めるといっても過言ではありません。
日本は戦前からエンジンを国産しており、その性能と品質は国際的にも定評があります。10式戦車のエンジンは8気筒1200馬力、16式機動戦闘車のエンジンは4気筒570馬力ですが、この2つのエンジンの基本構造は同じで必要に応じて気筒数を変えています。ちなみに3000馬力を実現するためには12気筒にします。2ステージターボチャージャー装備で大柄になりますが、3000馬力級エンジンとしてはコンパクトで、船舶用の約7分の1のサイズに収まり、実現可能性は十分にあります。
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将来水陸両用技術の成否を握る3000馬力12気筒エンジンの模型(手前)。隣が10式戦車の8気筒1200馬力エンジン。基本構造は同じ(月刊PANZER編集部撮影)。
アメリカはEFVに挑戦し、30億ドルを投入して失敗しました。代わりのACVはAAV-7の本当の後継ではなく「つなぎ役」で、本命は日本と共同開発している「将来水陸両用技術」(EFV改か?)と、3000馬力級のエンジン技術ではないかといわれています。
2024年度は、世界に類を見ない無人水陸両用車の開発として206億円の予算が計上されており、水陸両用車技術の開発は進捗していることがうかがわれます。AAV-7の使用国は日米以外にも12か国あるので、開発に成功すれば海外市場も期待できるかもしれません。