〈金沢・仮装卒業式〉「全長3メートルの縦笛」「設計エラー画面」「Hondaのエンジン」…それぞれの想いを込めた卒業制作に身を包んで臨んだカナビ卒業式に溢れた笑顔

3月1日、仮装卒業式が恒例となっている、カナビこと金沢美術工芸大学の卒業式が開催された。震災の影響で開催も危ぶまれるなかで、4年間の思いを自身の卒業式の記念に作った仮装に身を包み、多くの笑いに包まれた卒業式の用数お届けする。
まるで人気バラエティ番組「細かすぎて伝わらないモノマネ」のような、マニアックすぎて一般的には伝わらない仮装もカナビの卒業式には存在した。卒業式がはじまる前の広場に幾何学的な出立ちでたたずんでいた卒業生・吉村多喜さん(23)はいう。「これは設計で使う『3D CAD』ソフト上で誤操作すると出てくる表示画面なんです。まだ操作に慣れていないときにはよく目にしたもので…。思い出のフォルムなので卒業式の仮装はこれしかないと思っていました」
マニアックな表示画面に仮装した吉村多喜さん
そんな吉村さんは卒業後はカメラメーカーのデザイナーになるという。「震災で開催が危ぶまれた卒業・修了展も終えて就職も決まり、とにかくホッとしています。僕は福島県・郡山市出身で東日本大震災のときは家が崩れて引越ししました。今回の能登地震で、どの地域にいても被災はするし、震災を常に頭に入れて暮らしていかなければいけないと改めて感じました。卒業後は大学で学んだことを社会に還元していきたいです」また、会場内で遠くから見てもとにかく目立っていたのが、縦笛を模した伊藤優汰さん(23)だ。なぜ笛なのかと思うが、そこにもカナビならではの理由があった。
ひときわ目立つ縦笛を模した伊藤優汰さん
「カナビの伝統として、1年生のときに4年生からあだ名をつけられるんです。僕はあだ名が『なめ笛』だったので、卒業式には笛になるしかないだろと。これは(卒業式当日の)今朝4時に早起きして作りました。ギリギリに追い込まれないと動けないタイプなので」こんな大掛かりなものをわずか6~7時間で作ってしまうこと、卒業式の制作を当日までとりかからなかったことに驚くが、このおおらかさがカナビ生の特徴なのかもしれない。
また、幼い頃からの好きが高じて決まった就職先は日本が誇る自動車メーカー「Honda」、そのエンジンのアイコン「VTEC」に仮装した田中一環さん(22)だ。
「VTEC」に仮装した田中一環さん
「晴れの舞台では世界で一番有名といっても過言ではないエンジン、VTECに仮装しました。INTEGRAに初搭載されたパワーと環境性能を両立させるために生まれたテクノロジーで、今なおドライビングファンの心を熱くし続けています。そんな僕もHondaに就職が決まり、感無量です!」そんなVTEC姿の田中さんの右手の薬指には、シルバーの指輪がキラリ。「VTECさん、まさかご婚約を?」と聞くと、婚約者であるスライム姿の彼女を紹介してくれた。同じ卒業生の仲座華那さん(22)だ。
スライムに扮した仲座華那さん(右)
「彼の優しいところに惹かれました。お付き合いし始めたのは2年生の頃。卒業後もお互いを高め合って付き合えれば!」卒業だけでなく、若き二人の門出も祝いたい。また、一風変わった目立ち方をしていたのは「養育費1億円プレイヤー」という額縁とシャンパンのボトルを掲げていたホスト風のいでたちをした乙幡向日葵さん(23)だ。「私は一年浪人してますからねー。美大に入るまで相当、親にお金を出させてしまいました。1億円はいい過ぎですが、1000万円はくだらないと思います。卒業式、ホストのカッコをすると伝えたら、母親は『本当にあなたはホスト並にお金がかかったわ』と笑っていました」
ホスト風の乙幡向日葵さん(左)とコウメ太夫に扮していた相良実和さん(右)
卒業後はデザイナーになることが決まっている乙幡さんは、「これから少しずつ、親に還元していきたいと思います」と決意を口にした。また、乙幡さんの隣でコウメ太夫に扮していた相良実和さん(22)は、「カナビで人間的に大きく成長させてもらった」という。「なんでコウメ太夫かといったら、あだ名が“小梅”だったからなんですけど、私の学生生活はコウメ太夫のネタみたいに『◯◯かと思ったら~、△△でした~チクショー!』といったような破天荒なことはいっさいなく、ルールを守った良識的ないい大学生活でした。いろんな人から刺激を受けて人間力を上げてもらったんで、いい意味でチクショー! です(笑)」
また、卒業後は大学院に進む生徒もいる。友人と一緒に宇宙服の仮装をしていた佐藤あいさん(22)は「将来は作家になる」という。
宇宙飛行士の仮装をした佐藤あいさん(左)
「最後の晴れ舞台なので、自分が絶対にならないものはなんだと考えたときに、やはり宇宙飛行士だろうと。この卒業はひとつの区切り。大学院に進んでますます画力を上げて、いろんな人に私の絵を届けられる作家になりたいです」また、卒業生の前向きなこの気持ちに、親たちもホッと胸を撫で下ろす。札幌から息子の門出を祝いに駆けつけたのは母のラトール旅子さんと父のスニールさん。ともにいるのは息子の榛士さん(22)だ。
アラジンの魔人ジーニー風の榛士さん
「幼稚園のときから工作するのが好きな子だったんです。美大に入ってホッとしたと思ったら、あっという間の4年間でした。東京のIT企業に就職も決まり、子育てもひと段落しましたね」(母・旅子さん)最後に卒業生の中には在学中に漫画家としてデビューした学生もいる。「少年ジャンプ+」の読切漫画『風の音を響かせて』でデビューした双葉ヤヒコさんだ。「一番好きなゲームなので」と任天堂の「星のカービィ」の仮装で参加した。
「学生としてさまざまな教科を学ぶうちに、デザイナーは自分には向かないことに気づきました。それで、もうひとつやりたかった漫画を、大学2年生の後半から描くようになったんです。デビュー作はまさに王道青春漫画です。これからも同じ路線で描いていきたいと思っています」流行にも規定のルールにも左右されない思い思いの自由な発想で、自身が作品となった仮装卒業式。正月に発生した能登地震の影響で一時は開催も危ぶまれた門出の日はたくさんの笑顔のなかで幕を閉じた。それぞれの行く先で幸がありますように!
取材・文/河合桃子 撮影/集英社オンライン編集部