酒場の達人・パリッコ流「ひとり飲み」初めの一歩-店選びは? どこに座る? 一生やっても飽きない楽しみ方とは

みなさんは「ひとり飲み」ってしますか?

「大好き!」という方や、「ひとりで飲むなんて絶対に嫌! 私は人と飲むのが好きなの」というポリシーをすでにお持ちの方は、いいんです。けれどもなかには、

「やってみたいけど、勇気が出なくてまだ経験がない」
「気にはなってるけど、本当に楽しいの?」

なんて方もいるんじゃないでしょうか。
○■ひとり飲みは楽しい

あくまで個人的意見ですが、ひとり飲み、めちゃくちゃ楽しいです。今回は、酒場に通いだして早25年以上。重度の酒場好きで、お酒のことについてだけを書く専門のライターにまでなってしまった僕が、お店選びについてや、ひとり飲みの魅力についてを書かせてもらおうと思います。もちろん、世の中にはいろんな考えかたの人がいますし、あくまで、ひとりの酒飲みの意見として、参考程度にお読みください。

○■必要以上にびびることはない

さて、初めてのひとり飲み最大のハードルといえば、「お店に入るのが緊張する」が圧倒的に多いんじゃないでしょうか? ただよく考えると、飲食店に入るのに緊張するというのもよくわからない話なんですよね。だってどんな飲食店も、お金を払ったらその対価として料理やお酒を提供してくれるという、シンプルな場所には変わらないんだから。

けれども、その気持ちはよくわかります。僕はこういう仕事をしているので、近年はさすがにそのあたりの感覚がバカになってきてしまっているんですが、

「外から金額が分からなくてこわい。ぼったくられるんじゃないか?」
「コワモテの大将に(なぜか)怒られるんじゃないか?」
「店に若い奴が入ってきたと、常連さんに嫌な顔をされるんじゃないか?」
「お店独自のルールがあって、知らないとバカにされるんじゃないか?」

などなど、慣れないうちは不安要素を心に抱いてしまうものです。

でも、よく考えてみてください。なにも見るからに高級なレストランに入っていくというわけではない。赤ちょうちんが目印の大衆酒場でも、今風の立ち飲みバルでもいいんですが、あくまで大衆的なお店で飲んで、そこまで高額なお代を請求されることって、ありえないんですよね(あ、繁華街の雑居ビルの上のほうにあるような店に、客引きの人についていってしまうなんてパターンは別ですよ。ご注意を)。

また、確かにごくまれに独自のルールがある店も存在しますが、知ったかぶりなどせず「わからないので、教えてください」という姿勢でいれば、基本的に嫌な顔をされることはないでしょう。一見コワモテの大将も、きっと優しさを見せてくれるはずだし、常連さんが親切に教えてくれることも多いです。

つまり、思いきって入ってみて、もし自分に合わないなと思ったら、1杯と1品だけ頼んでさくっと帰ったってかまわない。そうやってあちこちを巡ってみて「この店、好き!」という店を見つけられる喜びが、ひとり飲みにはあるんです。
○■お店選びについて

お店選びについては、僕個人的には、なるべく怪しげで、店内の雰囲気が外からはまったく分からないようなお店に飛びこむのが大好き。けれどもこれは極端な例で、まずはぜんぜん無理をしなくていいと思います。ただ、チェーン店だとメニューや雰囲気が想像できすぎるので、やっぱり個人店をおすすめしたいところ(僕はチェーン店で飲むのも大好きですが)。

場所は、たとえば自宅から職場までの通勤路の間など、いつもの生活圏内にあると最高でしょう。なぜって、気に入ったら通いやすいから。

気になる個人店があったら、とにかく一歩勇気を出して入ってみたらいいと思うのですが、個人的におすすめなのは「街に古くからある雰囲気を持った大衆酒場」です。歴史を重ねているということ自体、その街の人たちに愛されて営業を続けている証明になりますからね。

第一歩を踏み出すならば、古く見えるけれども清潔感があって、メニューの一部が店頭に掲示されていて価格帯がわかり、雰囲気の明るいお店がいいでしょう。

たとえば、こちらは僕の地元エリアでも老舗の名店「酒蔵 あっけし」。見るからに条件を満たしてるでしょ? さぁ、あとは思いきって扉を開けてみるだけです。
○■楽しみかたは自由!

店員さんに「ひとりなんですが」と伝え、案内されればその席へ。「お好きな席にどうぞ」と言われたら、店内を見渡し、いきなり常連さんたちがたまってる真横とかではなく、なんとなく遠慮がちな席を選びましょう。

そうしたらまず、膨大なメニューを前にあわてないよう、飲みものを頼んでしまいましょう。1杯目なら生ビールや瓶ビールは定番ですし、好きなお酒があるならそれでいい。僕は「ホッピー」が好きなので、1杯目からいってしまうことも多いですね。東京の下町を中心に愛される酒、ホッピーについて解説しだすと長くなるので、この記事では割愛。気になった方は調べてみてください。

大衆的な酒場になるほどお通しのない店が多くなりますが、当然出てくる店もあります。お通し論について語りだすとこれまた長くなってしまうので、これまたやめておきますが、良い店ほどお通しに手をかけてあったり、また、それをつまみながら第一手を考える余裕にもつながるので、意外といいものです。

そこからは、お店の人や他のお客さんの迷惑にさえならなければ、どう楽しむも自由。本を読んだりスマホを見ながら自分の世界に没頭してもいいし、手帳などを開いてスケジュールやアイデアの整理をするのもいいでしょう。いつもと違う場って、作業が思いのほかはかどったりするものです。当然、好きな料理を頼んでそれを味合うことに全集中し、脳内でナレーションをつけながら『ワカコ酒』ごっこをするなんてのも楽しい。

ただひとつだけ注意したいことは、ひとり飲みは、決して隣り合ったお客さんや店員さんと仲良くなるために行うものではないということ。もちろん、そういうテンションのお店もあるし、飲んでいたら自然と周囲の人と会話が弾んでいたなんてこともあります。が、酒場にはひとり静かに飲みたい人もたくさんいる。周囲の人にやたらめったら話しかけまくるなんてことはせず、あくまで「おじゃまさせてもらっている」という姿勢で過ごしたいものです。

ちなみに僕のひとり飲みの楽しみかたの定番は、

「まずは店内の雰囲気と情報を全力で楽しむ。やがてほろ酔いにまかせ、その店ならではの空気感と一体化し、ぼーっと魂を開放する」

です。ひとつとして同じ店のない個人店だからこそ、これが一生やっていても飽きないと思えるほどに楽しいんですよね。

ホッピーをちびちびと飲みながら、ゆっくりと店内をくまなく見回す。まず目がいくのは壁の短冊メニュー。あれもいいな、これもいいなとと眺めていると、いつまでも発見があり、それだけで酒のつまみになります。さらにテーブルのメニュー表の裏表をくまなくチェックしたら、最大のお楽しみ。それこそが、日替わりのボードメニュー!

ここにお店の特徴、そして季節感がもっとも出るんですよね。たとえばボードに山菜のメニューを見つけると、春を感じて小躍りするほど嬉しくなってしまう。なになに? 行者にんにく天に、ふきのとう天、タケノコ天、わ、その下に「上記天ぷら3種盛」なんてのがあるじゃないですか! 値段もお得で、まさにひとり飲み向けメニュー。嬉しいなぁ。

で、まぁ個人の自由ではあるんですが、ひとり飲みの場合、あんまり料理の皿を目の前にあれこれ広げたくない。せいぜい2、3品が並んでいるくらいがスマートな気がする。そもそも、僕は40代もなかばで食べ盛りとはほど遠く、ひとりで天ぷら3種も食べるとけっこうお腹も満足してくる。けど、もう1品くらいはなにか欲しいなぁ。う~んう~ん……。

そう、「ひとり飲みってヒマじゃないの?」って思う方もいるかもしれませんが、実はけっこう忙しいんですよ。考えることが多くて多くて。あくまで僕の場合ですが。そして、それが楽しい。

悩んだ結果、メニューに好物の「肉豆腐」を発見し、2品目はこれに決定。

肉豆腐、好きなんですよねぇ。酒場のつまみとしては「煮込み」の影に隠れがちだけど、お店によって千差万別で、頼んでも頼んでも飽きない。そんなふうに、自分のなかにひとつ、見つけたらなるべく頼んでみるお気に入りメニューを持っておくのも、ひとり飲みを楽しむポイントかもしれません。

ひとり飲みで泥酔、とはいきたくないものですが、僕の場合、2、3杯も飲んでいるとだんだんと酔いが回っていい気持ちに。やがてそのお店ならではの空気感に浸り、酒場自体を浴びているような気持ちになってきて、さっきまであんなに忙しかった心身がリラックス。頭がぼーっとしてきて……あぁ、今日のひとり飲みも最高だな。となるわけです。この時間が、どうしても必要なんですよね、僕の人生には。
○■今夜どうですか? ひとり飲み

と、僕なりのひとり飲みノウハウから、後半は完全に自分だけの楽しみかたについてを書かせてもらいました。

もしこの記事を読んで、少しでも興味を持たれた方がいれば、今夜ふらりと、気になる酒場の扉を開けてみてはどうでしょう? 酒場を楽しむ好奇心と、お店に対する謙虚な心さえ持っておけば、きっと素晴らしい時間が過ごせると思いますよ。

パリッコ ぱりっこ 1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。 この著者の記事一覧はこちら