挿画:伊藤健介
連載小説『ふつうの家族』
仲間内で最強と謳うたわれる赤いベーゴマが、一回、二回と和則かずのりのコマにぶつかり、紺色の帆布の上に力なく転がる。
「よっしゃあ!」
和則はガッツポーズをし、対戦相手らに向かって手を差し出した。負けた三人が不服そうに、和則の手に次々と改造ベーゴマを載せる。正彦まさひこの赤いコマが掌てのひらに置かれた瞬間は、天にも昇りそうな心地になった。
床の中央で、和則のベーゴマは未だ回転を続けていた。その様子を一瞥いちべつした正彦が、顔を赤くして口を尖とがらせる。
「これ、おかしいぞ。回りすぎだろ。おいカズ、何したんだ?」
「何したって、お前らと同じだよ。周りを削っただけだ」
「同じようにしただけで、俺のベーゴマがあんな簡単に負けるわけないっ」
「頭を使ったんだよ、頭をな」
和則は正彦にわざと顔を近づけ、自分のこめかみを人差し指でつついてみせる。他のどれよりも大切にしていたベーゴマを奪われたばかりの正彦が、怒りのあまり小鼻を膨らませる。
ようやく和則のコマが動きを止めた。見事初勝利を収めた改造ベーゴマを、和則は意気揚々と手元に引き上げ、胸を張ってみせる。しかし次の瞬間、あっ、と正彦が声を上げ、先ほどまで和則のコマが回っていた床の中央を指差した。
「うわ、穴が開いてるぞ!」
「何やってんだよカズ」
「もう使えねえじゃん、この布」
負けた三人が、ここぞとばかりに責め立ててくる。針の穴のような大きさではあるが、確かに布が破けていた。まさかこの分厚い布に穴が開くとは思わず、和則は首をすくめて立ち尽くす。
正彦ら三人は、なおも騒ぎ立てる。すぐそばに丸椅子を置いて煙草たばこを吸っていたニッカポッカ姿のおっちゃん二人が、どれどれ、と腰を上げ、ベーゴマの床を覗のぞき込んできた。
「ああ、これはやりすぎだ」
「誰に削ってもらったんだ? 坊、もう持ってくるなよ」
連載小説『ふつうの家族』
辻堂ゆめ 連載小説『ふつうの家族』<第87話>の画像はこちら >>挿画:伊藤健介”>