アメリカ原子力潜水艦を改造「キャタピラー・ドライブ」を付けるってマジ!? すでに試作済みの“画期的な装置”とは

4月1日に『Naval News』が報じた、アメリカの原潜にキャタピラー・ドライブを搭載するというのは、話半分がエイプリルフールネタであるものの、もう半分は研究・試作がなされた分野です。なんでも潜水艦の騒音が消せるというのですから。
「アメリカ海軍は、これまでに例のない新しい形式の推進装置である磁気流体推進(MHD)をバージニア級潜水艦に搭載した。これにより潜水艦が事実上、探知されなくなる」 海軍関係のニュースサイト『Naval News』が2024年4月1日、アメリカ海軍のバージニア級攻撃原潜「USS モンタナ」(SSN 794)に、「キャタピラー・ドライブ」を搭載する改造が行われると報じました。
アメリカ原子力潜水艦を改造「キャタピラー・ドライブ」を付ける…の画像はこちら >>バージニア級原子力攻撃潜水艦の21番艦「USSモンタナ」(画像:アメリカ海軍)。
潜水艦が戦車についているようなキャタピラー(クローラー)で、海底をゴロゴロ走行するわけではありません。キャタピラー・ドライブ、すなわち磁気流体推進(Magneto Hydrodynamic Drive)とは、従来のスクリュープロペラやジェット噴射構造とは全く異なる推進システムです。
物理の授業でも習う「フレミングの法則」の応用で、電磁石によって水中の上下方向に磁場を発生させ、船体の電極で左右方向に電流を流し発生するローレンツ力で推進力を得る方式です。通過する水が磁場によって加速される様子が、戦車などのキャタピラーが地面を這う様子に似ているのでキャタピラー・ドライブとも呼ばれます。
キャタピラー・ドライブは、冷戦時代の潜水艦戦をモチーフにして1984(昭和59)年に出版されたトム・クランシーの小説『レッドオクトーバーを追え』で、ソ連の原子力弾道ミサイル潜水艦「レッドオクトーバー(赤い10月)」の謎の新装備として設定され、知られるようになりました。
この方式の最大メリットは、スクリュープロペラを回すような可動部分がないため、静粛性に優れることだとされます。『レッドオクトーバーを追え』の作中では、巨大な潜水艦「レッドオクトーバー」がスクリュープロペラからキャタピラーに切り替えて騒音を消し、パッシブソナー(船舶が発する音を捉えて、その位置や方向を測定するソナー)で追跡していたアメリカ潜水艦がこれを見失うシーンが描かれています。
『Naval News』でも、「USS モンタナ」が発する騒音はこれまでと全く異なるものになり、ソナーでは地震活動などの自然現象と区別できないノイズになる、と紹介されています。
記事によると「USSモンタナ」の試験はロシアから秘密を守るため、メイン州のペノブスコット川で行うとされていましたが、映画『レッドオクトーバーを追え』を見られた方はここでピンとくるかもしれません。
作中の結末で亡命に成功した「レッドオクトーバー」が、ソ連の偵察衛星から逃れるためとして遡ったのはペノブスコット川なのです。記事のリリースが4月1日ということで、これはエイプリルフールネタというオチです。
しかしキャタピラー・ドライブは、単にエイプリルフールのフィクションではありません。日本の「ヤマト1」という、戦艦とも宇宙戦艦とも無関係な総トン数185tの小さな実験船が装備して、1992(平成4)年6月に世界最初の有人自力航行に成功しているのです。
磁気流体推進の原理は1960年代から研究されており、「ヤマト1」は国内外軍民から注目されていました。しかし30mの船体に10名を乗せると最大速力は8ノット(約14km/h)がやっと。「手漕ぎボートを億単位の金かけて作ったようなものだ」とも評されました。従来のスクリュープロペラの方がはるかに安価かつ効率的で、キャタピラー・ドライブは実験の域を出ませんでした。
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神戸海洋博物館に展示されていた磁気流体推進(MHD)の実験船「ヤマト1」。2017年3月に解体された(画像:663高地, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)。
しかし2023年にアメリカの国防高等研究計画局(DARPA)が、「PUMP(海底磁気流体ポンプの原理)プログラム」として42か月をかけて磁気流体推進の実用化に取り組むことを発表しています。背景には電磁石、伝導体技術に大きな進捗が見られていることがあります。キャタピラー・ドライブ搭載潜水艦のメリットとして静粛性がありますが、デメリットとしてエネルギー効率の悪さ、伝導体の冷却システムと流水路を潜水艦の船郭に収める構造的問題、強い磁気が探知されやすくなる、などが考えられます。
現代の潜水艦戦を効率的に実施するには、活動域の海底地図に加え、海流、水温、塩分濃度分布などに影響される水中音響特性の、莫大なデータの観測蓄積と持続的な更新作業が必要です。日本、アメリカ、ロシア、おそらく中国など海洋大国とされる国の海軍では、潜水艦のひそみそうな海域の水中音響特性を常に収集蓄積して監視し、艦体そのものが水中を動くことによる摩擦音や自然音の変化という不自然な変化で潜水艦の侵入を探知、そこに哨戒アセットを投入して海中哨戒網を構築しているといわれます。
潜水艦のステルス性能向上は目覚ましく、騒音だけでは探知しにくくなってきているので、“気配”を探知しようというわけです。キャタピラー・ドライブは推進機関の騒音を消せるかもしれませんが気配は消せませんので、実用化できたとしても映画のようなインパクトを与えるかは分かりません。
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「ヤマト1」の磁気流体推進(MHD)スラスター(画像:メガピクシー,パブリックドメイン, via Wikimedia Commons)。
「キャタピラー・ドライブ」はエイプリルフールのネタのままなのか、PUMPプロジェクトが立ち上げられたように、研究は意外と進んでいるのか、潜水艦戦の実態は軍事機密という深海の闇の中で静粛性を保ち続けています。