《32連隊の隊員が、大東亜戦争最大の激戦地硫黄島において開催された日米硫黄島戦没者合同慰霊追悼顕彰式に旗衛隊として参加しました》
4月5日、X(旧ツイッター)にそう投稿し、物議を醸したのは陸上自衛隊大宮駐屯地(さいたま市)の第32普通科連隊だ。“侵略戦争を正当化するのか”と批判が起こり、8日に投稿は削除された。
“大東亜戦争”とは、1937年7月7日の盧溝橋事件を発端とした日中戦争から始まる、大日本帝国による一連の戦争を指す。
「“大東亜戦争”という呼称は、かつて日本が戦争を始めるための口実として使われました。当時の東条英機内閣が、真珠湾攻撃の直後、〈欧米からアジア諸国を解放して“大東亜共栄圏”をつくる〉と言い、“大東亜戦争”という呼称を閣議決定。アジア諸国への侵略を正当化したのです」
そう解説するのは、防衛ジャーナリストの半田滋さんだ。
戦後、GHQ(連合国軍総司令部)により、大東亜戦争という呼称は禁じられた。林芳正官房長官も4月8日の記者会見で、「“大東亜戦争”という用語は現在、一般に政府として公文書で使用していない」と見解を示している。
にもかかわらず、第32普通科連隊は、なぜ公式のXで“大東亜戦争”と投稿したのか。
■“天皇のための軍隊”の名称を使用
元文部科学省事務次官の前川喜平さんは、こう分析する。
「自衛隊員のなかに、戦前の国体思想が蔓延しているように思います。つまり、〈日本は天皇を中心とした神の国〉〈天皇は父であり、国民は天皇と国家に忠誠を誓わねばならない〉といった考え方です。ですから彼らにとって“大東亜戦争”という呼び方は、ごく自然なものだったんでしょう」
実際に自衛隊自身はどう受け止めているのか。防衛省陸上幕僚監部広報室に問い合わせると、こんな回答が。
「世間を騒がしたという事実はございますので、こういったことのないようにやっていかねばならないと認識しております」
ところが、第32普通科連隊はX上のプロフィールに「近衛兵の精神を受け継いだ部隊」と記載。“近衛魂”と大きく記された旗の下で、隊員たちが記念撮影している写真を現在も紹介している。
“近衛兵”とは、かつて存在した天皇を守る親兵のこと。平和憲法下で国民を守るために存在する自衛隊の役割とは相いれないものだ。天皇に忠誠を誓って戦うとでも言いたいのだろうか……。
■自衛隊幹部が「愛国心が足りないのは日教組のせい」と
あまりにも時代錯誤だが、こうした思想が自衛隊に蔓延しているのは、「教育に問題があるからだ」と、前出の半田さんは指摘する。
「昨年6月に防衛大学教授で政治学者の等松春夫さんが『危機に瀕する防衛大学校の教育』と題する告発論文を発表しています。この論文で、誤った愛国心をあおる“文化人”が防衛大学や関連の教育施設に教授や講師として招かれている、と指摘されています」
等松さんは論文の中で、そうした文化人を“商業右翼”と呼び問題視している。新聞報道によると、明治天皇の玄孫であることを売りにする評論家の竹田恒泰氏や、長らく“右派”の論客として知られるキャスターの櫻井よしこ氏などが、毎年のように自衛隊幹部学校などで講演しているという。
「自衛隊は階級社会なので、上官の考えに異論を唱えることはできません。まして隊員たちは、8人ひと部屋という悪環境で暮らしていますから、ネトウヨ的考えを持った先輩隊員がいたら、瞬く間に下級隊員も染まってしまうのです」(半田さん)
半田さん自身も、陸上自衛隊の幹部と飲んでいた際、こんな発言を耳にして驚いたという。
「〈日本国民に愛国心が足りないのは、“(教職員組合である)日教組”のせいだ〉と言ったんです。理由を尋ねると、〈防衛大学の中で、そう話していたから〉と……」
平和教育や人権教育に力を入れてきた日教組(日本教職員組合)は、“自虐的な歴史観を子供に教えている”として、ネット右翼から長年敵視されてきた。このような自衛隊員たちの集団“ネトウヨ化”現象は枚挙にいとまがない。
2018年、自衛隊統合幕僚監部に所属する3等空佐が、小西洋之参議院議員(当時、民進党)に対し、「国民の敵」などと罵倒して問題となった。小西議員は安倍政権(当時)の安保政策を厳しく批判する存在だった。
今年1月には、陸上自衛隊の幕僚副長が、陸自の幹部たちと制服で靖国神社に集団参拝。移動に公用車を使ったとして問題になっている。
■安倍政権下で憲法の重しがなくなった
こうした行為がエスカレートし始めたのは、いつからなのか。
「自衛隊ができたころから、いわゆる“戦前回帰”をもくろむ人たちはいました。しかし平和憲法が“重し”となって歯止めをかけていた。歴代の自民党政治家たちの間でも、〈日本は平和国家だから戦争はしない〉という考えが根づいていましたから」(前川さん)
その“重し”を取っ払ってしまったのが、「故・安倍晋三元首相だ」と前川さんは続ける。
「2014年に第二次安倍政権は、集団的自衛権の行使を閣議決定で認めてしまった。つまり、憲法に反して、海外で武力行使できるお墨付きを与えてしまったのです。さらに岸田政権下では、防衛3文書を改訂して“敵基地攻撃能力”まで認めてしまいました。自衛隊員にしてみれば〈もう自分たちは軍隊だ〉と、そういう意識を持ってしまってもおかしくありません」
つまり、自衛隊の“ネトウヨ化”をエスカレートさせているのは、“ネトウヨ化した政治家”たちにほかならないという。この状態が加速したら、自衛隊はどうなってしまうのか。
「天皇を頂点とした“国家”を守るためなら、国民の命を犠牲にしても仕方ないという戦前の軍隊のようになりかねません」(前川さん)
同じ過ちを繰り返さないためには、“重し”を利かせられる政治家を選ぶしかない。