「今年10月から、医療上の理由なく先発薬を希望すると、患者さんによっては窓口負担額が1万円近く増えてしまう可能性もあります」
そう明かすのは、愛知県在住の薬剤師・山根あかりさん(仮名)。1万円近くも負担増、なんて穏やかではない。背景には、“医療費削減”を強行する厚生労働省の新制度の影響がある。
厚労省は先月、今年10月から〈薬が合わない〉など医療上の理由がある場合をのぞき、患者が後発薬(ジェネリック医薬品)ではなく先発薬を使いたいと希望した場合、両者の差額の4分の1(25%)を保険適用から外し、患者自身が負担する“選定療養”にすると発表した。
選定療養とは、社会保険に加入している患者が自費負担することで、保険適用外の治療を保険適用の治療と併せて受けられること。差額ベッド代などもこれにあたる。
アトピー性皮膚炎などで処方されるヒルドイドクリーム、痛み止めのモーラステープ、点眼薬のヒアレイン(ドライアイ)やルミガン(緑内障)。さらには、花粉症に欠かせないアレグラ錠やアレジオン錠、インフルエンザ薬のタミフル、胃腸薬のガスター錠など、おなじみの薬も多く、1095品目にも及ぶ。そこから身近な薬品や持病をもつ人に欠かせない薬を一部抜粋した。
先発薬を希望した場合、1円未満から数十円と“値上げ”幅は少額だが、これはあくまでも1グラムあたりや1錠あたりの値段。処方量によっては、家計への影響は大きいという。
「ヒルドイドクリームの場合、ご家族みんながアトピーで、月に1キロ処方する方もいらっしゃいます。今年10月までは、1キロ処方しても3割負担の場合、5550円の負担額ですが、10月からは約2600円増となり、合計約8150円になります」(山根さん)
先発薬を使い続ける限り、こうした負担増はずっと続くことになる。
■医療費無料の対象外低所得ほど負担増に
「生活保護の方も、自治体で子どもの医療費が無料の方でも、選定療養費の負担は必要になるので、低所得者ほど大変になるのではないでしょうか」(山根さん)
ただし、後発薬が品切れしているとき、〈後発薬が体に合わない〉など医療上の理由がある場合は、負担増なしで先発薬を処方してもらえる。医師に頼んで“医療上の理由”を書いてもらう必要があるのだが、保険適用されるか微妙なケースもある、と山根さん。
「ヒルドイドなどの塗り薬やモーラステープなどの貼り薬は、先発品と後発品で使用感がずいぶん違うので、効果は同じでも『変えたくない』という患者さんも多い。また、ヒアレインやルミガンなどの点眼薬も、含まれている添加物が異なるため〈先発のほうが目に染みにくい〉という理由で先発薬を好まれる方もいます。こうした理由が、どこまで認められるかはわかりません」
このほかにも、高齢者の場合は、〈薬の名前やパッケージが変わるとわからなくなる〉とか、抗うつ薬を服用している方は、〈飲み慣れた薬でないと不安〉と訴えるケースもあるという。
一方で、〈先発薬を出してほしい〉と頼む患者さんが増えると病院側の収入が減ってしまうという問題も……。
「患者自らが、先発薬か後発薬かを選べるように処方箋を書くと、加算が1枚あたり100円付きます。しかし、医療上の理由などで、先発薬を指定する処方箋を書くと加算が付きません。なので、よほどの理由がないかぎり、書きたがらない病院もあると思います」(山根さん)
今回のリストの中には、高齢者に常用している人が多いアムロジン錠(降圧薬)や、リリカOD錠(鎮痛剤)、メインテート錠(慢性心不全)、メマリー錠(認知症)などの薬も含まれている。
「こうした薬は継続して服用する必要がありますので、“医療上の理由”が認められず自己負担が増えれば、年金生活者の方々にとっても大きな負担になります」
神経障害性などに処方されるリリカOD錠(鎮痛剤)で試算すると、1日あたりの処方量(150ミリグラム×2回)を30日処方した場合、10月以降は3割負担で月約580円の負担増となる計算だ。
また、アルツハイマー型認知症の症状の進行を抑えるメマリー錠は1日1錠(20ミリグラム)を経口で服用するが、10月からは1錠約17円の“値上げ”となる(3割負担の場合)。症状の進行を抑えるためには飲み続けなければならず、年間で約6400円の負担増がずっと続くことになる。
■命にかかわる薬が不足する可能性が
こうした理由から、今回の決定には現場の医師たちからも反対の声が上がっている。神奈川県保険医協会副理事長で医師の湯浅章平さん(章平クリニック・院長)は、こう懸念を示す。
「今回の決定は、本来の保険外療養費制度の枠組みからの逸脱を意味しており、現場サイドの医師としては容認できるものではありません」
今回は、課される負担は25%だが、さらに医療費を削減したい厚労省は、この負担率を今後引き上げていくのではないかという見方もあるという。加えて、医薬品の供給不足も大きな懸念材料だ。
「2020年以降、ジェネリック医薬品メーカーの不正が相次いで発覚しました。これにコロナ禍も重なって、慢性的な医薬品不足が続いています。まずは、医薬品の供給不足の問題をクリアすることが先決と考えます」(湯浅さん)
前出の山根さんも、「患者の命取りになりかねない」と語る。
「たとえば、慢性心不全の患者が服用するメインテートという薬は、先発薬の供給が多いため、よく使用されています。今後、メーカーは先発薬の製造を絞ってくるでしょうから、10月に向けて後発薬の供給量を増やさねばなりませんが、どこまで追いつくのか……。もし、どちらも不足することになれば、薬不足による死者が出てしまいかねません」
医療費削減を断行することで、危険にさらされるのは私たち国民なのだ。