「この車両、もとは価値1円だった」…自前改造で“ウン千万円”に変身! 空港の働くクルマ“EV化”現代の錬金術

ANAグループで空港の車両整備を担う会社が、EV化した特殊車両の“初号機”を公表しました。減価償却を済ませた古い車両を自社でレストア、EV化し、その価値を1千万倍以上に高めるという日本初の取り組みです。
ANAグループで、GSE(航空機地上支援車両)のメンテナンスを担う全日空モーターサービスが、航空機への貨物積み込みで使うベルトローダー・エンジン車を、自社EV化することに成功し、初号機”を公表しました。減価償却を終えた退役車両を電動化することで新たな価値を創造する国内航空業界初の取り組みです。
「この車両、もとは価値1円だった」…自前改造で“ウン千万円”…の画像はこちら >>EVコンバージョンで蘇った電動ベルトローダー車。開発者自らが運転して充電に向かう(中島みなみ撮影)。
真新しく新車同然に見えるベルトローダー車を前に、全日空モーターサービスの辻村和利社長は、少しうれしそうでした。
「この車両、1995年から稼働し29年が経過しています。すでに減価償却はすんでいて簿価1円。これをレストアして付加価値を高めることに成功しました」
ベルトローダー車とは、駐機する航空機と地上で手荷物や貨物を積み下ろしする時に使う作業車で、航空機のカーゴ室に接続するベルトコンベアーを積んだ車両のことです。運転席を備えた車両は自走可能で、国内航空各社は移動と荷役作業の動力にディーゼルエンジンを搭載したエンジン車を使っています。
全日空モーターサービスは、このベルトローダー車の退役車両からエンジンと燃料タンクを下ろし、モーターとバッテリーに積み替えるEVコンバージョンに挑戦。日本初の電動ベルトローダー車を完成させました。
ベルトローダー車の価格はエンジン車でも「海外製で1000万円~1200万円。国産だと1600万円ほど。通常は20~25年使う」と、同社は話します。この減価償却を終えた車両が電動化によって第一線に復活するわけです。
冒頭の辻村社長の発言の通り、新車同様にレストアされた電動車への再生を事業として離陸させることができれば、電動化コストの削減と環境負荷低減を両立させることが可能となり、ベルトローダー車だけでなく運航を地上で支援するGSEの電動化に弾みをつけることができます。
GSEの電動化は欧州で先行していますが、日本の航空業界では初めての取り組みです。電動化したベルトローダー車は廃棄処分から一転。向こう「10~15年の間、使い続ける」と、同社開発担当者は話します。
ANAグループのベルトローダー車は羽田空港で64台、全国では386台が稼働しています。さらにベルトローダー車を含むディーゼルエンジンを搭載したGSEは全国で約1万4000台、羽田空港だけでも2800台あります。
航空業界のCO2排出量の削減は、排出の大半を占める航空燃料の改善が前提です。GSE(航空機地上支援車両)が削減対象から外れているわけではありませんが、国内ではほとんど手つかずでした。
車両整備としてCO2削減を考えると、移行期にはエンジンとモーターの整備を両立させなければならないという課題があり、単に排出ガス削減のために電動車を採用しても解決しないことが、取り組みの足かせだったのです。加えて、電動車整備のための作業スペースが、エンジン車とは別に必要になるほか、エンジンの整備に携わってきた整備士にも電動に対応した整備技術が求められます。
そのコストは、電動車を採用した時点から始まり、エンジン車が最後の1台となるまで考慮しなければなりません。
その点であえて電動車を購入せず、モーターとバッテリーに換装したEVコンバージョンで電動ベルトローダー車を自社で作り上げることは、電動の整備技術向上を向上させながら、簿価1円の価値を究極まで引き上げることができます。
同社はベルトローダ―車の電動化に2022年10月から取り組み、約2年間の時間をかけて2024年3月に電動車の通電に成功しました。この間の仕様設定、部品選定、概算費用の算出、製作工期、法的要件の確認など、すべてを自社の整備担当者が手がけています。辻村社長が完成までの2年間を振り返ります。
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運転席後部のECUの内部。タジマモーターコーポレーション製(中島みなみ撮影)。
「最初の1年間は試行錯誤で、EVの一般車両の見学や先行する欧州の状況を視察することにも時間を費やし、その後、電気自動車普及協会の協力など各方面の力を得ながら実現させた」
EVベルトローダー車には、走行モーターと荷役モーターの2つが搭載され、走行モーターには減速機が備えられています。目的は走行モーターの加熱防止以外に、エンジン車との運転の違和感をなくすためです。また、荷役作業でもエンジン車との違和感をなくすために、あえてエンジン車と同じ油圧ポンプを採用しました。
今回のEVベルトローダー車は、搭載するリチウムイオンバッテリー、BMS(バッテリーマネージメントシステム)、その上位にあるECU(電子制御ユニット)、外部の充電器など、すべての部品の調達や組み合わせは、全日空モーターサービスが独自に考えたものです。辻村社長は、こう話します。
「全日空モーターサービスでは40車種の車両のメンテナンスを手がけているが、それだけでなく、板金、塗装など、この工場ですべての役割が発揮できる。(EVコンバージョンという)レストアのすべてができる環境があり、我々の整備士は、そういった能力を十二分に持っているということをお伝えしていきたいと思います」
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EVコンバージョンは「魅力あるビジネス」と語る全日空モーターサービス・辻村和利社長(中島みなみ撮影)。
このEVコンバージョン初号機は、整備工場を飛び出し、駐機場での作業でテストされることになります。開発者である整備士の手を離れ、作業オペレーターが運転することで新たな視点を加えて、走行感覚や荷役感覚を調整して、2024年夏頃をめどに羽田空港での運用開始を目指します。
辻村氏は今後の予定を次のように話します。
「今後のスケジュールとしては、今年度はプラスで約2台を改造予定。また、次年度以降は、より効率的でコストをセーブした新しい改造を引き続き目指して、さらに年間数台の電動化を継続する予定です」
航空機支援車両にも持続可能な電動化への道筋が示されました。