中央線「昭和グルメ」を巡る 第174回 静かに時間が止まった店「ねずみのこと」(八王子)

いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、八王子の喫茶店「ねずみのこと」をご紹介。

○「カレーライス+ホットコーヒー」の取り合わせが似合う店

八王子駅北口を出たら、ペデストリアンデッキを経由して右斜め前方向の「東放射線アイロード」へ。「保健所前」交差点あたりで向こう側に渡ってさらに直進し、京王八王子駅西口を左に見ながら右側の路地に入ると、すぐ左側に、いかにもレトロないい感じの喫茶店が現れます。それが今回ご紹介する「ねずみのこと」。

じつはずいぶん前に近隣を通りかかったときに見つけた店で、そのときは用事があったから寄れなかったものの、ずーっと気になっていたのです。だってさー、気になって当然じゃないですか。なにしろ「ねずみのこと」ですぜ。そんな名前のお店、いいに決まってます。

古い二階建ての建物の一階で、右側にはこげ茶色の枠の格子窓。左側に同じく格子のドアがあり、すぐ上に「珈琲店 ねずみのこと」を書かれた看板がかかっています。

かと思えば、右側には「Galerie ねずみのこと」という看板も。もしかしてギャラリー併設なの? いろいろ謎が深まりますけれど、ともあれ入る前から期待しちゃいますわなあ

ちょっと緊張しながら足を踏み入れると、すぐ右の窓際にテーブル席が一卓。そこから先は中央で左右に仕切られていて、左側にはカウンター席、右側がテーブル席というちょっと変わったつくりになっています。

いちばん奥のテーブル席に座ると、突き当たりの厨房から「いらっしゃいませ」と声が聞こえてきて、ほどなくお水が運ばれてきました。

ところで表には「COFFEE カレー」と書かれた立て看板が出ていましたが、なるほどメニューをチェックしてみれば、食べものはカレーとトースト、あとはアップルパイだけのようですね。

カレーについては「カレートースト」なんて変化球(ビールとのセットも)などもありますが、ここはオーソドックスにカレーライスにしましょう。大盛り、ふつう、小盛り、ミニの4種に分かれていたので「ふつう」で。

なおサイドメニューにはコーヒー以外にも野菜ジュース、ドリンクヨーグルト、アイスミルク、カスピ海ヨーグルトなども用意されていますが、これは迷うことなくホットコーヒーでいきたいところ。

あくまで好みの問題ですが、「カレーライス+ホットコーヒー」は喫茶店メニューの王道だと僕は思っているんですよ。それに、このふたつの取り合わせが絶対的に似合うタイプの店が間違いなくある。たとえば前にご紹介した吉祥寺の「武蔵野文庫」がそうですけれど、このお店もそういった部類。

おそらく昔は白かったのであろう壁はいい感じに色味を帯びており、柱などの木材部分は表と同じくこげ茶色で統一。古い時計やドライフラワー、壁にかかった絵画など、ひとつひとつのものが刻の流れを感じさせます。

足元には、昔使っていたのであろう「ネズミのこと」と書かれた看板と、「月の下にたたずむねずみの描かれたプレートが置いてあったりもしますねえ。

そして視線を上げると、なんと天井にも大きな絵が2枚。

つまり、これが「Galerie」という表記の意味するところなのでしょうか? いずれにしても、いい雰囲気です。とても落ち着く。なお店内にはインストゥルメンタルのギター曲が静かに流れていましたが、厨房のほうからはラジオの音も。お店の方が、調理しながら聴いているのでしょうね。

などと独特の雰囲気に魅了されていたら、「お待たせしました」という声とともにカレーライスが運ばれてきました。

左側にご飯がたっぷりと盛られ、カレーには肉、たまねぎ、にんじん、コーンが。脇に添えられた福神漬けも、懐かしい感じがする食器も、見た目のすべてが理想的な「喫茶店のカレー」です。

いただいてみると、もちろん味も期待どおり。それほど辛くはなく、かといって甘くもなく、肯定的な意味で「家庭のカレー」にとても近いのです。

思っていた以上にボリュームもあるし、これは正解でしたねえ。

正解といえば、食後に出てきたホットコーヒーもまた同じ。苦味や酸味は控えめな柔らかい味わいなので、味わっていると穏やかな気持ちになれるといいますか。これもまた、喫茶店にあってほしいコーヒー。

というわけで非常に満足したのですが、帰る前に聞いておかなければならないことがあります。もちろん、店名の由来。

いまお店を切り盛りされているのは娘さんのようで、「父がつけた名前なんですけど、母にいわせると、屋号を考えているときに天井でねずみがコトコト音を立ててたから”ねずみのこと”だって。たぶんそれが合ってると思います」との答えが。

なるほど、そういうことですか。すると横にいた常連さんも「そういうことだったのか。僕も聞きたかったんだ」と。わかります、気になりますよね。ともあれ、訪ねてみて本当によかった。またお邪魔したいと思います。

なお路地から出ると向かいの京王八王子駅横に「京王八王子駅」バス停があり、それを利用すると日野駅まで行けます。僕も帰りはそちらを利用しました(バス好きなので)。

●ねずみのこと
住所: 東京都八王子市明神町4-2-8
営業時間: 9:00~20:00
定休日: 日曜・祝日

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)ほか著書多数。最新刊は『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)。 この著者の記事一覧はこちら