政府が“異次元の少子化政策”を掲げるなど、子供をとりまく環境が注目されている。ボランティアの力で開かれている名古屋の無料の学習塾に密着すると、経済格差が教育格差につながるという現状が見えてきた。
名古屋市守山区にある、福祉施設「トレジャーシップ」。
大勢の子供たちが一所懸命に勉強をしていた。
男性の講師:「こっちに(コンパスの)針置いて…」女性の講師:「(算数の問題が解けて)やったじゃん!じゃあ次はこれしようか」個別指導の学習塾だが、通常の塾と大きな違いがある。NPOが運営する「東海つばめ学習会」。授業料が一切かからない「無料の学習塾」で、小中学生を対象に愛知県内の5つの教室で週末に勉強を教えている。
塾生は5つの教室で合わせて約80人。“無料塾”ということもあり、経済的な理由でここに通っている子供もいる。小学5年生のゆみさん(仮名・11)も、その1人だ。
「少しわかるところが増えた」と話すゆみさんは、この無料塾に通うまで、学習の機会に恵まれない状況だった。
名古屋市の集合住宅に暮らす、ゆみさんは、母・千佳子(仮名・48)さんと2人暮らしの「母子家庭」だ。千佳子さん:「もうバタバタで。どうしてもお惣菜とかも増えてしまう感じで…。野菜をちょっとでも摂ってほしくて、ミネストローネを作りました」
平日は仕事があるため、家に帰るのは午後6時過ぎ。子供の健康を気遣って、ほぼ毎日夕食を作っているが、電子レンジを使い始めた途端、部屋が真っ暗に。停電だ。千佳子さん:「あっ!やばい!ブレーカーですね。やっぱりダメなんだ、これ。どうしよう…。(電気が戻る)あっ!点いた、自然に。良かった。エアコンをつけちゃったからかな…。(契約のアンペア数を)一番低いのにしていて。ちょっとやっぱ冬だからか…、最近寒いので」
節約のため、契約する電気のアンペア数をギリギリに設定し、月に約300円を節約しているという。家計は、決して楽ではない。
千佳子さん:「(夫が)ずっと10年くらい“うつ”になっていて。ちょっと性格的な問題もどんどん出てきて、DVっていうんですかね」元夫から受けた精神的なDVなどが原因で、離婚し、2020年に県外から名古屋市に引っ越し2人で暮らしているが、元夫から養育費の支払いはない。出来上がった夕飯を千佳子さんが出すと、ゆみさんは美味しそうに食べ始めた。ゆみさん:「いただきます!美味しい」
千佳子さん:「美味しい?よかった」千佳子さんは離婚を機に、非常勤で働き始めた。国からの補助金もあるが、給料とあわせて毎月の収入は18万円ほどで、収支が赤字になる月もあり、習い事にお金をかけることは難しいという。
ゆみさん:「絵が習いたい。絵は頑張って描いたりしているけど…、勉強はしたくない」成績が良くならないのは「環境のせい」と千佳子さんは涙ぐみながら話す。千佳子さん:「しんどいとも思う余裕がないというか、とにかく日々なんとかこなすことで…。多分、地頭は悪くないと思うんで、本当に環境で成績悪くしちゃっているんで。申し訳ないなって思うんですけど」“経済格差”によって生まれる、“教育格差”。厚生労働省によると、標準的な生活を送れない「相対的貧困」の子供は約15%で、実に「7人に1人」にのぼる。
そして、一般世帯と生活保護を受給している世帯の子供の偏差値を比較すると、貧困状態の子供の方が偏差値は低くなる傾向にあり、特に10歳以降で差が大きく出るという調査結果もある。
無料塾を運営するNPO「東海つばめ学習会」の柿本知樹(かきもと・ともき)理事長。
大学時代から、関西にあるNPOで無料塾の活動に取り組んでいた。
社会人2年目の5年前、地元の愛知県で自ら団体を立ち上げた。
柿本さん:「大学生の時に福祉施設、児童自立支援施設というところに実習に行く機会があって。そちらでたまたま出会った16歳の女の子が、中学生の時に働きに出されて家にお金を入れていたそうなんですよ。その子が言っていたのは、『勉強をしたい、したかった、でもできなかった』。何か自分でできることをあるかなって思ったときに、勉強だったら教えられるかなと思って」柿本さんの本職は会社員で、平日は美容機器メーカーの営業マンとして働きながら、土日に無料塾を開いている。
柿本さん:「ボランティアは自己犠牲だって、本当によく言われることだと思うんですけど、私はそうは思っていなくて。カラオケ行ったりショッピング行ったりっていうことと同じように、私も趣味の一環の中で、学習会に行かせてもらっていて」講師は全員ボランティアだ。柿本さんのような会社員や学生など、約100人の講師が無償で勉強を教えている。年間40万円ほどかかる運営費は、賛同した企業や個人からの寄付で賄っている。
無料塾に通う小学5年生:「楽しいです。わからないって言ったら教えてくれたりするから、できたりする」
千佳子さん:「これを使うと直径1センチの円の円周は?どうなる?」ゆみさん:「んー、わかんない」千佳子さん:「えー、どうして?3.14×直径なんだから」1年ほど前から無料塾に通う5年生のゆみさん。千佳子さん:「通知表どこやったかな。あった」ゆみさん:「あー、嫌だ。見たくない!」千佳子さん:「2重丸なんて1個もないんです。三角がダメな…。次がよくなるはずですね」
Qつばめ学習会はどうですかゆみさん:「楽しい」Qどんなところが楽しいですかゆみさん:「みんなと一緒に勉強できるとこ。わからないところでも、すぐ聞けるようになった」Q学校だと聞きづらいゆみさん:「みんながいるから」千佳子さん:「そうだよね。『こんなのもわからないのか』って思われちゃうもんね」無料塾に通うようになってから、苦手な勉強も少しずつ「わかる」ようになった。千佳子さん:「(生活の中で)やっぱり勉強のほうまでは、全然目がいかない。すごく(学力が)落ちてしまって、母子家庭になってから。だけど学校で落ちこぼれた子に対して補習やってくれるとかそういうのはなくて、できない子はそのままできない状態っていう感じになってしまっている。本当に(無料)塾でわからないところを教えてもらっていることが助かっています」取材に訪れたこの日は、ゆみさんの誕生日の前日。プレゼントに服を買ってもらったようだ。ゆみさん:「気に入ってる」
Qお母さんのが好きなところはゆみさん:「優しいところ」千佳子さん:「あーよかった」ゆみさん:「欲しいもの買ってくれたりする」無料塾は勉強だけでなく、親子の絆を深める時間も与えてくれていた。柿本さん:「本当に目指しているところっていうのは、日本全国の中から無料塾が無くなって、もう学習支援なんて必要ないよって、言ってもらえるような社会ができたら、それが1番理想。学習支援をたくさん、必要としている子供たちに届けられる社会っていうのを目指していきたいなって思います」2023年2月9日放送