なんらかの作品を創った人は、その「著作権」を有する。自分の考えや想いを作品として表現したのだから、強い思い入れもあろう。だが、「思い入れ」と「思い込み」はまるで違う。
「著作権侵害だ!」と筋違いとも思える訴えを起こすクリエーターも一定数存在するようだ。そうしたエセ著作権を振りかざし、トラブルに発展した事件を取り上げた一冊が「エセ著作権者事件簿」(友利昴著)だ。
本連載では、ニュース等で話題になった事件も含め、「著作権」にまつわる、クレームや言いがかりまがい、誤解、境界線上の事例を紹介。逆説的に、著作権の正しい理解につながれば幸いだ。
第8回では、大ヒット映画「カメラを止めるな!」に起こった、著作権トラブルを取り上げる。
「原案」か「原作」か――。著作権法に定義のないこの2ツの解釈の違いもあり、話はややこじれる。大ヒット作に対する原案側からの権利主張という構図が、外野には「カネ目的」にもうつり、ちょっとした番外戦も繰り広げられた。
映画は前半の伏線を後半で鮮やかに回収する構成が高く評価されたが、この「カッテに使うな!」トラブルは映画のようにうまく“回収”されたのか…。(全8回)
※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。
大ヒット映画にイチャモンが映画『カメラを止めるな!』は、公開当時無名だった上田慎一郎監督による低予算映画だったが、口コミで面白さが広まり、興行収入30億円を超える大ヒットとなった。
映画の前半部分は、どこかたどたどしいゾンビ映画である。後半は雰囲気が一転して、そのゾンビ映画を撮ることになった撮影クルーをめぐるコメディになっており、後半を観ることによって、前半の「たどたどしさ」の伏線が次々に回収されていくという構成になっている。この構成の妙が見事で、評価の何割かはこの構成に捧げられるだろう。
だから筆者も映画館で観て、エンドロールの「原案:劇団PEACE『GHOST IN THE BOX!』(作:荒木駿 演出:和田亮一)」という表記には意識的に目を留めたのだ。「そうか、原案となった舞台劇があったんだ。ならばこの『劇団PEACE』にも拍手だな」と思ったのを覚えている。
週刊誌での不意打ち告発しかしその後、思わぬところでこの劇団の名前を再び目にすることになった。劇団を主宰していた和田亮一が、突然、週刊誌『FLASH』で「『カメラを止めるな!』は私の作品を無断でパクった!」「著作権侵害で闘う」(同誌見出し)などと、上田監督らを告発したのである。ちゃんとエンドロールにクレジットされていたのにもかかわらず、いったいどういうことだろうか。
当時週刊誌やブログで展開された和田の主張は、自分は『カメラを止めるな!』の「原案者」ではなく「原作者」であり、クレジットにも「原作」と表記してほしいというものであり、また和田の弁護士は、同誌で「著作権侵害の事実がある」と断言していた。
「原案」か「原作」か経緯としては、もともと上田が和田の『GHOST IN THE BOX!』を気に入り、当初は劇団関係者に了承を得て映画化を企画していたそうである。それが頓挫したため、改めて、劇の発想だけを取り入れたオリジナルのストーリーと演出で上田が新たに創作したのが『カメラを止めるな!』だったという。
これを上田は「『GHOST IN THE BOX!』から着想を得た、オリジナル作品」と位置付けていた。したがって、上田も和田も、元ネタが『GHOST IN THE BOX!』であるという認識は共通して持っていたことになる。ただ、それが「原案」か「原作」かという点に食い違いがあったのだ。
何の違いがあるのか?原案、原作という言葉は著作権法にはないが、原案は「作品の元となる設定やアイデア」、原作は「元となる著作物」という意味で使い分けられることが多い。つまり原案と原作の違いは、前者には著作権がなく、後者には著作権があるということだ。
ただし、映画や出版業界では曖昧に使われることもあり、これが話をややこしくしている。「原案者」にも著作権料相当の使用料が支払われていたり、「原作者」としてクレジットされているものの、実態として原作の面影がほとんどないこともあるのだ。こうした業界慣習を踏まえると、「原案」か「原作」かは、当事者同士のお気持ちによる合意事項という側面もある。
ここでは、著作権侵害にあたらなければ「原作」ではなく「原案」である、としよう。和田の主張から、『カメラを止めるな!』が『GHOST IN THE BOX!』の著作権を侵害するのかどうか、考えてみたい。和田は、前掲『FLASH』でこう述べている。
<構成は完全に自分の作品だと感じました。この映画で特に称賛されているのは、構成の部分。前半で劇中劇を見せて、後半でその舞台裏を見せて回収する、という構成は僕の舞台とまったく一緒。前半で起こる数々のトラブルをその都度、役者がアドリブで回避していくのもそう>*1
*1 『FLASH』2018年9月6日号(光文社)この発言を前提とするならば、和田の主張の正当性は怪しい。「前半で劇中劇を見せて、後半でその舞台裏を見せて回収する、という構成」は、確かに評価された要素だが、構成それ自体は具体的な表現ではない。斬新ではあるが、アイデアである。「前半で起こる数々のトラブルをその都度、役者がアドリブで回避していく」も同様で、これは三谷幸喜作品などでも見られるもので斬新なアイデアとも言い難い。
どうも和田は、アイデアや設定が共通していることをもって「原作」(著作権侵害)であると主張していると疑わざるを得ない。多くのエセ著作権者同様、「アイデアや設定は独占できる」という誤りにハマっているに過ぎない可能性が高いのだ。
「設定が似ている」という感想ばかりここでぜひ実際に両作品を見比べてみたいのだが、後述する理由で現在『GHOST IN THE BOX!』を観ることは叶わない。しかも本作は小劇場での舞台公演だったので、映画と舞台の両方を見比べることのできた人はかなり少ない。
作家の内藤みかと堀田純司は、両方の作品を見た数少ない者として貴重な証言を残している。だが両人とも、「設定が似ている」「原案かもしれない」という指摘に留めている点は見逃せない*2。
*2 内藤みかnote 2018年8月13日、「FRIDAY DIGITAL」2018年9月23日これらを踏まえると、『カメラを止めるな!』が『GHOST IN THE BOX!』の著作権を侵害する可能性はかなり低いといっていいだろう。和田のアイデアは確かに映画に大きく貢献しているが、それがアイデア、すなわち「案」に過ぎない以上、「原案」こそが客観的に適切なクレジットだ。
“原案者”はゴネ得をしたのか?その後、製作会社が憤りを表明するなど態度を硬化させるも、最終的には、両者は和解を発表。上田サイドは基本的には和田の要求を受け入れ、『カメラを止めるな!』は和田と上田の「共同原作」による作品とすることで決着がついた。現在配信されている版ではクレジットが差し替えられている。
もっとも、この件で和田が全面的に得をしたかというと、そうでもない。実は騒動前に、和田の演出のもとで新たな役者が再演した『GHOST IN THE BOX!』のDVDの発売や配信が予定されていたのだ。しかし騒動後、これらが発売日の一ヶ月前に急遽発売中止になっている。和田が発売中止を申し入れたのだという。
詳しい事情は明らかになっていないが、『カメラを止めるな!』とのトラブルは無関係ではないだろう。「原案」ということで早期に矛を収めて、「大ヒット映画の〝原案”となった舞台劇」として売り出せば、注目を集めたに違いないのに……。それを発売直前というタイミングでお蔵入りにさせれば、関係者には迷惑をかけただろうし、「面倒くさいトラブルメーカー」という印象にしかならないのではないか? そう考えると、つくづく「原案」で満足できなかったのが残念である。
低予算映画らしい不手際も一因か一方、『カメラを止めるな!』サイドにしても、制作の初期段階で、劇団関係者を通して、和田にきちんとクレジット表記について丁寧に確認を取っておけば、最初からトラブルを回避できた可能性が高い。
述べたように、クレジットを「原作」とするか「原案」とするかは「当事者のお気持ちによる合意事項」という側面がある。後手に回った対応のせいで、和田が態度を硬化させた気持ちもまた、理解はできるのである。
ともあれ、こうして終結した「カッテに使うな!」騒動だが、このような低予算映画ならではのスリリングな舞台裏に思いを馳せるのも、作品の楽しみ方のひとつ、といえよう。