東京・上野「1億円金塊」強盗未遂“実行役”の初公判 スタンガンで“指示役”に脅され拒否できず

昨年8月4日午前11時頃、東京・上野の路上で50代の女性から金塊約15kg(時価約1億4329万円相当)を奪おうとして10~40代の男7人が逮捕・起訴された事件で、実行役で強盗致傷の罪に問われている山本俊策被告(22)の初公判が17日に東京地裁で開かれた。
矢野直邦裁判長から公訴事実について問われた被告人は「私がやったことです。間違いないです」と認めており、量刑を争点に裁判員裁判で審理が進められている。
事件の“指示役”との出会い事件に関わった7人は2つのグループからなり、それぞれを束ねていたのは元暴力団構成員だった。被告人はこのうち一方の人物Aと“使い走り”のような関係性だったという。
被告人とAが知り合ったのは5年ほど前。Aの弟が被告人の地元の先輩にあたり、先輩に会うときにたまたまAもいた。このときは関係が深まることもなく、被告人いわく「顔見知り程度」だったそうだ。
ところが2人の距離は、今回の事件が起きる前月に被告人が覚せい剤取締法違反で有罪(懲役1年6か月、執行猶予3年)となったことで一気に近づく。
さかのぼって逮捕後、勾留されている被告人のもとへ突然「Aに頼まれてきた」という弁護士が現れた。その後はA自身も何度か面会に訪れて「社会復帰後に住む場所や仕事を紹介する」などと更生支援を持ちかけてきた。
Aは被告人の家族にも同じような話をしており、被告人自身も、Aの弟にあたる先輩にかわいがってもらっていたことなどから「助けてくれるなら信じて支援していただこうかな」と考えたという。
その後、前述のように被告人は執行猶予付きの有罪判決となり、釈放された。当日は被告人の母親のほかAの知人も迎えにきて、3人で食事をした。Aの知人は食事中、今後の支援について説明し、母親は別れ際に「よろしくお願いします」と頭を下げたという。
日常的な暴力が始まるAは被告人に、もともと住んでいた町とは違う町に住居を用意すると話していたが、実際に連れて行かれたのは同じ町にあるAの知人宅だった。そこで被告人、A、Aの知人、Aの交際相手との共同生活が始まったが、その翌日からAに暴力を振るわれるようになったという。
被告人が受けた暴力は、殴る、蹴るのほか、家庭用包丁を突きつけられる、手の甲を切られる、腕ほどの太さがある流木が折れるまで殴られる、スタンガンを当てられるなど。「体にアザ、顔から血が流れているのが普通の状態だった」と被告人は振り返る。
暴力は毎日欠かさず行われたが、その理由はまったく分からなかった。「やめてほしかったので、ひたすら『すみません』と謝るしかありませんでした」(被告人)
また、何をするにもAの許可を取らなければならず、スマートフォンはAに預けるルールで、通信履歴などもすべてチェックされた。無理やり消費者金融に連れて行かれて借金させられたこともあった。
無論、「仕事を紹介する」との約束もほごにされ、「どうなっていますか」と聞いたところ「お前はだまって俺の言うことを聞いていればいい」と言葉を濁されたという。
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公訴事実を読み上げる検察官(画:Minami)

「殺される」スタンガンで脅され実行役を承諾誰かに助けを求めようにも、常にAの監視下に置かれているためそれがかなわない――。日常的な暴力から抜け出す道が絶たれた被告人は、事件の2~3日前、Aから金塊強盗事件の実行役を担うよう指示される。
計画を聞かされた被告人は自身が執行猶予中であり、そもそも強盗のような危ないことをやりたくなかったことから一度は断った。ところがAは「言い訳ばっかしてんじゃねーよ、殺すぞ! 俺の言うこと聞いてればいいんだよ」と激高。スタンガンを押し付けられた被告人はあまりの痛みに立っていられなくなり「本当に殺される」と恐怖を感じたため、実行役となることを承諾したという。
同じく実行役となったのは、別グループのメンバー1人。この人物を含めて別グループのメンバーと被告人は面識がなく、事件当時は名前すら知らなかったという。
当日、物陰に潜んだ被告人らは、被害女性が自転車で現場に到着すると、Aから「そいつだ、行け!」と指示される。被告人は、女性が自身の母親と同じくらいの年齢に見えたため、強い抵抗感を覚えたそうだ。
しかしAへの恐怖心も大きかったため、被害者に駆け寄って金塊の入ったリュックサックを奪おうと背後から両肩ひもを引っ張った。ところが被害者が大声で叫んだことで目が覚めるような気持ちになり、「これ以上はかわいそうだ」と手を離してその場から逃げ去ったという。
なお、被害者が尻もちをついた際に被告人がそのまま肩ひもを引っ張り続けたことや、もう1人の実行役が殴る蹴るなどしたことから、被害者は全治5日間のケガを負っている。
隙をついて窓から逃げ出す…そして出頭へ当然、Aは計画の失敗に激怒して「てめー本当に何もできねーな、殺すぞ! 指詰めろ」と罵倒してきた。その後も顔を蹴られ、何度も「殺す」「指詰めろ」と言われ、スタンガンによる暴行も受けた。
共同生活していた住宅に戻った後も「お前に用はない」などと言われたことから、いよいよ殺されると思った被告人は隙をついて住宅の窓から逃げ出す。持ち出したスマートフォンで母親に電話を掛けて迎えに来てもらったが、実家はAらに知られているため、祖父母の家や漫画喫茶などで寝泊まりしていたという。
その後、塗装業の仕事が見つかり働くことに没頭する日々を送っていたが、事件から約2か月後、何気なく見たネットニュースでAらが逮捕されたことを知り、自身も警察に出頭して逮捕された。
すぐに出頭しなかった理由については「逮捕されたらすべてを話さなくてはいけない。Aらには実家を知られており、家族を人質に取られている感じがしてできなかった」と吐露した。
初公判の最後、Aの公判で証言できるか問われた被告人は「自分がやってしまったことなので事実を話したい気持ちはあるが、Aを前にしたらパニックになってしまうかもしれない。同じ空間にいられるかも分からない。真摯(しんし)に向き合ってしゃべれるよう全力で努力するが、今は体と心が逆方向に行ってしまっている」と複雑な心境を語った。
被告人はこの事件以前にも覚せい剤取締法違反という過ちを犯しているが、執行猶予判決が出て釈放された後に携帯電話の番号を変更し、それまでの不良交友関係を断ち切ろうとしていた。そして、新しい町で再スタートしようと頼ったAによって、さらに人生を狂わせることになってしまった。
法務省が公表する「令和5年版再犯防止推進白書」では、「犯罪や非行からの離脱は、ある日突然、劇的に起こるものではなく、段階的・長期的な変化の過程といえる」とした上で、その要因のひとつに「良好な人間関係の構築」を挙げている。
もし周りに適切な更生支援をしてくれる人がいたら――。そう思うと、悔やまれてならない。