想いは時に、言葉にしないと正確に伝わりません。
相手の不可解な言動の裏にも、ハッとするような真相が隠されていることがあります。
忘れられないエピソードをX上で明かしたのは、エナガ(@takatakata66666)さん。
2024年現在は、学習塾を運営しており、発達障害や学習障害のある生徒、不登校になった子供たちの学習支援などを行っています。
そんなエナガさんは、反抗期だった中学生の頃、母親のことを「恥ずかしい」と思っていたそうです。
エナガさんによると、中学2年生当時、実家は公務員の家庭らしい暮らしぶりで「特に母親は質素な人だった」とのこと。
おしゃれに目覚めていたエナガさんは、朝でもアイドル並みにブローを欠かさず、薄くリップを塗って、「校則違反上等」の精神で学校に通っていました。
※写真はイメージ
そんなエナガさんが一番嫌いだったのは、親が学校に来る、授業参観日。
親が履いてきた靴を、女子生徒たちが見に行くのが恒例行事になっていたのです。置き場にあるのは、目の保養となる靴ばかり。
パンプスやピンヒール、ブーツ、着物用の草履など、普段は見ないような、きらびやかな靴が並んでいました。
しかし…1足だけ、仲間はずれがあったのです。
1人の女子が「ダサいダサい、何この汚い靴!」と引いていたのは、使い込まれ、劣化が進んだ運動靴。
それは、エナガさんの母親の靴でした。
※写真はイメージ
頭に血が上り、カッと顔が熱くなったエナガさん。
(バレたくない。学校ではおしゃれをしている私の母親の靴が、あんなに汚いなんて)
恥をかいたエナガさんは、帰宅すると「あんな靴しかないの!?学校に来る日くらい、きれいな靴を履いて!」と怒りを母親にぶつけました。
ところが、母親本人は「仕方ないじゃない、節約節約!」と笑いながら答えるではありませんか。
その反応さえ、エナガさんには忌々しく感じられたのでした。
後日、エナガさんは不満を伝えるため、父親にその話をします。
すると、父親は困ったような顔をして…。
お父さんも、いつもそういうんだよ。「新しい靴くらい買えば?」って。でもなあ、お母さんは…。
そういって、ことの真相を明かしました。
母親が古い靴を履き続けるワケ
父親によると、母親は次のように想って、同じ靴を履き続けていたといいます。
エナガは一生、『あの靴』しか履けない。女の子なのに、あれしか履けない。
しかも、3年に1回しか作ることが許されない。自費で買うには、30万円は高すぎるしね。
あの子の足を代わってやれないから、せめて靴くらい同じ思いをしてやらなきゃ。
※写真はイメージ
「お母さんにはお母さんの気持ちがある。分かってやれよ」と父親に諭されたエナガさんは、黙っていることができませんでした。
バカじゃないの。そんなことしても、なんにもならないのに。あほくさー!
そう悪態をつきながら、エナガさんは号泣しました。
母親が、エナガさんの知らないところで、我が子に寄り添おうとしていたのをハッキリと理解し、気持ちがあふれたのです。
エナガさんは、先天性脊椎障害かつ、内臓疾患の障害を抱えており、生まれてから何度も手術を受けていました。
機能を補助する特殊な靴の装着が必須で、数mなら松葉杖で歩けるものの、ほとんどの移動は車いす。だからこそ、母親はエナガさんの前で、おしゃれな靴を履かなかったのでした。
大人になった、2024年10月現在。当時を懐かしく振り返ったエナガさんは、このようにつづっています。
今日、母は81歳のお誕生日。
働くようになってからは、母にはおしゃれを楽しむものを送り続ける。
私なら大丈夫。もう、大丈夫なんだよ。
お誕生日、おめでとう。
私も今日、靴を新調できたよ。
「もう大丈夫」という言葉からは、母親への深い感謝の念が感じられますね。
険しい人生を歩んできたエナガさんの、万感が詰まった言葉に、大勢が心を揺さぶられています。
・思春期の気持ちも、お母さんの気持ちも分かって涙が止まりません。
・なんて素敵なお母様。親子で歩んできた人生に拍手。
・お母様なりに、子供を理解し、支えようと必死だったのですね。なんて深い愛情。
・ラストの恩返しというか、親孝行にも涙が。お母様のお誕生日、おめでとうございます。
足に障がいを抱える人が履く靴について、「ほとんど知らなかった」という人も多いようです。
grapeは、エナガさんが使用している靴について詳細を尋ねました。
すると、なぜエナガさんが靴に苦労してきたのか、背景がより鮮明になったのです。
50年間、どんな時も変わらない靴
――履いている靴の役割は?
私たち障がい者の靴を『補装具』と呼びます。
歩く、あるいは立つ機能を補助・強化するための装具で、足先や足回りの長さ、高さなどを細かく採寸する必要があります。
そして、足の裏をどう支えるか、ソールをどう加工すれば少しでも正常な足の状態に近付くことができるか、などを考え、フルオーダーで作成されるものが一般的な『補装具』です。
障がいの程度により、市販の靴に少し加工を施すものが履ける方々もいらっしゃいますが、私の場合は『補装具』のみとなります。
『補装具』の助成金は3年に1度。
エナガさんは、松葉杖で足を引きずりながら移動するため、『補装具』である靴が数か月で傷み、何度も修理しながら我慢して使っていたといいます。
助成金を待たず、自費で30万円近く払えば購入できるものの、値段から手軽に新調することはできません。
劣化が進もうと、3年間同じ靴を履き続ける以外、選択肢がなかったのです。
――学校に通っていた時は?
私が子供の頃、『補装具』は黒、白、赤の3色のみ。そこから色のバリエーションは増えました。
最近では、小さなお子さんがピンクやブルーといった、カラーバリエーションが豊かな『補装具』を装着した姿を目にすることもありますね。
私は、普通の小学校、中学校、高校に通っていました。みんなが履く、校舎内の上靴と同じ色にするため、選択肢は白色だけ。
大学生になると、黒い革で作るようになりました。
白い革で作ると、結局すぐに汚れてしまい、3年間持たせることができないからです。
エナガさんが『一番困ったこと』に挙げたのは、結婚式や成人式などの『ハレの日』に、どんなに華やかな衣装を着ても、安全靴のような見た目の、黒い革靴しか選択肢がないこと。
例えば、誰かのお祝いのために、適した装いで出席したくとも、足元まで合わせることができません。
※写真はイメージ
『補装具』の上から履いて、デザインを変えるアイテムも販売されているものの、足の具合いによって使用できるか否かが分かれます。
エナガさんの足の場合、靴の装飾は不可のため、同じデザインの『補装具』を使い続けるほかありません。
――靴の今後に望んでいることは?
せめて靴先が少し細い見栄えのものや、デザインの違うもの、または軽量化など、「『補装具』のデザインを少しでも変えてみようというデザイナーさんが現れてくれたらなぁ」と祈るような気持ちでいます。
足の障がいにとっては、機能が一番大切。何よりも優先されることは、重々承知の上ですが…。普通の女性が当たり前にしている、服によって靴を選ぶおしゃれを「同じように体験してみたい」と望むことが許されたらな、という小さな希望を持っています。
50年以上、変わり映えしない靴を履き続けているエナガさん。
時代が進むにつれて、技術が進歩しているのを感じながら、このように未来に願いを託しています。
私のような足の人にも、生きているうちに、靴を自由に選んで楽しめる日が来ますように。
おしゃれな『補装具』を待ち望んでいた人々は、願いが実現したら、心からの笑顔になることでしょう。
エナガさんの想いに共鳴する人が増え、遠くない日に夢が実現されることを、多くの人が願っています。
[文・構成/grape編集部]