今回のゲストは、タレント・女優として活躍する麻木久仁子氏。48歳で脳梗塞、50歳で乳がんを経験した後、薬膳と出会い、東洋医学の考え方を取り入れた健康的な生活を実践している。86歳の母と二人暮らしをしながら自身も60代に突入し、高齢期の生き方について思索を深める麻木氏に、健康寿命を延ばすための食生活や、加齢への向き合い方、家族との関係性など、豊かな老後を送るためのヒントを伺った。
―― 麻木さんはタレントとして活躍される一方で、薬膳の研究にも取り組まれていますね。薬膳との出会いについて教えていただけますか?
麻木 私が薬膳に出会ったきっかけは、自身の病気体験でした。48歳で脳梗塞を、そして50歳直前に乳がんを経験したんです。それまでは出産以外で入院したことがなく、自分が病気になるという実感がありませんでした。
右半身の痺れを感じて病院に行ったところ、脳梗塞と診断されまして……。幸い小さなものでしたが、半年ほど痺れが残りました。この経験から、50歳を目前にして初めて健康管理の必要性を実感し、人間ドックを受診しました。
その人間ドックで今度は乳がんが見つかりました。その乳がんも早期発見でタイミングが良かったんです。人間ドックに行くのが遅かったらもう少し大きくなっていたし、早ければ見つかってなかったかもしれない。発見できる状況の一番早いくらいベストタイミングだったので、標準治療で事なきを得ました。
どんなに体に気を使っていてもがんになると思いますが、いざ治療を受けるとなると体力がいるんですよね。病気は予防できないけど、病気と戦える体はつくれるだろうというのが薬膳の研究を始めたきっかけです。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 薬膳を取り入れることで、どのように健康への良い影響をもたらすのでしょうか?
麻木 薬膳は東洋医学の一部です。東洋医学では、食事だけでなく、睡眠や運動、ストレス管理など、生活全体のバランスを重視します。西洋医学がストレスの重要性を認識し始めたのはここ数十年のことですが、東洋医学では1000年以上前から、心の状態が体に影響を与えることを理解していました。
「七情」という考え方があり、怒りや悲しみ、憂いなどの感情が体に悪影響を及ぼすと考えられていたんです。これは現代で言うところのストレスに近い概念です。
―― 現代の健康観とも共通する部分が多いのですね。
麻木 東洋医学の考え方では、体全体、生活全体を整えることで健康を維持します。現代では西洋医学の治療法も発達していますが、日頃から体調を整えておくことが大切です。
私が薬膳に取り組んだ理由は、病気になる前の「未病」の段階で体を整えておくことが、将来的な健康維持につながると考えたからです。特に高齢化が進む現代では、この考え方がより重要になってきていると感じています。
―― 生活全体のバランスを意識することが大切なのですね。薬膳の考え方を取り入れることで、具体的にどのような変化が期待できますか?
麻木 東洋医学では人間をトータルで見ます。食事、睡眠、運動、ストレス管理など、すべての要素がバランス良く整っていることが健康的な生活につながると考えます。体の中の一つのバランスが崩れると、それが連鎖して他の部分にも影響を及ぼします。
例えば、体調不良がメンタルに影響したり、逆にメンタルの不調が体調を悪化させたりするんです。そのため、「過ぎたるは及ばざるが如し」という考え方が重要で、何事もやりすぎないことが健康的な生活につながります。
これは食事だけでなく、仕事や人間関係など、生活のあらゆる面に当てはまる考え方です。
―― 健康寿命を延ばすことにもつながりそうですね。
麻木 健康寿命を延ばすには、生活のあらゆる面でバランスを取ることが大切です。仕事で抱え込みすぎない、人間関係で細かいことを気にしすぎない、体を使いすぎない、心を疲れさせすぎないなど、すべてにおいて適度を心がけることが重要です。
東洋医学の生き方のルールは、自分の体力以上のことをしないということ。ただ、自分がやりすぎているかどうかを判断するのは難しいものです。そのため、日々自分に問いかけることが大切です。
今日は心を使いすぎていないか、体を酷使していないかなど、自己観察を心がけ、やりすぎていると感じたら休養を取る。たとえ良いことでも、やりすぎは禁物なんです。
この考え方を実践することで、より健康的な生活を送り、健康寿命を延ばすことにつながると考えています。
―― 高齢者の食事について、麻木さんはどのようなことを心がけるべきだとお考えですか?
麻木 高齢者の食事で特に意識してほしいのが、食卓に赤、青、黄色、白、黒の「5色」の食材を使用することです。
毎食で5色全てを揃えることが難しければ、1日の中で5色を取り入れる、あるいは3日の間に全ての色を取り入れるよう心がけると良いと思います。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 5色を意識することで、どのような効果が期待できるのでしょうか?
麻木 5色を意識することで、自然と多様な食材を摂取することができます。
例えば、「黒」の食材を考えると、海苔、椎茸、黒ごま、ひじきなど、さまざまな食材が思い浮かびますよね。
食卓を見て「茶色ばかりだな」と気づいたら、赤い食材や黄色い食材を探してみる。「青」を意識すれば、野菜のおひたしを添えようと考えられますよね。
このように、5色を意識するだけで自然と食事のバランスが整います。難しく考える必要はありません。日々この意識を持ち続けることで、おのずと多様な食材を摂取する習慣が身につくのです。
―― 5色を意識することで、自然と食事のバランスが良くなるということですね。季節に合わせた食材選びについても教えていただけますか?
麻木 季節の野菜を積極的に取り入れることも大切です。また、食材を選ぶ際は、地元の食材から始めるのがいいでしょう。例えば、自分が住んでいる地域の食材を最優先し、次に県内、地方、国内、そして最後に輸入品という順で考えます。
ただし、5色を揃えるために必要であれば、輸入品を使うのも良いでしょう。要は、できるだけ身近な食材から選び、それを5色のバランスを考えながら、季節に合わせて選んでいくのです。
最初は意識的に行う必要がありますが、習慣になれば自然と「あ、黒い食材がないな」と気づき、適切な食材を選べるようになります。
―― 高齢者の方の食事で、特に気をつけるべき点はありますか?
麻木 高齢になると体を温める力が衰えてきますので、できるだけ体を冷やさないよう意識していただきたいです。
極端な暑さで汗だくになった場合を除いて、基本的には冷蔵庫から出したものをそのまま飲食することはしない方が良いですね。例えば、冬でも冷蔵庫に入れっぱなしの麦茶を一年中飲んでいる人がいますが、これは体温を下げてしまうため避けるべきです。
今はコンビニでも常温の飲み物が売っているようになりましたが、冷蔵庫から取り出した飲み物を飲むということは習慣化しないようにした方がよいかと思います。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 体を冷やさないことは、どのような効果があるのでしょうか?
麻木 人の体は、消化吸収の際に働く酵素が37度前後で最も効率よく機能します。これは、人の深部体温が37度前後であることと関係しています。体はこの温度を保つために常に働いていますが、例えば5度の冷たいものを摂取すると、体温が下がってしまいますよね。
それを元に戻すために余計なエネルギーを使うことになるのです。若い人なら体力が豊富なので、冷たいものでもすぐに温めて吸収できますが、高齢者の場合は体力を奪われてしまいます。
ちなみに、私はビールも常温で飲んでいます。それだけ聞くと「えぇー!?」という声を聞くこともありますが、海外では常温がスタンダードですし、ビール本来の味も常温の方が感じられますよ。
―― 麻木さんは現在、お母さまと二人暮らしをされているそうですね。食生活について、どのような工夫をされていますか?
麻木 一緒に暮らしていますがシェアハウスみたいな感じで、基本的にはそれぞれ自分の食べたいものを作って食べています。ただ、一人分だけ作るのが難しい料理もありますよね。ひじきの煮付けなんかは小鉢1個分だけ作るのは大変なので、そういう場合はお互いにお裾分けしあっています。
母は心臓の手術をした経験もあり血圧も高めなので、塩分やカロリーには気を使っています。そのため、あまり塩を使わない薄味の料理をつくって食べていますね。
テレビで健康に良いと紹介されていたレシピも試したくなるタイプで、よく作っていますよ(笑)。
取材に答える麻木久仁子氏
―― ご自身で料理をされているのですね。
麻木 そうですね。母は長年一人暮らしをしていたこともあり、自分の食べるものを自分でコントロールすることが、彼女の自立心やプライド、自尊心を守ることにもつながっているのだと思います。
あてがわれたものを食べるのではなく、自分の体調や気分に合わせて「今日はスープにしよう」とか「暑かったからこれを食べよう」といった具合にね。
―― お二人とも自立した食生活を大切にされているのですね。家事の分担はどのようにされていますか?
麻木 特に明確なルールを決めたわけではないのですが、自然と役割分担ができています。例えば、掃除は私がして、ゴミ出しは母がしてくれています。結局、私も母も基本的に一人で暮らせる人間同士なので、どちらかに家事が一方的に偏ることはありません。
問題になりやすいのは、どちらか一方が家事が苦手で何もしない場合ですよね。そういう状況だと、結局できる人が全部やることになってしまいますから。
でも、うちの場合は一人でも暮らせる人間が二人で一緒に暮らしているので、なんとなくうまくいっています。
―― お互いの自立心を尊重しながら、協力し合っているのですね。日常生活で心がけていることはありますか?
麻木 そうですね。例えば、トイレットペーパーが残り少なくなると、新しいものを手の届くところに置いておくようにしています。どちらかが気づいたら、自然とそうしているんです。
このように、お互いの生活スタイルを尊重しながらも、協力できるところは自然に協力する。そんな関係性を築けているのは、二人とも自立した生活ができるからこそだと思います。
高齢者と同居する場合、互いの自立心を大切にしながら、必要に応じて助け合う。そんなバランスが取れた関係性を築くことが、健康的な食生活や日常生活を送る上で重要だと感じています。
取材に答える麻木久仁子氏
―― お母様は基本的に日常生活のサポートは必要ない状態なのでしょうか?
麻木 母は86歳になりますが、元気で自立した生活を送っています。心臓の手術をした際には半年間、家族で介護をしましたが、それ以外は介護やサポートを必要としていません。むしろ、驚くほど活動的な生活を送っていますよ。
フィットネスクラブに通ったり、ダンスのレッスンに行ったり、合唱の教室にも参加しています。歌を歌うことで肺活量を鍛えているんです。私のよりもずっと元気なのでは?って思うほどの勢いです(笑)。
―― お母様の活動的な生活は、いつ頃から始まったのでしょうか?
麻木 実は母が趣味の活動を本格的に始めたのは60歳を過ぎてからなんです。それまでは、私の子育てを手伝ってくれていたこともあり、忙しい日々を送っていました。
孫の世話が一段落してから、自分の時間を持てるようになり、いろいろと活動を始めるようになりましたね。
60歳から始めた趣味も、すでに四半世紀以上続けていることになりますね。人生で新しいことを始めるのに遅すぎることはないんだなって母を見ていると思います。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 最近始められた活動はありますか?
麻木 ここ1年くらいの間にフィットネスクラブに通い始めました。ダンスは長年続けていますが、足腰を鍛えなければと思って始めたようです。
私が思うに、単に体を鍛える意味もあると思いますが、年齢とともに衰えていく機能を維持したり、衰えるスピードを遅くしたりすることを意識しているのではないかな、と感じます。
86歳となると、体がいつ悪くなるかわからないですよね。私と同世代以上の方は同じように感じていると思いますが、関心があるのは健康寿命です。ただ長生きをするのではなくて少しでも動く体で健やかでいたい。走れなくなったとしても、日常生活は自分でやりたいのです。
そして、健康寿命に関する意識は、裏を返すと健康寿命を失うことへの恐怖であり、恐れでもあると思います。なので、うちの母も新たにフィットネスクラブに通うようになったりするのではないかなって思っています。
怖いから始めたとしても、それを楽しく続けられていればいいことですよね。
―― お母様の活動的な生活は、健康寿命を延ばすことにつながっているのでしょうか?
麻木 さきほど”季節のものを食べること”をおすすめしましたが、人生にも四季があります。よく「青春」といいますが、若さの象徴ですよね。
今は青春以外はあまり使われなくなっていますが、その後の人生は朱夏、白秋、玄冬と表現されます。60歳を過ぎたら玄冬へと向かい、人生の季節は二度と巡りません。
その時に冬へ向かう心の中をできるだけ青々と保つことが大切で、たとえ寝たきりになったとしても最後の最後まで命がある限りにおいては自分らしく生きていたいですよね。
だからこそ、みんなの介護でもより良い施設を探す方がいるのだと思います。
取材に答える麻木久仁子氏
―― きょうだいやお母さまとの間で、「介護が必要になったら」という話はしていますか?
麻木 具体的な話はできていないですね。でも、帰ったら考えてみようかなと思います。まず心配なのは母のことではありますが、同時に自分のことも気になり始めています。
娘が今度結婚して完全に独立するので、最近は自分自身の健康寿命のことを考えるようになりました。じゅうたんのヘリでつまずいたり、ちょっとしたものをスムーズに越えられなかったりと、体の衰えを感じることが増えてきたんです。
自分に介護が必要になったら子どもにどんな影響があるのかというのは、元気なうちから考えておくべきですよね。いざってなったときに、「こういう施設に入居したい」とかは娘に伝えておいた方が良いと思いますし。
―― 娘さんとはそういう話はまだされていないですか?
麻木 まだ娘とはこういった話をしていません。娘はまだ30代で仕事に忙しい時期なので、私の介護の話をするのは負担になるのではないかと思ってしまうんです。でもせめて、紙に書いて残しておくべきかなとは考えています。
あとは最近断捨離をするようにしていますね。介護施設に入ることになったら、持っていけるものは限られると思いますので、そう考えると家の中に物が多いなと感じたんです。
それと、もしものことがあった場合、「娘は残された物をどうするんだろう」と思って、残すものと残さないものを分かるようにした方が良いなって。
認知症になったことを考えても、大事なものがどこにあるのかということは残しておかなくといけないなって思ったので、重要な書類は一つのファイルにまとめました。
取材に答える麻木久仁子氏
―― これまでのものを断捨離や整理していくのは、結構大変な作業になりそうですね。
麻木 そうですね。1年前に引っ越しをして、その際に半分くらいに減らしたのですが、1年経ったら、まだまだ多いなって感じます。
まだまだ整理をしなくてはならないことが多くて、明日はまだ死ねないって思いますよ(笑)。今急に足を骨折して、介護施設に行く必要が出てきたら、すごい娘に迷惑をかけるから。
この歳になると、多くの人がそう思ってると思います。友達とそういう話をすると、みんな「だよね」ってなるので。
―― ほかにも日々の生活での変化はありますか?
麻木 お料理の 写真をよく撮るので食器が結構な数あるのですが、 この間一番上の棚に入れていた大皿を取ろうとしたら、重くて腕が震えちゃって。それで、大皿は下の棚に入れ替えたりしましたね。
そしたら、今度は下の棚に入ってた物はどこに置く?ってなって……。いつまでも自分の力で生きていく暮らし方は、徐々に日々ブラッシュアップしていく必要があるんだなって思いました。
毎日何かを片付けて、動かしていかないと、80歳になってから急に慌てても、もうできないかもしれない。そういう意味では日々終活ですよね。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 体が思うように動くうちに少しずつ、ですね。
麻木 そう思います。あとは買い物の仕方も変わりましたね。
昔は仕事や子育てで忙しかったので 週に一回大量に買っていましたが、ある日両手で買い物袋を持っていたら、坂道の途中で立ち止まってしまって動けなくなってしまったことがあったんです。
だからそのあとは、毎日少しずつ買うようにしました。若い時は一度に買った方が効率が良いし、安いという考えでしたが、今はそれより体をコツコツ動かすことや、重い荷物で途中でへたらないことの方が大事。
そういう意味では生活自体を変えていく必要もあると思います。いつの日か、手ぶらでも坂を上がれない日が来るのかも、と思うと怖さがありますよね。
―― そのような不安を抱えている方も少なくないと思いますが、麻木さんはどのように前向きな気持ちを保つようにしていますか?
麻木 それは非常に難しい質問で、「こうしたらパーッと気が晴れます」という特効薬はないと思うんですよね。特に老いによる恐怖っていうのは、万人にあって逃れられないもの。
絶対最終ゴールは死だから逃れられないものです。
急に亡くなる人もいれば、想定より長生きする人もいて、これも選べない。なので、老いへの不安から解消されるためには、その日一日をできるだけ楽しく終えることではないかなって思います。
若い時は自分の時間が限られているとは思わなかったので、「今日できなかったら明日やろう」とか、「5年後までにこれをやろう」とか考えていました。でも今は5年後があるかわからない。明日があるかもわからないから、その日一日できるだけ楽しく終わること。
だけど、世の中どうにも自分の気持ちでは解決できないこともあるから、「どうでもいいや」って投げやる力も持っていると良いですよね。若い時は頑張らなきゃいけない、キャリアを積まなきゃいけない、責任を負わなきゃいけないと思ってるから、今日できなかったことは明日に繰り越したりしていました。
でも、歳を重ねると「今日できなかったことは一生できなくていいや」って、ときには投げやりになることも必要です。この歳まで生きると、自分が頑張ったってどうしようもないこともある。よく人のせいにするなとか言うけど、どう考えたって自分のせいではないこともありますよね。
自分でできることはやって、できなかったらしょうがない、違うことをしようって思う。いい意味での鈍感力です。
取材に答える麻木久仁子氏
―― 投げやる力、大事ですね。
麻木 あと、ご飯は気の合う人とだけ行くようにしました。若い人はそうはいかないと思います。上司と相性が良くないからといって、口聞かないってわけいかないですよね。
だけどもう60歳を過ぎたらその通りではないと思うんです。乗り気ではない飲み会はいかなくてよし。みんなで悪口言う飲み会とか、そういうのはもう嫌でしょ(笑)。
余計なものは背負わずに、嫌なことは荷物を下ろすこと。その代わり楽しいことを積んで変えていきましょう。もう私たちは無理に世の中に出ていく必要はないから、大事なのは自分の陣地を広げようとしないで、今ある陣地を充実させることかな。
―― 本日お話をお伺いして、東洋医学や健康寿命に対する考え方の重要性を改めて感じました。麻木さんの実践している健康へのアプローチ法や、日々の生活の中でバランスを大切にされている姿勢は読者のみなさんにも参考にしていただけるかと思います。どうもありがとうございました。
取材:谷口友妃