明治神宮外苑“再開発”の取消訴訟 「100年の森を守るべき」だけでは済まない「法的問題点」とは?

明治神宮外苑の再開発事業計画をめぐり、周辺住民らが、東京都による事業の認可処分が違法であるとして取消しを求めている裁判が、東京地裁に係属している。
12月12日に行われた第6回口頭弁論の後、原告団と弁護団は記者会見を開き、訴訟の概要と現状についての説明を行った。
本件については、特に、大規模な樹木の伐採を伴うことについて、音楽家の故・坂本龍一氏ら著名人が反対の意見を強く表明していたことが話題になった。また、自民党から共産党まで、再開発事業に反対する超党派の議員が参加した議員連盟も結成されている。
しかし、法的観点からは、決して「伝統ある樹木の大規模な伐採を伴うこと」が直ちに「違法」となるわけではない。本件訴訟で争点となっている法的問題とはどのようなものか。
「行政の裁量の逸脱・濫用」の有無があったか?本件は「処分の取消訴訟」(行政事件訴訟法3条2項)である。訴状によると、原告が主張する違法事由は、東京都知事による再開発事業計画認可処分に、裁量の逸脱・濫用があるというもの。
この「裁量の逸脱・濫用」について、原告側は、都市計画に関するリーディングケースとされる最高裁平成18年(2006年)11月2日判決(小田急高架事業認可取消訴訟)が示した以下の基準に則って主張を組み立てている。
ⅰ)処分の前提となった事実の認識、または評価に重大な誤りがないか
ⅱ)考慮すべき事項を考慮しているか
ⅲ)考慮すべきでない事項を考慮していないか
これは、行政の専門技術的な裁量が一定程度認められることを前提として、それでもなお「裁量がおかしい」といわざるを得ないケースを定式化したものであり、「判断過程審査」とよばれる。原告側はこれまで、この判断枠組みを前提として主張・立証を行ってきた。
原告弁護団の農端康輔(のばた こうすけ)弁護士は、第6回口頭弁論での弁護団の陳述の概要について「都市計画法の違反、あるいは今回の再開発が都市計画法の要件を満たしてないという問題点、環境影響評価に関する審議の矛盾、地区計画との不整合があるといった問題点を指摘した」と述べる。
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農端康輔弁護士(12月12日 東京都内/弁護士JP編集部)

訴訟提起後に事業計画が大幅に変更…弁護士「それ自体が問題だ」今回の会見では、特に、本件訴訟の提起後に事業者側が住民等からの批判を受けて再開発の変更を行い、東京都がそれを了承するに至った経緯がクローズアップされた。
原告弁護団の山下幸夫弁護士は、この一連の経緯が、都が事業者に認可処分を下す前提となった「環境影響評価」の審議が不十分だったことを示すものだと指摘した。

山下幸夫弁護士(12月12日 東京都内/弁護士JP編集部)

山下弁護士:「東京都は、2023年9月に事業者に対し、伐採の前に樹木の具体的な保全策を示すよう求めた。これを受けて事業者は今年9月に事後調査報告書と変更届を提出した。
これに対し、東京都の環境影響評価審議会による1回の審議で変更案を了承し、計画が再び実行されることになった。そして、10月に新宿区長の認可を受け、樹木の伐採が始まった。
変更案に対して日本イコモス(※)が問題点を指摘していたなどの事情があったにもかかわらず、再度の環境影響評価の審議が1回しか行われなかった。このことには大いに問題がある。
加えて、それ以前の問題として、事業者が変更届の提出をせざるを得なくなったことと、その結果、事業計画が当初と比べて大きく変更されたこと自体が、もともとの環境影響評価の審議が不十分だったことを示している」
※ユネスコの諮問機関である「国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites)」の日本の国内委員会
原告の「処分の違法性を争う資格」も争点に本件訴訟の重要な争点は、「行政の裁量の逸脱・濫用による違法」の他に、もう1つある。それは「原告適格」、すなわち、原告らがそもそも、本件の再開発事業の認可処分の違法性の有無を訴訟で争うことができる資格があるのかということである。
原告らは処分の直接の名宛人ではない(名宛人は再開発事業を行う業者)。にもかかわらず、処分を「違法」だとして効力を争う資格が認められるかが問題となる。
もし、原告適格が認められなければ、処分の違法性を争うこと自体が認められず「門前払い」となる。
行政事件訴訟法9条1項は、原告適格について「当該処分(中略)の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」と定めている。
この「法律上の利益」は、一般的・抽象的な「公益」と区別された、原告の「個別的な利益」をさす。そして、その判断基準については、同条2項が、杓子定規に切り捨ててはならず、具体的・実質的に行わなければならないと定めている。
同条項は、まず、処分の根拠となる法令の文言のみにとらわれず、「その法令の趣旨・目的」「処分において考慮されるべき利益の内容・性質」を考慮するものとしている。
また、その判断にあたっては、「関係する他の法令の趣旨・目的」「処分によって害される利益の内容・性質」「侵害の態様・程度」をも考慮に入れなければならないと定めている。
この「9条2項」は、2004年に行われた行政事件訴訟法の大規模な改正(2005年施行)の際に書き加えられたものであり、当時の法務省の解説資料でも、原告適格を広く認める方向性が示されている。
また、最高裁も、前述の「小田急高架化訴訟」の判決(最高裁平成17年(2005年)12月7日判決)において、この判断枠組みに沿って、都市計画事業が実施された場合に騒音・振動等により具体的な健康等の被害を直接受けるおそれがあるエリアの住民について、原告適格を認めたという先例がある。
山下弁護士は、行政事件訴訟法9条と小田急高架化訴訟判決で示された判断枠組みを前提として、本件の原告ら周辺住民の原告適格について、次の通り、居住するエリアごとに説明を行った。
山下弁護士:「小田急判決の趣旨にてらせば、具体的な健康被害を受けることが想定される場合には、原告適格が認められることになっている。
特に、『青山1丁目アパート』に居住する住民は、新しい球場が移転する予定地から近く、試合やイベントの際に相当な騒音が発生し、健康被害も予想される。また、高層ビルが3棟建設されることにより風害が発生するという問題もある。したがって、原告適格が認められるべきだと主張している。
ただ、私たちとしては、それだけでなく、少し離れたエリアの住民についても『良好な景観を享受する利益』を根拠として、原告適格を認めるべきだと主張している。この『景観利益』は、『東京都景観条例』『景観法』で保護されていると解され、最高裁も一般論として『法律上保護に値する』と認めたものだ(※)」
※国立マンション事件最高裁判決(最高裁平成16年(2004年)10月27日判決)
このように原告適格は訴訟の「入口」の問題である。しかし、現実の訴訟手続きでは原告適格と処分の違法性(訴訟の内容の問題)は同時進行で審理される。山下弁護士はいう。
山下弁護士:「訴訟が始まって1年半ほど経つので、そろそろ裁判所は原告適格の問題について判断を下そうとすることが考えられる。それに合わせて、行政法学者の意見書等で主張を補充していく予定だ」
裁判官が「20年前の法改正」の趣旨を理解していない?本件訴訟については、原告が認可処分の「執行停止」の申立てを行った。処分の執行停止の制度は、訴訟が続いている間に、処分が続行して工事等が行われ、住民らの権利侵害が進んでしまうのをストップさせるものである(行政事件訴訟法25条2項)。「処分の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」ことを要件として認められる。
東京地裁・東京高裁は、上記要件を充たさないとしてこの申立てを却下。3月には最高裁への特別抗告(憲法違反を理由として認められる抗告)も「単なる法令違反を主張するものであって、特別抗告の事由に該当しない」として棄却されている。
なお、2004年の行政事件訴訟法の大改正の際の議論に行政法学者(東京大学教授)として関与した経歴のある宇賀克也判事がただ1人、「職権により原決定を破棄し本件を原審(東京高裁)に差し戻すのが相当」との反対意見を述べている。
特別抗告の性質上、反対意見の詳細な理由は記載されていない。しかし、現行法の制定の過程での議論に影響を与えたと目される宇賀判事が反対意見を述べたという事実は、どのようにとらえるべきなのか。
農端弁護士は、近年の裁判所の判決において、2004年の法改正の趣旨が必ずしも十分に反映されていない現実があると説明する。
農端弁護士:「2004年の行政事件訴訟法の大改正は、行政訴訟の制度を含む司法制度を、国民が利用しやすくするという『司法制度改革』の理念の下で行われたものだ。
その中で、原告適格の有無を柔軟に判断する9条2項が設けられたり、判決が出るまで処分の続行を止める『執行停止』(行政事件訴訟法25条2項)の要件の緩和がなされたりした。
ところが、法改正から20年経つのに、日本の多くの裁判所の判断をみると、残念ながら、原告適格の判断に関しても、執行停止の要件である原告の『重大な損害』の有無の判断についても、法改正の趣旨に沿った判断がなされていないと考えている」
原告事務局の長谷川茂雄氏も次のように指摘した。

原告事務局 長谷川茂雄氏(12月12日 東京都内/弁護士JP編集部)

長谷川氏:「素人的に見て、行政事件訴訟法の改正前のままの判断を行っているトップランナーが東京地裁と東京高裁だと理解せざるを得ない。
首都東京でそのような判断がされることで、地方もそれにならってしまっているのではないか」
なお、この問題については、弁護士JP編集部が行った他の行政事件訴訟に関する取材等の際にも、複数の弁護士が指摘していた。また、行政法学者からも、個別の事案での裁判所の判断について批判がなされることは、往々にしてみられる。
「他人事」では済まされない問題原告団長のロッシェル・カップ氏は、認可処分の執行停止の申立てが認められなかった結果として伐採が始まったことについて「残念だ」との感想を示すとともに、今後の訴訟追行についての決意を述べた。

原告団長 ロッシェル・カップ氏(12月12日 東京都内/弁護士JP編集部)

カップ氏:「ちょうど今週、神宮外苑の建国記念文庫の森に面したところにあった大きなヒマラヤスギの木が伐採されてしまった。これは周辺で一番高い樹木だった。
訴訟がまだ係属中でありながら、そのような樹木の伐採を着々と進めてしまう都や事業者の姿勢を、非常に残念に思う。
とはいえ、今回伐採される予定の70本は計画のなかでは全体の10%だ。残りの90%を救うことに努力したい」
一般論として、行政が時に誤りを犯し、市民の重要な権利・利益が侵害されるリスクはたえず存在している。そのとき、住民として違法な行政活動の効力等を争う手段としての訴訟制度が適正に機能するかどうかは、すべての国民にとって他人事ではない。
次回口頭弁論(第7回)は2025年2月19日に予定されている。今後、裁判所が原告適格、および処分の違法性の有無についてどのような審理を行い、判決を下すことになるのか、それが2004年行政事件訴訟法改正の趣旨に沿ったものとなっているのか。開発計画自体への賛否とは別の問題として、チェックしていく必要があるだろう。