視覚や聴覚に障害がある人たちも楽しむことができる映画「バリアフリー映画」が増えてきています。ITの発達で、音声や字幕のガイドが充実したこともバリアフリー化を後押ししています。こうした変化で障害者の生活だけでなく、街の姿にも変化が生まれていました。
名古屋市千種区・今池にある映画館、「名古屋シネマテーク」。
1月14日、ここを訪れたのは「白杖」を持った、視覚に障害がある人たちです。
席に座ると、スマートフォンとイヤホンを取り出し、アプリを起動しました。
上映された映画は、東海テレビ制作のドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」。愛知県豊橋市に本店がある「久遠チョコレート」の代表・夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)さんの19年に密着した映画です。障害がある人、シングルマザー、介護中の女性などが得意なことを生かして働き、「誰も置き去りにしない社会」を目指します。
来場者は、見えないはずの映画に、泣いたり、笑ったり。視覚に障害がある女性:「良かったです。うんうんと、うなずきながら見ていました」
視覚に障害がある男性:「『UDCast(ユーディーキャスト)』のアプリを事前にiPhoneに入れて、あとはガイダンスがタイミングに合わせて流れるという仕組み」お客さんがスマホのイヤホンで聞いていたのは、目や耳が不自由な人も映画を楽しめるアプリ「UDCast(ユーディーキャスト)」からの音声です。
見たい映画の情報をダウンロードしておくと、映画の進行に合わせて、内容を音声ガイドや字幕でガイドしてくれます。
「久遠チョコレート」の代表、夏目さんと元同僚の美香さんが再開するシーンでは…。<映画の音声>夏目さん:「美香ちゃん、色々ごめんね」<音声ガイド>「美香さんがハンカチで涙をぬぐう。夏目さんの目にも涙。夏目さんが両手をつきだす。美香さんとグータッチ 肩をぼんとたたく」
上映後に映画の感想を聞きました。視覚に障害がある男性:「夏目さんのすごく熱い気持ちが、かっこいいですね」視覚に障害がある女性:「美香ちゃんがこっち、こっちに夏目さんがいて、みたいな情景に、嘘か本当か知らないけどなっていた。これって自分が見たの?と。見えなくなってもう20年経っているのに(笑)」見えない人も、聞こえない人も、一緒に映画を楽しむ。そんな「バリアフリー映画」が、年々増えています。
東京都中野区にある、映画の字幕や音声ガイドの制作会社「パラブラ」。
2022年11月から、「チョコレートな人々」を「バリアフリー映画」にするための作業を進めてきました。
全国で「見えない・見えにくい人」は164万人、「聞こえない・聞こえにくい人」は1430万人とも言われています。
パラブラの松田高加子さん:「(バリアフリーの映画は年間配給)1200本のうち100本くらいですね。映画を諦めている人がいること自体おかしいなって。『誰でも楽しめなきゃいけない』と思うのに」「音声ガイド」は、視覚的な情報を補うナレーション。
視覚に障害のある人たちもモニターとなり、より伝わる表現を探します。今回、モニターとして参加したのは、生まれつき全盲の西田梓(にしだ・あずさ)さん。余計な情報はなるべく入れず、音から感じたいと話します。
西田梓さん:「目で見えたものをそのまま言葉にしてもらえれば、それが一番いい音声ガイドだなと思います。言葉で補っていくという感じですかね」例えば、夏目さんがスタッフとチョコバナナを作るシーンでは…。
<映画の音声>ナレーション:「大阪のオープンメニューを考えています」<音声ガイド>「カップホルダーに2つのカップ。チョコレートと串刺しのバナナ」<映画の音声>夏目さん:「どう、チョコバナナ」店のスタッフ:「あー、やったー」夏目さん:「クルクルクルって」<音声ガイド>「バナナにチョコレートを絡める」
試作段階でこのシーンの音声ガイドを聞いた西田さんは…。西田さん:「チョコバナナって、できあがったものを想像しちゃっていたので、どういう状態になっているんだと…」
音声ガイドの制作担当者:「串刺しのバナナと、とろとろのチョコレートが別々のカップになっていて、自分でくるくる回して、絡めてそれを食べる」西田さん:「わかりました、今やっとわかりました」1つ1つ言葉を選んでいきます。
IT機器の発達もバリアフリー映画が増加した大きな要因です。全盲の夫と盲導犬、小学生の娘と暮らしている西田さん。
一昔前には考えられなかったことが、今では日常生活の中にもたくさんあるといいます。認識した文字を読み上げるアプリを使って、渡したものが何かわかるのか、実際にやってもらいました。
まず手で触って確認した西田さん。
そしてアプリを立ち上げ、スマホを箱にかざす。<文字認識アプリの音声>「写真撮影、ボタン…。100%ジャパニーズアップルペースト」
西田さん:「100%ジャパニーズアップルペーストって言いました…。これはバーモントカレーですね」見事当てて見せた。西田さん:「よかった(笑)。文字の認識アプリは、生活がガラッと変わりました。この登場によって、子供の学校のプリントも読めるようになりました」手先の感覚と「音」で使えるIT家電を駆使して、家族の料理も作ります。
西田さん:「(食器棚の上のスマートスピーカーに)OKグーグル、タイマー20分にセット」
<スマートスピーカー>「はい20分ですね スタート」 この日の料理はカレーライスだ。(追加)西田さん:「できました。いただきます」西田さんの娘:「うん、おいしい!」
パソコンのタイピングもまるで見えているかのようなスピードです。読み上げソフトを使うことで、変換も難なくすすめていきます。
西田さん:「同音異義語とかも、『いし』って打つと色々ありますよね。医学の『医』、教師の『師』という風に、漢字の説明もしてくれるので、これを聞きながらタイピングをしています」視覚に障害ある人たちに、パソコンを教える講師の職も得ました。
西田さん:「(教室の生徒たちに)今日はフォルダを作る練習をします」
パソコン教室の生徒:「こんな感じでいいですか?」西田さん:「うん、いいよ」西田さん:「パソコン覚えてインターネットが使えれば、自分のタイミングで好きな情報が得られるんだって思って、すごくうれしかった。映画に音声ガイドがついてから、見える人と同じタイミングで映画が楽しめるんですね。例えば、目が悪くなった親と見に行くこともできるので、広がってほしいなと思います」
東京都北区の商店街の一角にある映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」。日本初の、全ての人が一緒に楽しめる「バリアフリー映画館」です。
字幕付きの上映が基本で、座席横に端末が設けられ、音声ガイドも聞けます。
トイレは車いす用も。
子育て中でも小さな子供と安心して見ることができる、完全防音の小部屋もあります。
聴覚に障害がある男性(筆談):「字幕、音声ガイドが必ずついていて、誰もが映画を楽しめるところです」
視覚に障害がある男性:「昔は見えていて途中で見えなくなったので、『もう映画は二度と見られない』と思っていたんだけど、最近、普通に映画が楽しめるようになったんで、これは本当にうれしいです」
この映画館がオープンしてから7年、その間に商店街にも変化が出てきていました。
商店街の会長:「(白いステッキの人が)映画見て帰っていく途中だったんです。(信号機が)赤で渡りだすからさ、声掛けて。そんなこんなで、街が優しくなった。音響用ボタン、目の悪い人はこれで渡っていいかどうか判断して…」
警察に要望して、信号機も「バリアフリー」に。障害者が安心して来られるようになると、商店街も活気を取り戻し始めました。
居酒屋の店主:
「幕間に来てくれる人も多いですよ、この居酒屋に、映画の間に」
シネマ・チュプキ・タバタの平塚千穂子代表:
「いろんなお客様がいらっしゃることで、声を掛けていただいたりとか、街にそういう人たちがいらっしゃるから発想や気づきも生まれるし。いろんな方が交流できる、“文化的な場所”ができていくといいなと思います」
すべての人が楽しめるように。技術の進化で身近になったバリアフリー映画が、優しさの輪も広げています。
2023年1月20日放送