1月17日、薬機法で規制されていない医療用医薬品を薬局で販売する「零売(れいばい)」が、法的根拠なく通達だけで規制されていることは違憲・違法であるとして、国に薬局の地位確認や損害賠償を請求する訴訟が提起された(東京地裁)。
「零売」とは医薬品は、基本的には医師の診察を受けたうえで処方される「医療用医薬品」および薬局の設備や器具を使って製造される「薬局製造販売医薬品」を合わせた「薬局医薬品」と、消費者が薬局やドラッグストアなどで自分で選んで買うことができる「一般用医薬品」および「要指導医薬品」を合わせた「OTC医薬品」に二分される。
そのうち、医療用医薬品は「処方せん医薬品」と「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」に分けられる。
処方せん医薬品については、薬機法(医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)49条1項により、薬局などの販売業者は医師などから処方せんの交付を受けた者以外に対しては正当な理由なく販売・授与してはならない、とされている。
一方で、処方せん医薬品以外の医療用医薬品に関しては、現時点では販売を規制する法律は存在しない。そして、医師による処方せん無しに、処方せん医薬品以外の医療用医薬品を販売することは「零売」、零売を行う薬局は「零売薬局」と呼ばれる。
今回の訴訟の原告は、東京都豊島区の「長澤薬品」と港区の「Grand Health株式会社」、および福岡県福岡市の「まゆみ薬局株式会社」。いずれも、零売薬局の運営に携わっている。
法律ではなく「通達」による規制は違憲・無効と主張2014年、厚労省は「薬局医薬品の取扱いについて」との通達を出した。
この通達は、処方せん医薬品以外の医療用医薬品についても「処方せんに基づく薬剤の交付が原則」とし、また購入しにきた患者に必要であれば医師の受診を勧奨することを努力義務とした。さらに、処方せん医薬品以外の医療用医薬品について一般人に広告することも禁止としている。
2022年には「処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売方法等の再周知について」との通達が出され、先の通達よりもさらに具体的に販売を規制したほか、受診勧奨を努力義務から義務に変更し、広告についても表現内容にふみ込んだ具体的な規制を行った。
しかし、憲法上、国が国民の自由を制限するには、原則として、国民の代表として選ばれた議員らが集まる国会が定める法律によらなければならない(憲法41条参照)。
原告は、法律やその委任を受けた政令・省令等ではなく、行政内部の解釈基準にすぎない「通達」によって薬局および市民の自由や利益が侵害されており、また通達による諸規制は薬機法の趣旨を超えた制限であり、通達は無効と主張している。
具体的には、処方せん医薬品以外の医療用医薬品販売の規制や受診勧奨の義務化などは、零売薬局の経営を制限し「職業選択の自由」(憲法22条1項)に反し、広告の制限は「表現の自由」(憲法21条1項)に反する、というもの。
また、訴状では、零売薬局の規制によって処方せん医薬品以外の医療用医薬品が購入しづらくなることは、国民・市民の幸福追求権(憲法13条)や生存権(憲法25条1項)にも反すると指摘されている。
「卸値の差」と「広告の制限」を損害として請求本訴訟の請求の趣旨は、原告には処方せん医薬品以外の医療用医薬品を医師の処方せんなく販売できること、処方せん医薬品以外の医療用医薬品の広告を行えることや、広告の際に2022年の通達で規制された表現内容も使用できることについての地位確認。
また、原告各社に関して数十万円の支払いを求め、国家賠償も請求されている。
国内の医薬品卸取引の売上は、大手4社が90%を占めている。しかし、厚労省の通達を理由に、大手4社は零売薬局との取引を断っている。そのため、零売薬局は二次卸から医薬品を仕入れる場合が多いが、仕入れ値は一次卸と取引できていた場合と比較して高額になる。
訴状では、仕入れ値は10%の増額と計算したうえで、実際の売上原価と一次卸を利用できていた場合に仮定される売上原価との差額を、損害として請求。
また、広告規制が原因で生じた損害として、年間の売上総利益の10%も請求している。
24日の国会では法律規制が検討予定提訴後の記者会見で、「長澤薬品」代表の長澤育弘氏と「まゆみ薬局」代表の山下吉彦氏は、通達が零売薬局の経営にもたらした影響を語った。
長澤薬局は、現在は零売薬局の経営を停止している。「営業していた当時には、週に2度、保健所の職員が来店し、客の目の前で棚卸しを始められるなどの嫌がらせを受けていた」(長澤氏)
また、多くの調剤薬局は医院やクリニックの付近で営業しており、実質的に医師と「タッグを組んだ」状態で経営されている。しかし、大半の医師は零売薬局への協力を拒むという。
とくに2022年の通達以後、零売薬局は大幅に減少。長澤氏によると全国で数十軒が倒産したとのことだ。
「厚労省の通達を根拠とした、違法な行政指導のために、薬局がつぶされていった」(長澤氏)
1月24日から始まる通常国会では、医薬品医療機器制度部会が取りまとめた薬機法の改正案が厚労省によって提出される予定。そして、この改正案には、零売薬局を規制する内容も含まれているという。
「もし(通達ではなく)法律によって規制されたら、失業することになってしまう」(山下氏)
零売薬局は市民の健康や社会保障費の抑制にも貢献山下氏は、急に体調不良になった人が病院に並ばず医療用医薬品を購入できる零売薬局は市民の利益になっている、と話す。
「診察料金や処方料金がかからないのでお金を節約でき、病院に並ばずに済むので時間の節約にもなる。
薬機法が改正されて零売薬局が営業できなくなると、地域の人々にも影響が生じる。私たちは、地域のみなさまの健康を守るために、これからも努力を続けていきたい」(山下氏)
訴状では、零売薬局は「仕事と子育てとに日々追われ、時間がなく病院に行きにくいひとり親家庭の父母」や「さまざまな理由から健康保険証を現に持っていない生活困窮者や外国人」も医薬品が購入しやすくなるという点で、公益にも資すると指摘されている。
また、医師による処方のために、時期によってはインフルエンザなど感染症の患者が多数詰めかける病院の待合室に長時間滞在することは、受診者本人や乳幼児・高齢者などの付添人にとって感染リスクとなる。
そして長澤氏が強調したのは、零売薬局は政府が推奨する「セルフメディケーション(自主服薬)」に貢献し、さらに病院を介さないために社会保障費が一切発生しないという点だ。
「(薬機法の改正は)患者さんのセルフメディケーションの機会を減少させ、軽度の症状でも医療機関を受診せざるを得なくなる可能性を高める。
その結果、医療費のさらなる増加を招き、社会保障費の負担が一層重くなる」(長澤氏)
処方せんが無くても“医薬品”を購入できる「零売薬局」への規制…の画像はこちら >>
会見に参加した西浦弁護士(1月17日都内/弁護士JP編集部)
市民が知る機会もないまま法規制が実現するおそれ弁護団長の西浦善彦弁護士は、広告規制などが原因で、市民が「処方せん医薬品以外の医療用医薬品なら病院に並ばなくても買える」という現行法上の事実や、零売薬局の存在を知ることもできないまま、法改正がなされようとしている問題を訴えた。
「みなさまの手元にある医薬品の多くは、処方せんがなくても買うことができる。しかし、法改正がされたら、それを買うこともできなくなる。
この事実を(市民に)知ってもらうことも、訴訟の意義だ」(西浦弁護士)
なお、改正が予定されている法律について、本件のように改正に先行して訴訟が提起されるのは、異例とのことだ。