今月13日、14日に大学入試共通テストが実施され、受験シーズンが本番を迎えるが、毎年この時期になると、受験生を狙った痴漢をあおるような書き込みがSNSやネットの掲示板などで散見される。
「試験に遅刻できない」受験生の心理につけ込んだ卑劣な行いは「共通テスト痴漢祭り」とも呼ばれ、Xでトレンド入りするのが恒例となり、Wikipediaのページも作成されるなど、広く知られるようになった。大学入試センターや文部科学省は、万が一被害に遭って遅刻した場合でも「追試験の対象になる」と積極的に情報発信しているものの、書き込みが後を絶たない状況だ。
過去に「追試験」が認められた事例は?大学入試センターは毎年、公式サイトで「追試験の受験許可事由別の内訳数」を公表しているが、これまで実際に共通テスト(あるいはセンター試験)の会場に向かう途中で痴漢被害に遭い、追試験の受験が認められた受験生がいるのかについて具体的な事例は明らかになっていない。
しかし、上記の内訳数を参照すると、たとえば昨年度は1629人に追試験の受験が許可されており、インフルエンザや新型コロナウイルスをのぞく「かぜ」でも一定数の受験許可者がいることがわかる。
共通テスト「痴漢祭り」書き込みを“取り締まり”できない理由 …の画像はこちら >>
大学入試センター プレス発表資料より
また2022年には、共通テストの会場だった東京大学前の路上で受験生ら3人が刃物で刺傷される事件が発生したが、このとき負傷した受験生とは別に、「精神的動揺を受けた」とする受験生にも追試験の受験が認められている。
「痴漢祭り」の書き込み、取り締まりできない?痴漢被害に遭い遅刻しても追試験を受けられる可能性が高いとはいえ、長い時間をかけて準備してきた受験生たちの不安をいたずらにあおるような行動は許しがたい。
痴漢はれっきとした犯罪であり、不同意わいせつ罪(6か月以上10年以下の拘禁刑 ※今年5月31日までは懲役刑)、または各都道府県が定める迷惑防止条例違反に問われる可能性があるが、 “書き込み”自体を犯罪として取り締まることはできないのだろうか。刑事事件の対応も多い杉山大介弁護士は、次のように説明する。
「たとえば『何時何分に○○駅を発車する○○行きの電車で~』のように具体的な犯行予告となっている場合、それを見た警察が犯罪防止に動かなければいけなくなり、業務が混乱したとして業務妨害の犯罪になる余地はあります」
昨年は、警察による警告を無視して受験生への痴漢をあおるような投稿を繰り返した人物が、軽犯罪法違反(業務妨害)の疑いで書類送検される事例も発生している。
「前提として、軽犯罪法違反の成立にも『誰かの業務を妨害した』という事実が必要です。単に警告を受けるだけでは犯罪になりませんが、それを無視して投稿を続けたことで『他人の業務を妨害する』危険性がより具体的となり、犯罪が成立すると評価されたのではないかと思います」
ただし、上記のようなケースでは取り締まりの余地はあるものの、“単に書き込んだだけ”では「基本的に犯罪にはならない」(杉山弁護士)という。
「現時点では、書き込みをやめさせるための法的な対応策はなく、受験生本人や公共交通機関、警察が警戒を強化するしかない状況です。
法律では、それぞれの犯罪に見合った罰則が定められています。そのため刑事事件の手続きにおいて、特定の犯罪に対して過度に重い処罰を科すことはできません。
SNSの運営会社などプラットホーム企業の管理責任を厳格に問うたり、経済的な制裁の幅を広げたりするなど規制強化を進めなければ、ネット問題は改善されないでしょう」
最近では、年齢などを条件にSNSの利用を制限する動きも出てきており、杉山弁護士も「ネットの自由は放任したままコントロールできるものではなくなっていますし、善意側の対抗策にも限度があります」と指摘。
一方で、こうした動きには“権力に悪用される”というリスクもあり、いずれにせよ慎重に進める必要性があるという。
痴漢「助ける側」が気をつけるべきこと警察庁によれば痴漢の検挙件数はコロナ禍でいったん減少したものの、再び増加傾向にあるという。また、発生場所の約半数は「電車等」であることから、警察も公共交通機関も課題意識を持ち、痴漢を目撃した場合に被害者を助けるための行動をするよう啓発に取り組んでいる。
さらに、受験シーズンの悪質な書き込みが知られるようになり、民間・個人レベルのパトロールを呼びかける動きも広まっているようだ。
近年は、正義感が過激化した「私人逮捕系YouTuber」も問題となったが、目の前に痴漢の被害者がいた場合、どのような対処が適切なのだろうか。
「あくまで予防や、被害者への寄り添いが役割であることを忘れないようにすることです。
潜在的被害者の周りに立って服装で示威し、加害者が痴漢行為をするリスクを上げるのは効果的ではないでしょうか。また犯罪行為を目撃したときや、防犯アプリなどのツールでSOSを確認したときに女性に声をかけ、被害を受けていないか確認するのもいいでしょう。
『私人逮捕』のような行為を、自分の直感だけですることはおすすめしません。自分が警察か何かと勘違いしたり、取り締まる力を持っているだなんて錯覚すれば、自分が犯罪の加害者になることになります。まして、ショーやエンタメ化して利益化するなんて論外ですね」
共通テストの本番が近づくにつれ、警察や鉄道事業者が受験生を狙った痴漢に対して警戒を強化しているとの報道が目立つようになった。他人の浅はかな悪行によって、受験生が涙をのむことがないよう祈るばかりだ。