ロシア空軍の“不気味な沈黙”なぜ? 実は震えている? 西側からの「新たな脅威」に備え温存か

泥沼化しつつあるロシアによるウクライナ侵攻ですが、ロシア陸軍や同海軍が甚大な被害を出す一方、ロシア空軍は戦力を温存しているように見受けられます。実はこの動き、ウクライナ空軍への新戦闘機配備に対応するためのようです。
ロシア空軍がほとんど活動していません。散発的に長射程巡航ミサイルによる攻撃を行ってはいるものの、ターゲティングの不徹底から、あまり効果をあげていないようです。
これはロシア軍の先制攻撃で始まった2022年2月の開戦当初、ウクライナの防空システム、特に地対空ミサイルを無力化し、航空優勢(制空権)を確保するための「敵防空網制圧」作戦に失敗したことが原因であると考えられます。
それから1年あまり経った2023年4月現在、ロシア陸軍は世界最強とうたわれた精鋭部隊を多数喪失、20万人もの犠牲者とウクライナの反攻を許し、いくつかの重要な占領地を失陥するなど厳しい状況にあります。一方、海軍についてもこの間、黒海艦隊の旗艦を務めていたミサイル巡洋艦「モスクワ」を失うなど、大きな損害を被っています。
これら陸海軍に比べると、ロシア空軍の損失は4月現在、有人機254機(軍事情勢考察グループoryx 調べ)だとのこと。数字的には、けっして小さくはなく再建に5年以上は必要な損失内容ですが、それでも全空軍機の8~9割は健在であり、まだまだ十分にその穴を埋めることも可能な状態です。

Large 230426 su34 01
ロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機(画像:ロシア国防省)。
なお、ロシア空軍は、陸海軍と肩を並べる独立した軍種ではあるものの、基本的には陸軍の付属部隊として地上戦を支援する役割が最重要視されています。ただ、そうなると前述したような陸軍の壊滅的な被害を考えれば、空軍はもっと本腰を入れてウクライナと戦ってもいいはずです。
なぜロシア空軍は陸軍を助けようとしないのか。これは、ウクライナの防空システムを無力化するための手段がないことや、「新たな脅威」に備える必要があるからではないかと考えられます。
ロシア空軍が想定する新たな「脅威」とは、西側諸国によるウクライナ空軍への戦闘機の供与、より具体的に言うならばF-16「ファイティング・ファルコン」です。
F-16はウクライナ領内だけでなく、その周辺空域まで十分にカバーできる航続距離を持つほか、搭載する高性能な誘導兵器は適切な条件で発射されたなら、ほぼ確実に標的を破壊できる信頼性を持っています。
8発の「SDB」誘導爆弾を搭載したF-16の2機編隊は、理論上では1回の出撃で16両の戦車を破壊することができるはずです。これはHIMARSロケットランチャー300基分に匹敵し、おそらく40機もあればロシア陸軍は数日で回復不可能な打撃を受け、戦争の勝敗は決定的なものとなるでしょう。
Large 230426 su34 02
アメリカ空軍のF-16C「ファイティング・ファルコン」戦闘機。胴体下部に吊り下げている濃灰色の円柱状の装備が誘導爆弾のターゲティング・ポッド(画像:アメリカ空軍)。

F-16を自由に使われることだけは避けなくてはならない。ロシア側は、アメリカを始めとした西側がウクライナに対してF-16を供与することを強く警戒しており、政治レベルで牽制を入れています。ただ、ロシアにとって幸いなことに、同国には強力なS-400長距離地対空ミサイルをはじめとした、高性能な防空システムが無傷のまま残っていることから、たとえウクライナにF-16が供与されたとしても、すぐに劣勢になることはないでしょう。
一方でF-16は、対レーダーミサイルのAGM-88HARM/AARGMを搭載することで、敵防空網の制圧能力を得ることができます。
今年(2023年)春頃からは、ロシア空軍側も滑空型誘導兵器を使用する例が確認できるようになりましたが、それでも誘導兵器が不足しているロシア空軍のSu-30SMやSu-35S戦闘機は、搭載兵装の誘導兵器化がほぼ100%であるF-16と対地攻撃能力を比べた場合、おそらく約10倍の戦力差はあると見てもよいのではないかと筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は考えます。
現在のところ、ロシアとウクライナ、双方の空軍ともに相手の防空システムが強力すぎて、航空戦力が自由に活動することが阻害されていると言えるでしょう。しかし、ウクライナ空軍にF-16が配備されると、その均衡が崩れる可能性があります。
Large 230426 su34 03
アメリカ空軍のF-16C「ファイティング・ファルコン」戦闘機。右主翼の胴体側に誘導爆弾のターゲティング・ポッドを吊り下げている(画像:アメリカ空軍)。

さらに旧ソ連・ロシア製戦闘機は、空中戦においてこれまでF-16に全くと言っていいほど太刀打ちできていません。その撃墜比は0対70~80という完封負けを喫する状態です。とはいえ、最新のSu-35Sはカタログスペック上ではF-16を上回っていることから、現在は対地攻撃ほど大きな差はないかもしれません。
加えて、どんなに多くのF-16がウクライナに供与されたとしても、1000機もの戦闘機を保有するロシア空軍を上回るとは考えにくく、数の有利はロシア空軍にあります。
2023年4月現在、F-16が実際にウクライナへ供与されるのかは未定であるものの、ウクライナもロシアも航空優勢の確保は手詰まりの状態です。ウクライナへの戦闘機の供与は空中戦を激化させるかもしれません。
どちらも「空の勝利」を得ることが、戦争の勝利を決めうるものと見ていることだけはほぼ間違いないと言えるでしょう。