中央線「昭和グルメ」を巡る 第182回 老舗劇団が運営する喫茶店「カフェテアトロ たずね人」(吉祥寺)

いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、吉祥寺の喫茶店「たずね人」をご紹介。

○五日市街道を通るたび、何十年も気になっていた店

五日市街道を吉祥寺に向かって進んだ経験のある方なら、道路が中央線の下をくぐる少し手前の左側に「カフェテアトロ たずね人」という看板が出ていることをご存知のはず。そして、多少なりとも気になったのではないでしょうか?

それは僕も同じ。自転車で吉祥寺に行くときにはたいてい五日市街道を利用するのですけれど、通るたびにこのお店のことが気になってたまらなかったのです。しかも、もう何十年も前から。

「珈琲とピザの店」とも書かれたその看板の横には、「劇団 櫂」「劇団 櫂 花柳流舞踏教室」、下には「内閣府認証NPO法人 日本空手松涛連盟 劇団 櫂支部 香武館 入門・体験 随時受付」という表記も。

純然たる飲食店と認識するには情報量が多すぎるため、「あ、こんなところに喫茶店があったぞ。ちょっと入ってみよう」とは思いにくくもあるんですねえ。

でも実際のところはそれほど複雑な話ではなく、つまりは「劇団 櫂(かい)」という劇団がすべての運営元なのです。

「劇団 櫂」は、1976年以来の伝統を持つ老舗劇団。恥ずかしながら演劇には疎いのですけれど、ウェブサイトを確認してみると、非常に真摯に活動に取り組まれていることがわかります。

この建物は自前の芝居小屋で、空手教室「香武館」と同じようにここで営業を続けている喫茶店が「カフェテアトロたずね人」だというわけ。働いている方も、みんな劇団員なのだとか。設立当初からD.I.Y.精神を貫かれているわけで、そういう姿勢には共感できるものがありますね。

「劇団 櫂」のメインスペースに続く階段を上がると、手前右側にガラスの格子ドアがあることに気づきます。

そして、そこを入るとすぐ右側にまた数段の階段。

脇には「ONE PIECE」など漫画本がぎっしり入った本棚があったりもするので驚かされますが、ともあれその先が「カフェテアトロ たずね人」。

左側にカウンターと厨房があり、その手前には家庭用と思われる冷蔵庫、ラジカセやCDなどが置いてあるカラーボックス。

手づくり感満載ですが、五日市街道沿いの大きな窓からは光がさんさんと差し込み、とても開放感があります。

おもしろいのは、テーブル席の配置です。中央部分に置かれた3人用テーブルを除けば、他の席はすべて窓際もしくは壁を向いているのです。

窓際の席だって、目線のあたりまではスモークガラスになっているしなー。

つまりお客さんは店内に背を向け、壁もしくはスモークガラスと向き合いながら食事をしたりお茶を飲んだりすることになるわけです。この配置は、ちょっと戸惑うぞ。

ってな話は置いておき、店内のいたるところに貼られたメニューを拝見してみると、種類の多さにびっくり。

なにせ《ライス》と書かれた項目も、ミックスピラフからハンバーグカレーまで14種。《スパゲッティ》だって11種類あるのです。

そんななか、とくに興味を引かれたのが「たずね人プレート」。「美味しいものをちょっとずつアレコレ食べたい…お得なメニューです」と書かれていますが、店名を冠している以上は自信のメニューなんだろうなと踏んだわけです。

なお劇団員の方も利用されているようで、僕が待っている間にも稽古中とおぼしき男性が「クワトロオムライスの大盛りで」などと注文している声が聞こえてきました。「ほう、そんなものがあるのか」と思ってメニューを再確認してみたところ、「ふわとろオムライス」の間違いでした。どうやら、それが人気のよう。

それはともかく印象的だったのは、同じ劇団員同士だとはいえみなさん敬語で話していらっしゃったこと。必要以上に友だちっぽくなるのではなく、きちんと規律が守られているんだなという印象を受けたわけです。

さてさて、そうこうしているうちに「たずね人プレート」が運ばれてきました。

文字どおりのワンプレートに、ミニハンバーグ、目玉焼き、スパゲティナポリタン、サラダ、ごまのかかったライスが並んでおります。いわばお子様ランチの大人版というような感じで、これはなかなか魅力的ですね。

しかもねー、非常にていねいにつくられており、決して劇団員の片手間仕事ではない完成度の高さなのですよ。特別なことをやっているわけではないのだけれど、でもひとつひとつがそれぞれおいしく、とても満足できたのでした。見た目以上にボリュームもあったぞ。

帰り際に伺ったところ、お店ができてからは「50年まではいかないだろうけど、40数年」とのこと。前述したとおり「劇団 櫂」が誕生したのは1976年ですから、その当時からあったのでしょうね。

ずーっと気になっていただけに、いろいろ謎が解けました。機会があったら、いつか演劇も拝見してみようかな。

●たずね人
住所: 東京都武蔵野市吉祥寺南町4-6-1
営業時間: 11:00~16:00
定休日: 月曜日

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)ほか著書多数。最新刊は『先延ばしをなくす朝の習慣』(秀和システム)。 この著者の記事一覧はこちら