ミツカン「味ぽん」の知られざる販売戦略 – 59年の歴史を持つロングセラー商品はこうして不動の人気を確立した!

誰もが一度は味わったことがあるであろう、ミツカンの「味ぽん」。

発売開始から約60年を数えるこのロングセラー商品は、時代の変化に合わせ、常に柔軟に進化を遂げてきた。その長い歴史は「5つのフェーズ」に分けることができるという。

我々の食卓に欠かせないこの調味料はどんな沿革を辿り、どんな戦略を実行して人気商品としての地位を確立したのか。ミツカンのマーケティング本部で課長として働く小又美智さんに話を聞いた。

▼「味ぽん」の原点は福岡の水炊き鍋の老舗にあった!

ーーまず、「味ぽん」の開発背景について教えてください。

もともと1960年に醤油味がついていない「ぽん酢」を発売し、その4年後に醤油などを加えた「ぽん酢味付け」を発売しました。当時の技術では、醤油を加えたうえで安定した品質を維持するのは簡単ではなかったようで、たくさんの技術的な試行錯誤があったと聞いています。

ーー味付きのぽん酢を作ろうと思ったキッカケは何だったんですか?

開発に至った経緯は、当時のミツカンのトップの7代目社長が、老舗の料理店で博多水炊き鍋を食べたのがキッカケだったと言われています。オリジナルの味付きポン酢で食べたお鍋の味に感動して、ミツカンでも味ぽんを作ろうという流れになりました。

ーー今では多くのメーカーが味付きのぽん酢を出していますが、どういった部分で差別化しているんですか?

正直に言うと、機能的な差別点はほとんどありません。ですが、これまで60年近く味ぽんが支持されてきたのは、時代に合わせたメニュー提案や販売戦略がお客様たちのニーズを満たしてきたからだと考えています。
▼味ぽんが59年の歴史で辿ってきた「5つのフェーズ」

ーー味ぽんの59年の歴史には、5つのフェーズがあるとお聞きしています。それぞれのフェーズの詳細についてうかがえますか?

第1フェーズは、味ぽん誕生の1964年から1970年頃までの期間です。その時代はまだあまり水炊きは家で食べられるものではありませんでした。そこでミツカンは「鍋は家庭でも食べられるメニューです」と訴求しながら、味ぽんを鍋用調味料として打ち出していったんです。

もともと水炊きを食べる文化が根付いていた関西エリアの食卓では拡がりをみせましたが、しょうゆ味やみそ味の鍋が主流だった関東エリアの普及には苦戦をしました。当時の営業担当者は味ぽんの魅力を伝えようと、ガスコンロと鍋、味ぽんを持ち歩いて営業活動をしていたそうです(笑)。コンロで作った水炊きを“味ぽん”と共に振る舞い、味ぽんの魅力を体験してもらうことで販路拡大に繋げたのです。

こうした地道な営業活動が功を奏し、味ぽんは「鍋調味料」として全国各家庭に広がっていきました。

ーースゴい。日本の鍋文化を広めたのがミツカンだったとは……。

でも、多くの人は冬場しか鍋を食べないので、毎年春夏シーズンになると味ぽんの返品が相次いだんです。そこで調査した結果、高知県と九州だけは年間を通して味ぽんが消費されていることがわかりました。

高知は柚子の名産地ですし、九州は橙などの産地でもあります。果汁の酸味が根付いた土地だったので、味ぽんも汎用性の高い調味料として受け入れられたのかもしれません。

ーーなるほど。

そこで、味ぽんは鍋だけでなく、焼肉や餃子など、とにかくいろんな食事に合うということをネッカー(ボトルの首部分に付けられたPOP)などで打ち出していったんです。これが第2フェーズで、1970年から1993年くらいの間の出来事ですね。

ーー第2フェーズでは、味ぽん=鍋用調味料というイメージからの脱却を図ったんですね。

そのとおりです。しかし、いろんな食事に合うと訴求しすぎた結果、鍋用調味料という明確な立ち位置を失って、1994年あたりから迷走期に入ってしまいます。他社もいろんな汎用調味料の販売をスタートしていましたし、味ぽんは一度大きく売上を落とすことになりました。

そこで、味ぽんの価値とは何かということをお客様からヒアリングし、調査を重ねた結果、味ぽんは「日本のさっぱり味」であると再定義したんです。これが第3フェーズになります。

ーー「日本のさっぱり味」ですか。

具体的には、「日本のさっぱり味」をキーワードに、サンマの塩焼きやカツオののっけ盛りなど、旬の食材にかけることでさっぱり美味しく食べられるというコア価値を訴求しました。

当時はバブルが弾けたこともあって、働き方の見直しや健康志向も高まっていた時期だったんです。家族で食卓を囲みながら、旬の魚や野菜を健康的に食べるという時代の雰囲気に味ぽんがマッチしたんだと思います。結果、売上もV字回復することができました。
▼ブランドの価値はメーカー側が定めなければ忘れられてしまう!

ーー今ではカツオのタタキに味ぽんは不可欠ですよね。続いて、第4フェーズはどんな時代だったんですか?

第4フェーズは2010年代、女性の社会進出が本格化した時代になります。それまで女性の役割は「母」や「妻」だと考えられてきたのが、近年は仕事との両立が求められるようになり、家事の簡便化が大きく進みました。今では、食事もできるだけ簡単なレシピで作るという考え方がすっかり定着しています。

ーー確かに。SNSなどでも時短レシピが人気ですしね。

味ぽんを使った簡単レシピとしてこの時代に人気を博したのが「鶏のさっぱり煮」です。この料理は味ぽんと水を1:1で割って手羽元を煮込むだけで完成するので、レシピを覚える必要もありません。このレシピはCMで提案したのですが、いわゆる”バズ状態”になり、ものすごく手羽元が売れたらしいんですよ。食鳥協会さまからも表彰を頂きました(笑)

ーースゴい! もはや社会現象ですね。

メーカーが考える価値を、生活者にとっての価値に変換し、伝えなくてはいけません。その1つが時代に寄り添うことだと考えています。それがなければ、59年も続けることはできませんよね。

ーー最後の第5フェーズについても教えてください。

第5フェーズは、まさにこの先の未来の話になります。今はとても難しい時期で、味ぽんの認知度は90%を超え、ある意味では頭打ちの状態になっています。今以上に伸ばすには、これまであまりタッチポイントがなかった若い世代などにターゲットを広げていかなければなりません。そのためには、「調理する」という概念を取っ払うような提案が必要だと思っています。

ーー調理をせずに味ぽんを使うということですか? ちょっとイメージがつきませんが……。

「例えば、食材を切って漬けるだけで夕食のメインになる」という提案ですね。文字で説明する必要がほとんどない、ライフハックな提案を味ぽんならできるんじゃないかと思います。実際、SNSで味ぽんユーザーの皆さんの投稿を見ていると、今までにない使い方や超簡便レシピが人気であることがわかります。

味ぽん公式ツイッターでは今、「#味ぽんと何かを漬けるぼくの100日間」というハッシュタグを付けて毎日レシピを投稿していて、かなり実験的な取り組みなので失敗も多いのですが、例えばアボカドの味ぽん漬けやサーモンの味ぽん漬けなどは間違いなく美味しいと思いますよ。

ーーさっそく試してみます。最後に、味ぽんの今後の展望について教えていただけますか?

これから10年、20年後はコロナ後ということもあって、時代もものすごく変化していると思うんです。味ぽんは調味料として広がってきましたが、これからは調味料という領域から飛び出した部分でも価値を押し出していきたいと考えています。もちろん、原点である「鍋用調味料」というコア価値はこれからも大事にしながら、次の時代に求められる新たな提案もできればと考えています。