G7首脳陣の護衛船は「“核”を護る船」だった!? 世界最大級の巡視船「しきしま」のスゴさ まもなく退役

海上保安庁が保有する最大級の巡視船「しきしま」。普段は鹿児島を母港とする同船がG7広島サミットのときに宇品島の警備に就いていました。すでに30年以上の船齢を刻んでいる同船は、退役のカウントダウンも始まっています。
2023年5月19日(金)から21日にかけ、広島市で開催された主要7か国首脳会議、通称「G7広島サミット」。会議で議題や各国要人の動向以外にも、アメリカの大統領専用機VC-25A「エアフォースワン」を始めとしたG7各国首脳の特別機や、ロシア侵攻後に初めて来日したウクライナのゼレンスキー大統領の移動方法、警備のために広島へ集まった色々な警察車両など、さまざまな分野で注目を集めていました。
ただ、万全の警備態勢を敷いていたのは警察だけではありません。今回のサミットのメイン会場は宇品島のグランドプリンスホテル広島でした。海に面した場所に首脳が一堂に集まるということで、広島湾の海上には周囲を警戒するため、海上保安庁の巡視船艇や海上自衛隊の掃海艦、警察の警備艇などが数多く展開。その中でもひときわ目立っていたのが、海上保安庁最大級の巡視船「しきしま」です。
G7首脳陣の護衛船は「“核”を護る船」だった!? 世界最大級…の画像はこちら >>2023年5月のG7広島サミットで宇品島近傍に停泊する巡視船「しきしま」(深水千翔撮影)。
「しきしま」は、「プルトニウム海上輸送の護衛」を担うために新造された、ヘリコプター2機搭載型巡視船です。1989(平成元年)度補正計画で建造が決まり、1992年4月8日に石川島播磨重工業東京第一工場(当時)で竣工。横浜海上保安部(第三管区)に配備されました。
日本は当時、原子力発電所で発生した使用済燃料から回収されたプルトニウムの一部を、ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料、いわゆる「MOX新燃料」として活用する計画を進めていました。そのためイギリスやフランスの再処理工場から貨物船にプルトニウムを積載して海路、日本まで輸送していましたが、1988(昭和63)年に日米原子力協定が改定されたことで、貨物船を護衛する船舶が新たに必要になったのです。
さまざまな議論を経て、プルトニウムを海上輸送する際の護衛は海上保安庁が実施することに決まりましたが、今度はフランス・シェルブール港から茨城県東海村の日本原子力発電専用港(東海港)まで無寄港・無補給で航行する能力を持つ船が必要になります。
その頃、海上保安庁では広域哨戒体制整備の一環として、ベル412型ヘリコプターを2機搭載できる巡視船「みずほ」(5259総トン)の運用をスタートさせていました。「みずほ」は1986(昭和61)年3月19日にデビューしたばかりでしたが、同船は日本の周辺海域で任務にあたることを前提としていたため航続距離が足りません。
そこで海上保安庁は、長距離の護衛が行える高性能な巡視船を新造することを決断します。
こうして生まれたのが「しきしま」でした。同船は、さまざまな脅威からプルトニウムを守るという単独で秘匿性の高い任務をこなすため、欧州と日本の間を往復できる航続力と、関係機関と密な連携が取れる高い通信能力、そして船内や乗組員に関する徹底した情報管理が行われる異色の巡視船として誕生しました。
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横浜の第三管区海上保安本部に配備されていたころの巡視船「しきしま」(深水千翔撮影)。
武装としてFCS(射撃管制機能)を備えた35mm連装機銃2基とRFS(目標追尾型遠隔操縦機能)を備えた20mm多銃身機銃2基を搭載し、マストには対空捜索用レーダーが備えられました。前後部に機関砲を装備することで全方位の対処ができ、遠距離からも正確な射撃が可能となっています。速力は25ノット(約46.3km/h )以上。ベル412よりも大型かつ高性能な「スーパーピューマ」を2機搭載できる広大な飛行甲板と格納庫も設けられ、航空機運用能力も従来の船と比べて大幅な強化が図られています。
「しきしま」は、就役すると早々に1992(平成4)年11月7日から翌1993(平成5)年1月5日にかけて行われた、プルトニウム輸送の護衛に投入されます。その任務で、フランスのシュルブール港を出港した専用運搬船「あかつき丸」(3804重量トン)を無事に茨城県の東海港へと送り届けることに成功。総日数60日、総航程約2万海里(約3万7040km)という、長期間に及ぶ護衛任務を成し遂げました。
しかし、「しきしま」がプルトニウム海上輸送の護衛に使われたのはこの1度きり。これ以降はフランスなどで「MOX燃料」に加工したものを運搬する際は専用船が用いられ、護衛には海外の武装した民間警備会社の専門要員があたるようになっています。
プルトニウム運搬船の護衛から離れた「しきしま」は、通常の巡視船と同じように領海警備や海難救助といった任務に就くようになります。ただ、長期の行動が可能で、ヘリ運用能力に長けている大型巡視船は洋上基地として使い勝手が良く、海賊への対処などで海外へ派遣することもできる同船は重宝されました。
そこで、海上保安庁は「重大事案、遠方事案等の新たな業務課題に対応していくためには、被害制御・長期行動能力等を備えた大型のヘリコプター搭載型巡視船が必要」との認識を示すようになります。
その結果、「遠方事案に最低1隻を継続的に派遣でき、我が国周辺海域で重大事案が同時発生した場合にも対応できる体制」を作り上げるため、2010(平成22年)度計画で「しきしま」をベースにしたヘリコプター2機搭載型巡視船の建造を決定。こうして生まれたのが、2013(平成25)年11月28日に竣工した「あきつしま」(7350総トン)です。
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巡視船「しきしま」の後部。飛行甲板に駐機するのが、「スーパーピューマ」大型ヘリコプター(深水千翔撮影)。
このころには日本最南端、沖ノ鳥島近海への長期派遣や、尖閣諸島の領有権を主張する中国への対処などに対し、長期間洋上で活動可能なヘリコプター2機搭載型大型巡視船は有用性を示すようになります。
それらを踏まえ、海上保安庁は2018(平成30)年以降、しゅんこう型(6742総トン)やれいめい型(7300総トン)といったヘリコプター搭載型の大型巡視船を急ピッチで整備するようになりました。この動きは、まさしく「しきしま」が先駆者として道を作ったからこそだと言えるでしょう。
現在、鹿児島海上保安部(第十管区)に配備されている「しきしま」の船齢は30歳を超えています。とうとう海上保安庁は、老朽化が進む同船の代替として、2021(令和3年)度補正予算に6500トン級ヘリコプター搭載型巡視船の建造予算60億円を計上しました。
今回、行われたG7広島サミットは、プルトニウム輸送の護衛という一大プロジェクトで誕生し、現在増備が続く、しゅんこう型、れいめい型へと続く大型巡視船の基礎を作り上げた「しきしま」の最後の晴れ舞台となったと言えるのかもしれません。