少子高齢化が叫ばれる日本だが、現役世代にも人口減少の影響が出始め、労働力不足への懸念が強まりつつある。現状の働き方のままでは、社会が成り立たなくなるかもしれない。そんな危機感すら抱きたくなるほどだ。日本の基幹産業である自動車業界でも、状況は同じである。
そんな中で日産自動車は、自動車生産能力を維持するための新たな取り組みのひとつとして「スマート工程」の導入を進めている。自動車生産の現場は今、どのように変わろうとしているのか。日産のオンライン説明会で聞いた。
時短勤務者とベテランが相互サポート
2000年には総人口の68%だった日本の労働人口は、2020年の時点で59%まで減少した。2030年には総人口が減ったうえ、労働人口は58%に落ち込む見込みだ。2030年に必要とされる労働人口(需要)7,073万人に対し、644万人の労働力が不足するという予測も出ている。
労働力不足の解消には生産性の向上に加え、女性、シニア、外国人らの労働環境の整備が重要になる。そこで日産は、将来の労働力確保に向けて、多様な人材が活躍できる生産現場作りを進めている。
「スマート工程」実現に向けた最初の取り組みとして始めたのが「時間制約」からの解放だ。
日産の生産ラインは二交代制で、休憩時間を除いてフル稼働となる。従来は、このシフトで働ける人に生産ラインでの仕事に従事してもらうという考え方だった。しかしこれでは、育児のために時短勤務を行う従業員は日中の生産ラインに入れないことになる。
生産ラインには、車体に部品を組み付けて完成させる「メインライン」に加え、車体に組み付ける複数の部品を先に組み立てて大きめの部品とすることで生産性を高める「サブライン」がある。日産はこの仕組みを利用した交代勤務を考案。時短勤務者には、コアタイム(午前と午後の休憩時間に挟まれた日中)はメインライン、時短となる朝夕はサブラインで働いてもらうようにした。
その時短分を補うのが、高齢のベテラン従業員だ。腕が立つベテランの中には、高齢化による身体的な理由から、フルタイムでメインラインの作業に従事するのが困難な人もいる。こうした従業員には、時短勤務者と逆で、朝夕の短い時間をメインライン、日中はサブラインで活躍してもらうことにした。つまり、育児のある従業員と高齢の従業員が相互にサポートし合える仕組みを作ったのだ。これにより、女性を中心とする育児のための離職を防げるだけでなく、時短勤務を望む育児中の労働者も雇用できるし、熟練の従業員の雇用延長などにもつなげられる。
自動車製造の“きつい”イメージを変える?
スマート工程導入に向けた改革はいろいろあるが、「生産ラインでの肉体的および精神的な負荷の低減」も見逃せない取り組みだ。
通常の生産ラインでは、車体の流れに合わせてさまざまな部品を組み付けていくため、常に体を動かす必要があり、腰への負担が大きかった。そこで日産は、従業員の肉体的負担の低減を図るべく、一部の工程に座ったまま作業できる「エルゴチェア」を導入した。
チェアを導入したエンジンルーム内の組み付け作業では、これまでは1台分で腰曲げ動作が4回、しゃがみ込み動作が1回、部品取りおよび振り返りが3回発生していたのに対し、チェア姿勢では部品取りおよび振り返り1回のみにまで動作を削減できたという。作業に必要な動作は日々の繰り返しであるだけに、この負担減は体調維持にも大きく貢献するだろう。
精神的な負担減では、QRコード読み取り機能などの活用による部品確認のしやすさや作業の単純化などを図っていくとしている。勤務時間、肉体、精神の負荷を減らすことで、働きやすい製造現場を目指していくことこそがスマート工程の取り組みなのだ。
日産の担当者によれば、将来的には、クルマの開発段階から生産性の向上を図るべく、クルマの構成部品を大まかなモジュールに分けることでサブラインの活用を増やし、高効率な自動化を含めた生産ラインの改善も図っていきたいとのことだった。
スマート工程の現状は?
スマート工程の導入が進めば時間的あるいは身体的な制約を持つ人材の活用を進められる。さらには、体力的および精神的に厳しそうなイメージが付きまとう自動車製造現場のイメージを改善させられるかもしれない。
ただ、作業の単純化を突き詰めていけば個々の技能が必要とされる場面が減り、優秀な人材が離れていってしまうという危険性もあるのではないだろうか。この点について日産では、担当の上司によるフォローを強化することにより、個々の希望に合ったキャリアアップもサポートしていくとしている。スマート工程には、仕事への誇りややりがいが持てる職場環境づくりも盛り込まれている。
スマート工程は始まったばかりの取り組みだ。第1弾として2021年度に九州工場に導入しており、2024年度は全国各地の工場でも開始するという。
将来的なモジュール化による生産の効率化を含め、製造現場の大幅な改革には多くの時間と費用が必要となる。今のところ、九州工場の生産ラインで時短勤務を利用しているのは従業員の1%に過ぎないとのことだから、制度の浸透にも時間を要するだろう。
とはいえ、スマート工程の導入が、子育てと仕事を両立させたいという人を含む新たな人材確保につながる可能性は大きい。生産現場を速やかにかつ劇的に変えることは難しいかもしれないが、まずは現状の設備や環境の中で、どれだけ従業員に寄り添った職場環境を構築できるかが注目される。
かつて、メイドインジャパンは世界から羨望のまなざしで見られていた。それが結果的に、海外からの観光客招致や彼らの「爆買い」を支えてもいた。日本の工業製品の魅力を維持し、さらには高めていくという観点からも、日産のスマート工程の成果に期待したい。
大音安弘 おおとやすひろ 1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。主な活動媒体に『webCG』『ベストカーWEB』『オートカージャパン』『日経スタイル』『グーマガジン』『モーターファン.jp』など。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。 この著者の記事一覧はこちら