終末期の意思決定支援推進が次期報酬改定のポイントとして浮上。その理由とは?

2024年度は介護保険制度・介護報酬の改定が行われる年度ですが、医療保険制度、障害福祉制度の改定も行われます。それに合わせて現在、厚生労働省では同時報酬改定に向けた意見交換会が行われています。
先日、3回目の会議が行われましたが、テーマは「人生の最終段階の医療・介護」でした。議論の中では、介護職、医療職による終末期の意思決定支援を推進すべきとの意見が出され、注目を集めています。
会議に出席した日本介護支援専門員協会の代表者も、「利用者・家族に対して抵抗なく人生の最終段階の意思を確認できる環境や風土は現状なく、啓発活動をすすめるべき」との意見を提示。終末期にどのようなケアを受けるのか、どのような最期の時を迎えるのかについて、本人の意見を十分に考慮できるような仕組みを検討する必要がある、との見解を示しました。
国民一人ひとりが尊厳のある死を迎えられるようにすることは、医療・看護・介護に課せられた責務といえます。しかし、本人の希望や意思が必ずしも反映されないようなケアのあり方が、現在の日本社会では多く行われているのが実情。この点にテコを入れたいというのが、日本介護支援専門員協会の代表者を始めとする専門家の指摘です。
最期のときを迎えるためのケアは、「看取りケア」と呼ばれています。もともと看取りとは、病人の看病をするという意味でしたが、現在では人生の終末期におけるケアを指すのが通例です。終末期の意思決定支援推進が次期報酬改定のポイントとして浮上。…の画像はこちら >>
現在、高齢化が急速に進み、それにともない日本人の死亡者数が増えています。出生数が低下して少子化が進む一方で、多くの高齢者が毎年亡くなっていくという多死社会を迎えているのが日本社会の現状です。この状況が進むにともない、社会の中で注目・議論されるようになったのが、「どのような最期を迎えるのか」という点です。
無理な延命治療は行わない尊厳死への注目、病院ではなく住み慣れた環境で最期のときを迎えることへの注目など、「人生の最終段階の医療・介護はどうあるべきか」が社会的な課題となったわけです。
介護保険施設はもちろん、民間の有料老人ホームなどにおいても、看取りケアに対応する施設は多いです。ただし、医療機関との連携が困難な場合、施設規模が小さく人員配置が不十分な民間施設などの場合、看取りケアに対応しておらず、終末期になると病院などへの転居を求めるケースもあります。
日本において人生の最終段階のケアのあり方に大きく注目が集まったのは、2006年3月に報道された富山県射水市民病院の人工呼吸器取り外し事件と言われています。
この事件は、2005年10月に射水市民病院において、当時の外科部長が入院患者(78歳)の呼吸器を取り外そうとするなど不自然な行為が多く、同病院が調査を実施したことで発覚しました。調査委員会がその後調べたところ、この外科部長は2000年から2005年にかけて、終末期を迎えた患者7人の呼吸器を外して死なせていたことがわかったのです。
この外科部長は「患者のための尊厳死だった」と主張。呼吸器を外すにあたっては家族の同意も得ていました。7人のうち1人は、本人の意思もあったといいます。こうした状況が考慮され、7人死なせたものの、後に不起訴となりました。
この事件を皮切りに、「家族の同意だけで延命治療を停止できるのか」の議論に日本社会全体が注目。国側も動き、2007年には「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が策定され、2015年に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」に改名・改定されています。
このガイドラインは、終末期にどのようなケアを受けるのかを医療・ケアチーム、患者本人、家族が話し合いを重ねるために定められた指針。終末期のケアは本人・家族の精神的・社会的な支援を含めた総合的な内容を持つべきであること、ケア行為の不開始・中止などは医学的な妥当性・適切性をもとに慎重に判断すべきであること、などが定められています。
2023年現在、地域包括ケアシステムの構築に対応すべき、アドバンスケアプランニング(※)の概念をより踏まえた内容にすべき、との観点から、専門家からは改めて見直しをすべきとの意見も提示されています。
※将来に受ける終末期の医療について、患者本人、家族、医療・ケアチームが話し合いを行い、患者本人の意思決定をサポートするプロセスのこと
2007年に厚生労働省によるガイドラインが示されたものの、実際にはケアの現場において、「人生の最終段階のケア」の話し合いは十分に行われていないのが実情です。
厚生労働省が2022年に実施したアンケート調査によると、「担当中の患者・利用者本人と人生の最終段階の医療・ケアについて、十分な話し合いを行っていると思いますか」とケアマネに質問したところ(n=1,752)、「十分行っている」との回答割合はわずか8.7%。「ほとんど行っていない」は25.0%に上りました。
「一応行っている」が最多で60.1%の回答を得ていましたが、「十分行っている」と断言できない状況であり、その場合だとどれだけ本人に寄り添ってケアを行っているのかは疑問が残ります。
ケアマネが行う支援は介護保険サービスの一環として提供されるものであるため、対象となる利用者は原則として65歳以上である要介護の高齢者。終末期のケアをどうするかについては、早い段階から考えておくのがやはり望ましいでしょう。しかし実態として、十分に話し合いが行われているとは言えないのが現状であるわけです。
では、なぜ終末期に関する話し合いが難しくなるのでしょうか。
先の厚生労働省の調査では「人生の最終段階における医療・ケアについて話し合うにあたり、難しいと感じること」を訪ねるアンケート調査も実施しています。その調査結果では、対象となったケアマネ(n=1,752)の72.4%が「人生の最終段階にあるという状況を、患者・利用者本人や家族が受け入れられない」と回答していました(複数回答)。
また、「家族等による患者・利用者へのサポート体制ができていない」(49.8%)、「家族等へのサポート体制ができていない」(35.0%)との回答が多くみられました。つまり、患者・利用者本人とその家族が「終末期」という状況に対応できないことが、大きな要因になっていると多くのケアマネは考えているわけです。
しかし、本人・家族が終末期の状況に対応しきれないのは当然のことでもあります。「人生の最終段階における医療・ケアに関する話し合いの時期」を訪ねる質問では、ケアマネの約7割が「死が近づいているとき」と回答。「人生の最終段階に限ることなく、日中の診察の中で話し合っている」は15.2%にとどまっていました。
本人の終末期、つまり死を目前にして急に「ケアをどうしますか」と尋ねられても、本人・家族は戸惑うのではないでしょうか。もっと早い段階で話し合いが必要であり、今後の報酬制度改定を考えるなら、早めの話し合いを促すような報酬改定を行うことが重要になると考えられます。

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さらに厚生労働省の調査結果によれば、一般国民3,000人に「人生の最終段階において、医療・ケアを受けたい場所(1年以内に死亡すると仮定して)」を訪ねたところ、「自宅」は43.8%、「医療機関」は41.6%でした。自宅で最期のときを迎えたいと考える人は、医療機関よりも多いわけです。
しかし同省の「人口動態統計(2021年)」によれば、実際に「自宅」を最期の場所にできている人は2割以下で、「病院・診療所」は6割以上。自宅で最期を迎えたいとの希望は、必ずしも叶えられないのが実情となっています。
終末期の意思決定支援を考える場合、このズレの解消につながる支援を評価できる仕組みを、介護報酬制度に盛り込むことも必要なのかもしれません。
今回は人生の最終段階のケアについて考えてきました。今後の報酬改定の議論がどのように進められ、最終的に定められる報酬制度の内容はどうなるのか、引き続き注目していきたいです。