【森永卓郎の本音】岸田総理の歪んだ使命感

最近、岸田総理が打ち出す政策は、政府が長年懸案としてきた課題を短期間で強引に実現することに主眼が置かれている。7年前に交付が開始され、なかなか普及が進まなかったマイナンバーカードを、健康保険証の廃止という強硬手段に出て、一気に定着させようとしたのが、その典型だ。ただ、大量の情報連携を人海戦術で行ったために、トラブルが続出した。マイナカードが普及しなかった最大の原因は、国民にメリットがなかったからなのだが、そのことは、一顧だにされていない。
拙速な抜本改革は、防衛費や少子化対策も同じだ。安全保障環境の緊迫化によって、防衛費をNATO並みのGDP比2%へと倍増させると岸田政権は決めた。ただ、先進国並みの防衛体制を築くのなら、それにふさわしい地位が必要だ。ところが横田空域の航空管制権は米軍に握られたままだし、日米地位協定の改定は、検討対象にもなっていない。異次元の少子化対策も、子ども予算倍増をうたいながら、中身は子育て支援の充実が中心で、少子化を防ぐ対策とはなっていない。
こうした方向音痴の大胆改革は、岸田総理の念願である財政の健全化と金融の正常化でクライマックスを迎えるだろう。統合政府でみれば、日本の純債務はすでに解消したとみられる。にもかかわらず、今後も増税や社会保険料アップの予定がずらりと並んでいる。岸田総理が選んだ日銀の植田総裁は、近いうちに金融引き締めに転ずるだろう。
1929年に就任した濱口雄幸総理は、財政金融の正常化という信念の下、「明日伸びんがために今日縮む」と国民に呼びかけて、財政と金融の同時引き締めに出た。その結果、日本経済は翌年から昭和恐慌に陥った。歪(ゆが)んだ使命感は、国民を不幸に陥れるだけなのだ。(経済アナリスト・森永卓郎)