猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました 第6回 近所であらぬ疑いをかけられ犯人にされそうになった話

露出狂と並走したり、朝顔を観察したらおじさんが咲き乱れていた話などを、Twitterとnoteで配信するやーこさんの初短編集から、選りすぐりの話をご紹介。声を出して笑ってしまう可能性があるので、念のため周りに人がいないか確認してから読むのをおすすめします(気にしない方はそのままお読みください)。

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○近所であらぬ疑いをかけられ犯人にされそうになった話

地域の音楽祭に半ば強制的に参加させられる事となった。
近所の古い公民館に我々リコーダー奏者が集められ、練習は行われた。

先生が合図を出し、椅子に座っていた我々は立ち上がりリコーダーを咥えた。
いよいよ演奏が始まるという静まり返った瞬間、隣から空気が抜けた様な鈍い音が響いた。
ベニヤ板張りの床の為、隣の子が重心を変えた際に軋み、放屁のような音が出てしまったようであった。
全体の空気が止まった。
練習中にふざけたり笑ったりする事を嫌う先生であった為、笑い声こそ響かぬが何名かが笛から口を離し「今の誰?」と犯人を探す声が聞こえた。
血の気が引いていく隣の子を何とかしなければならない。

私は手を挙げ、今の音は人間から出た音ではないと主張しようとしたが、大勢の前で発言するなどと慣れぬ事をしたせいか上手く言葉が合わさらず
「今の音は私から出た音ではありません」
と、一目散に己の身の潔白を主張しているようになり、逆に皆の疑いが私に集中した。

予想に反した流れになってしまった。
この際なので音は私が請け負うが誤解を解かねばならない。
私は、音の出所は私であるが、あれは私の重みに耐えかねた床の悲鳴であると主張し、証明の為腰から下を左右に回転させ軋む音を響かせた。
しかし、あまりにその音が放屁の音と酷似していた為、腰を振りながらポップに放屁を繰り返す狂気的な絵面となった。
すぐに吹けるよう口に咥えたままであった者達のリコーダーから気の抜けた音が響いた。
リコーダーを介しての彼らの悲鳴であった。

これは怒られるかもしれぬと覚悟を決めていたところ、先生は声を震わせながらも
「古い……建物ですからね……」
と、こちらの精神面に気を遣ってくれたようであった。
しかし、何処となく疑われている雰囲気を私は感じた。

ここまでやっても駄目ならば、もはや放屁と思われても致し方ない。
「また鳴らすなよ?」
と、お調子者が声をかけてきたので、私は半ばヤケになり、私は鳴らさぬつもりだが尻の方がなんと言うか……と告げると、言い終わるか終わらぬかのうちに先生が何かに急かされるように演奏開始の合図を切った。

皆の心が鎮(しず)まる前に突如演奏が開始された為、リコーダーの音は不揃いに弱々しく震えた。
先程まではリコーダーの軽やかな音色によって美しいエーデルワイスが咲いていたというのに、今や枯れかけの瀕死のエーデルワイスが地面から生えている。
同じリコーダーから出た音とは到底思えぬ有様であった。
おどろおどろしく震える音色の中、耐え切れなくなった者達が時折鼓膜を突き破るような高音を発し、荒廃した土地のエーデルワイス周辺に雷が落ちまくっているような印象を与えた。

先生は手を挙げ、曲を止めた。
「休憩を……」
と、言い足早に部屋の外へ出ていった。扉の窓から普段厳しい先生が壁にもたれかかり震える姿が見えた。

我々も先生がいなくなった事で、ついに限界が訪れた。
瀕死のエーデルワイスのおかげで全てがうやむやになり私は命拾いした。
隣の子が私の肩を突(つつ)くと、小さな声で
「有難う」
と、言った。

私は笑顔で頷いたが、ベニヤが鳴り濁音で返事をしたようになってしまった。
隣の女の子もついに崩れた。

その後、我々は演奏を始めようとリコーダーを構えると、瀕死のエーデルワイスが脳裏を過(よぎ)る呪いにかかり、練習は非常に難航した。(終)

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やーこ(イラスト:栖周)

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