今さら新車に「ドライブレコーダー内蔵」が増えてきたワケ 自動車メーカーは何を“恐れていた”のか

今や広く普及したドライブレコーダー。そのほとんどは後付けの市販品というなか、ようやく「最初から内蔵」するクルマが出てきました。自動車メーカーはある懸念から、“どこかが口火を切ってくれないかな”というのが本音だったようで、トヨタが先陣を切りました。
今やアクシデントに記録だけにとどまらず、煽り運転対策にも役立つとして普及が進むドライブレコーダー。それを取り巻く状況がここへ来て大きく変わろうとしてしています。それは自動車メーカーがドライブレコーダーをライン装着、つまり最初からクルマに“内蔵”する動きが急速に進み始めていることです。そのきっかけとなったのは2022年7月に登場した新型クラウンでした。
今さら新車に「ドライブレコーダー内蔵」が増えてきたワケ 自動…の画像はこちら >>ドライブレコーダーの記録にADAS用カメラを初めて用いた新型クラウン。トヨタではこれ以降、相次いで同タイプのドライブレコーダーがライン装着されるようになった(会田 肇撮影)。
これまでドライブレコーダーは後付けするものというのが常識でした。仮に新車購入時に“純正品”として注文しても、あくまでディーラーが後付けする「ディーラーオプション」として取り扱われてきたのです。つまり、“純正品”とはいうものの、それは事実上、社外アクセサリー品であることに変わらず、取り付ければ配線などがある程度は露出されていました。
そんな状況から、個人的には「最近のクルマに装備されているADAS(先進運転支援システム)用カメラをドライブレコーダーに活用できないものか?」そう考えていました。特に近年はADAS用カメラの画素数も上がって、画質面でも十分なスペックを確保できるまでになり、これが実現すればカメラを複数備えることなく、配線も露出することなくスマートに装備できると考えたからです。
しかし、世の中で煽り運転が社会問題化し、ドライブレコーダーの装着率が急速に高まっても、この対応はなかなか行われることはありませんでした。なぜなのか、各自動車メーカーのADAS担当者にこの疑問をぶつけてみると、みな口を揃えて課題として回答したのは“肖像権”の問題だったのです。
ドライブレコーダーの役割は走行中の映像を常に記録して、万一のアクシデントに備えることにあります。それだけにドライブレコーダーは車両周辺の風景を片っ端から撮影していきます。その中には、プライベートな映像が含まれている可能性も十分考えられ、それはもしかしたら、撮影された側にとっては不愉快どころか、SNSなどに無許可でアップされたりすれば、状況次第では大きな問題になる可能性すら出てきます。
たとえ映像をアップするのはユーザー側だとしても、それができる環境を提供したのはドライブレコーダー機能を搭載した自動車メーカーです。この肖像権絡みで今でもドライブレコーダーを禁止している国や州も実際に存在し、内蔵したクルマを販売すること自体が訴訟の対象になったりはしないか――先のADAS担当者が心配していたのはこの部分だったのです。
ただ、世の中では日本以外でもドライブレコーダーが急速に普及している現状もあります。ADAS担当者は「肖像権への配慮とのバランスでどうすべきかメーカーとしても悩んでいるところ」と話し、「どこかがADASカメラを活用したドライブレコーダー機能を露払い的に装着してくれると心強いんですが……」と本音を語っていたのも確かです。
そんな状況下でトップを切って動き出したのがトヨタでした。まず2020年6月に登場したハリアーに「録画機能付デジタルミラー」という形で搭載して応えました。ただ、この時は音声記録を行わないことや、録画したものを再生する機能はなかったり、駐車監視を非対応にしたりしたことを考慮して「ドライブレコーダー」とは呼んでいません。カメラもデジタルミラー用として搭載した別のカメラを使っていました。
しかし、トヨタはこの搭載により、ドライブレコーダーの標準化を希望する声が多く寄せられていることを知ります。これが新型クラウンへのドライブレコーダー標準搭載への流れにつながったのです。このあたりの事情をクラウンの担当者に聞くと「『ハリアー』で録画機能付き電子ミラーとして出したところ、この評判がとても良かった。これならドライブレコーダーとして搭載できるのではないかと考えた」と話していました。
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カー用品店で販売されているドライブレコーダーの一例(写真はオウルテック製 OWL-DR803FG-3C)。取り付けのためのステーや配線が露出されるのはやむを得ない(会田 肇撮影)。
とはいえ、意外にもトヨタとしては肖像権についてはそれほど気にしていなかったようです。トヨタとしては法規制がなく、ニーズがあれば期待に応えるのがメーカーとしての立場というわけです。事実、日本では新型プリウスにドライブレコーダーを搭載しましたが、訴訟社会と言われる北米市場ではデジタルミラーだけの搭載にとどめています。このことからもその姿勢は明確です。
それと「EDR(イベントレコーダー)」の搭載もドライブレコーダーの搭載を遅らせた可能性があります。これは車両の速度や、アクセルの開度、ブレーキ操作の有無、ハンドルの切り角、加速度、エンジン回転数、ABS作動の有無、シートベルト着用の有無といった車両運行データを常時記録する装置で、航空機に搭載される「ブラックボックス」と同様の装置との位置づけです。EDRはエアバッグ搭載車にはすでに装備されており、これがあれば肖像権の侵害が絡むドライブレコーダーをあえて搭載する必要性は低いと考えられた可能性もあるのです。
とはいえ、日本ではトヨタや日産がドライブレコーダーのライン装着を開始したことで、事実上の“露払い”は完了。これから登場する新型車にはドライブレコーダーが標準化されていくと思われます。
さて、ドライブレコーダーをライン装着したことで、後付けではできなかった機能も追加されるようになりました。それはドライブレコーダーで撮影した映像を車両側のECU(電子制御ユニット)へ記録するようになったことです。すべての車種ではありませんが、トヨタではクラウンやプリウス、シエンタなどでこれを実現。従来のmicroSDカードへの記録に比べて、エラー発生率を大幅に引き下げたのです。
映像を取り出す際もWi-Fi経由でスマホにダウンロードできるようにし、これによってmicroSDカードの紛失や挿入時のトラブルも解消。まさにライン装着されたドライブレコーダーとしてのメリットを活かせるになったわけです。一方、日産の新型セレナなどはmicroSDカードに記録する方式ですが、いずれにしても後付け感なくドライブレコーダー機能を活用できるのはライン装着のメリットでしょう。
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新型「セレナ」に搭載されたドライブレコーダーでは、記録をmicroSDカードに行っている。ADASとは別にドライブレコーダーが用意されたことがわかる(会田 肇撮影)。
一方で、新型クラウンで残念に思ったこともあります。それはテレマティクス用として通信機能が標準で搭載されているにもかかわらず、ドライブレコーダーはそれを活用できていないことです。
仮に通信機能を活かせれば、衝撃を受けた際に映像を自動的にサーバーや指定先へ自動送信したりできるようになります。万一、車体が火災などに見舞われてしまっても映像は残すことができ、駐車監視にしても、衝撃を検知したときは即座にスマホなどでその状況を把握することが可能となるはず。これはほぼ同仕様を搭載する新型プリウスでも変わっていません。
その理由は今のところ掴めていませんが、考えられるのは動画を送信するにあたってのECUの負荷を抑えること、あるいは通信コストがかさむのを恐れたのではないかということです。ただ、日産はすでに純正で通信機能を備えたドライブレコーダーを販売しており、その通信費も半年間は無料で使え、その後は月額330円で利用できるようにしています。トヨタも他のデジタルサービスで有料課金をしていることを踏まえれば、決して難しくはないように思えます。
果たして、“内蔵ドライブレコーダー”としてどんな形で進化していくのか、今後の動向を注視していきたいと思います。