クルマ好きであろうとなかろうと、多くの日本人が注目しているであろうトヨタ自動車のミニバン「アルファード/ヴェルファイア」の新型が6月21日にデビューした。アル/ヴェルのデザインといえば賛否両論で、良くも悪くも「ドヤ顔」との評があったのは事実なわけだが、新型はどうなのか。
○プレゼンを外国人役員に委ねた理由
新型「アルファード/ヴェルファイア」(以下、アル/ヴェル)の発表会はまず、プレゼンテーションが印象的だった。
壇上に現れたのは、トヨタ取締役・執行役員でデザイン領域の領域長を務めるサイモン・ハンフリーズ氏。彼がひとりでプレゼンテーションを担当した。
トヨタはもちろん日本の会社であり、2023年4月1日に代表取締役社長に就任した佐藤恒治氏を筆頭に取締役の多くを日本人が務めている。その中で外国人がひとりで新車発表会を仕切るというのは、自分の記憶では珍しいことだ。
プレゼンテーションを聞いているうちに、同氏はトヨタから見たアル/ヴェルというよりも、外国人から見たアル/ヴェルという視点で話を進めていることに気づいた。
プレゼンテーションはほとんど英語だったが、通訳が入ることはなく、代わりに背後のスクリーンに翻訳が映し出された。映画の字幕を思わせるような手法だ。
その中には「ドヤ顔」「ちょい悪」というフレーズもあった。日本人の一部がアル/ヴェルに対して抱くイメージを、ストレートに反映した内容だったといえる。
もし今回の発表会で日本人がプレゼンを担当していたら、おそらく「ドヤ顔」などのワードは口に出さなかっただろう。「アル/ヴェルはそういうクルマです」と作り手自身が認めていると取られるからだ。
一方、ハンフリーズ氏自身は「doyagao」「choiwaru」とは口にしておらず、似たような意味の英語で表現していた。つまり「ドヤ顔」「ちょい悪」は彼自身が直接発した言葉ではない。でも2つの言葉を肯定しているようには取れる。
クルマそのものだけでなく発表会のデザインについても、相当考え抜かれていることがわかった。トヨタのすごさを違う面から見せつけられた。
さらにハンフリーズ氏は、ヴェルファイアオーナーの約30%が30代以下であること、前社長の豊田章男氏が2004年から社用車としてアルファードに乗っていること、日本だけでなく東南アジアや中米などでもアル/ヴェルが支持されていることなどを紹介した。これらもまた、高級車=セダンという従来型の考えや、高級ミニバンは日本独自のジャンルなので「ガラケー」と同じだという主張に対するカウンターパンチに取れた。
○「箱」に見せないボディサイドに感心
実車が登場するとハンフリーズは、新型アル/ヴェルを「箱型ではないワンボックス」と表現した。これについては実車を見た筆者も納得した。
とくにボディサイドは、スライドドア前端のシャークフィン風ピラーを短くする一方で、そこからリアに向けてゆったりスロープするラインを入れた。フロントフェンダーの盛り上がりもこれまでより明確だ。
スライドドアを持つミニバンでは、後輪の上にドアのレールがある関係で、このあたりのラインは水平にすることが多い。ところが新型アル/ヴェルは下げてきた。フロントフェンダーのラインを反復させた感じもするが、かなり大胆だ。
こうなると、スライドドアを開けたときのボディとの間隔が開いてしまうことが懸念される。しかし実車を見ると、下側の隙間をかなり詰めることで、違和感のない開き方になっていた。トヨタならではのきめ細かい仕立てだ。
フロントマスクはプレゼンテーションでも紹介されたように「ドヤ顔」「ちょい悪」路線を継承している。しかし、デザインはシンプルになっていた。
グリルはさらに大きくなったように感じるものの、ヘッドランプとのつながりはスムーズで、フォグランプが収まるバンパー両端はむしろ簡潔になっている。
リアについても同じことが言える。コンビランプをリアウインドー左右に回り込ませることはやめ、サイドのスロープするラインからのつながりを重視し、真後ろから見ると鳥が翼を広げたような造形となっている。
○2列目のおもてなしはクルマの次元を超えた
インテリアは、前席まわりは14インチの大型センターディスプレイ、電動化により短くなったシフトレバーなどが目立つ。メーターは12.3インチのフルデジタルで多彩な表示が可能になったものの、メーターとセンターディスプレイを明確に分けた造形は、むしろオーセンティックだ。
トピックはむしろ2列目だろう。天井には照明、スイッチ、エアコン吹き出し口などを一体化させた「スーパーロングセンターコンソール」を備え、上級グレードではスマートフォンを思わせる脱着可能な液晶パネルでシートなどの操作が可能な「リアマルチオペレーションパネル」を用意する充実ぶりだ。
しかもこのパネル、前後左右や強弱などの物理的な調節だけでなく、「Dream」「Relax」「Focus」「Energize」という感覚的なモードも選べる。いい意味で家電を思わせるおもてなし装備だ。
ところで今回の発表会では、「高級車」ではなく「ショーファーカー」というフレーズが字幕を含めて用いられていた。ショーファーカーはドライバーズカーとは違い、運転は専従の運転手に任せて、オーナーは後席でリラックスするタイプのクルマだ。
プレゼンではトヨタのショーファーカーとして、2023年4月の上海モーターショーで発表した「クラウンセダン」を紹介するとともに、「センチュリー」を大胆に変えようという動きがあることも明かされた。その直後、画面にはSUV風のシルエットが映し出された。
アルファードとヴェルファイアはショーファーカーのスタイルを変えてきたクルマだ。このジャンルにも多様性があっていいというメッセージであり、それはハンフリーズ氏が日本語で語りかけた「クルマの未来を変えていこう」という言葉にも表れていた。
トヨタはどのようにショーファーカーを変えていくのか。今後の展開にも注目だ。
森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら