〈ryuchellさんを偲んで〉カルーセル麻紀、自らも苦しんだホルモンバランスの崩れと誹謗中傷「昔は見世物、コンプライアンスはあったもんじゃなかった」「男が女に生まれ変わるには想像を超える痛みと苦しみが待ってるのよ」

一部報道では「女性ホルモン」を投与しはじめていたとされるryuchellさん。遺書の有無は明らかにされておらず、自殺を図った理由も不明だが、友人には「ホルモンのバランスが悪い」という悩みを漏らしていたという。日本人で初めて性別適合手術を受け、戸籍を男性から女性に変えた、カルーセル麻紀さんに「女性ホルモン投与」のリスクについて聞いた。
カルーセル麻紀さんといえば、北海道釧路市出身、15歳で家出した後は年齢をごまかして札幌市のゲイバーに勤務。その後、全国各地のゲイバーやキャバレーを転々とし、1963年に芸能界デビューした。まだ“おねえタレント”など存在すらなかったころだ。だがいまや“オネエ界のドン”で“戸籍を男性から女性にしたパイオニア”と称されている。生前のryuchellさんとは実際に会うことはなかったが「ryuchellのことは、ぺこ&りゅうちぇるとして出てきたときから知ってたわ。その後、子供も産まれて、女性らしく美しく生まれ変わった姿も見て、陰ながら応援してたわよ。それが突然こんなことになって、本当に残念よ」と、若すぎる死を悼んだ。
インタビューに応じるryuchellさん(集英社オンライン)
――ryuchellさんはSNSなどにいくつもの誹謗中傷が書き込まれていました。麻紀さんもかつてはさまざまな誹謗中傷に晒されたと聞いてます。「私がテレビに出始めた70~80年頃は私のようなオカマは完全に見世物、化け物扱いよ。コンプライアンスなんてあったもんじゃないし、自分たちと違う人間をバカにして笑いものにするクイズや演出ばかりで、あまりの低俗さと醜悪さに耐えきれず、本番中にスタジオから飛び出したことも一度や二度じゃない。週刊誌があることないこと書いたときなんか、殴り込みに行ったことだってあるくらいだから」――そうした扱いや誹謗中傷とは断固として戦ってきたのですね。「自分が笑いものやバカにされるようなことは許せなかったから、“男”の顔が出てタンカを切ってきたけど、誹謗中傷なんてもんとは戦わず、見ない、気にしない、反応しない、でやってきたわ。でも私、サービス精神もあったわよ。女性ホルモン注射の関係で母乳が出てた時期があったんだけど、突撃してきた記者に目の前でピューッと出して見せてやったら『カルーセル麻紀、妊娠か』なんて書かれて、そんな記事は笑って許したわ。妊娠するわけねえだろ(笑)」――ryuchellさんが「ホルモンバランスの乱れ」で悩んでいたという報道がありました。取材班も「女性ホルモン」を投与していたとうかがっています 。それについてどう思われますか?「女性ホルモンを投与すると、ヒゲが生えなくなったりおっぱいが大きくなったり体つきに丸みを帯びたりと、体が急激に変化するのはもちろんのこと、情緒が女性らしくなるからか鬱っぽくなる子はたくさん見てきました。だからryuchellもその急激な変化に苦しんだのではと想像できます」――麻紀さんが初めて女性ホルモンを投与したのはいつなのですか?「胸がもっと欲しかったし、女性的な丸みを帯びた体になりたかったから18歳の時にショーパブの先輩から聞いたの。当時は薬局に100円で『デポ女性 』という商品が平然と売られていて、自分でお尻に打ったもんよ。週に1回、多いときは2、3回打ってたわ」
15歳の頃のカルーセル麻紀さん(公式HPより)
――当時は先輩がたも含め、ご自身でホルモン投与していたんですね。「そう。すると一ヶ月もするとオッパイが徐々に膨らんで女らしい体つきになるの。ヒゲも生えなくなるし。でも、いいことばかりじゃない。副作用が相当きついんです。薬の力で本来のホルモンバランスを壊して無理矢理女になるわけだから、そりゃそうよ」
――麻紀さんの場合はどんな副作用に苦しんだのでしょうか。「強烈な頭痛よ。解熱鎮痛剤を飲めば治るので、毎日のように痛くなったらすぐ鎮痛剤を飲む、という感じでした。19歳の時に大阪で睾丸摘出手術を受けた後や、30歳でモロッコで性転換手術(男性器除去、造膣)を受けた後も、血と膿にまみれて肉体的な激痛に襲われて…とにかく男が女に生まれ変わるには、女性ホルモン投与の副作用はもちろん、術後は想像を超える痛みと苦しみが待ってるのよ」
19歳で大阪のゲイバー『カルーゼル』で働いた当時。髪は金髪に染めていた(公式HPより)
――麻紀さん自身はホルモン投与によるバランスの乱れなどの不調はなかったのでしょうか。「だいたいそういったバランスを崩すにはきっかけがあるの。ほとんどが恋愛よ。体は女になっても自分が男だった過去は消せない。それに、好きになる男はたいていノーマル男性だから、最初は物珍しく相手にされても、結局は他の女の元にいっちゃうの。どんなに姿形を女に作り変えても、女として見られず、愛されず、生きられない。その葛藤が自分を追い詰めるの。そうして自死を選んだ子たちを何人も見てきたわ」――麻紀さんご自身がそのような葛藤から、自死を思い悩んだこともありましたか。「そりゃ私だって崩れそうになったことはありますよ。でも、自死を思い悩むことはなかった。結局は綺麗さっぱり諦めて吹っ切るしかないの。自分のための人生なんだから。それにね、私は本質的には男。弁天小僧(女装の大泥棒)の生まれ変わりだと思ってる。女性っぽい仕草はするけど男性っぽいタンカも切る。惚れた男とどんな結末を迎えようと、私は私、で生きてきたのよ」――性自認のことで悩んで、これからホルモン投与や手術を検討する方に、伝えたいことはありますか。「ホルモン投与は手軽に始められるところはありますが、やはり覚悟と準備が必要ということね。特に性転換手術は決意してから1年、準備してさらにもう1年待ってみて、それでもやらずには死ねないという気持ちがあるのなら、やればいい。あとは、近くに相談する人がいるかいないかももちろん重要。だからryuchellは、もしかしたらそういう相談ができる人がいなかったんじゃないかしら、と思うわ。一人で抱え込んでしまったのかも」――相談する人というのはどういう人が適任なんでしょうか。「ホルモン投与や性転換手術の経験者です。もちろん医師に相談して進めていくでしょうが、医師よりも近い存在の相談者は絶対必要ですね。KABA.なんかも私に相談してきたけど“あんた、その年でやめなさい”って言ってたんです。でも結局、覚悟決めてやったのよね。大したもんよ。ただKABA.もホルモンの影響で頭痛に悩まされてたわ」
カルーセル麻紀さん(公式HPより 撮影/山岸伸)
――麻紀さんにとっての相談者とは、どなただったのでしょうか。「私はショーパブの先輩やらいろいろいたから。でもね、KABA.も私がどんだけ止められても手術したように、結局は自分の信念なのよ」
性別違和の日本屈指の医療機関「岡山大学病院 ジェンダークリニック」が性同一性障害の患者1150人対象に行った調査によると「自分の性別に違和感を抱く」人たちの自死願望は回答者の59%を占め、自傷行為や自死未遂の経験者は20%を超えた。もともと自己否定感を抱えているうえに、ホルモン投与を始めると精神的に不安定になり、さらに自死率が高くなるという。産婦人科医でPillクリニック院長の宮本亜希子氏に(自分の性別ではない)異性のホルモンを投与する際のリスクを聞いた。「男性が女性ホルモンを打つと不安定になるのは、そもそも男性ホルモンのテストステロンには多幸感をもたらし、怒りや不安、ネガティブな感情を落ち着かせる働きがあるところ、女性ホルモンのエストロゲンを打つことにより、元々あったテストステロンよりもエストロゲンが優位になるんですね。そのため、性欲が減りますし、情緒面でも男性的な攻撃性が薄れて柔和になるため、それにより鬱っぽくなる方もいるのです」
現場となったマンション(撮影/集英社オンライン)
さらには、次のようなリスクもあるという。「男性がエストロゲンを投与すると、血栓症や肝機能障害、心不全、心筋梗塞、脳梗塞、高血圧のリスクを高めますので、定期的な検査が必要です。その点、女性に男性ホルモンを投与するほうが重大な副作用は少ないようです」ホルモン投与する際の注意点についても聞いた。「トランスジェンダーへのホルモン補充は、まだエビデンスが少なく、ガイドラインもはっきり確立されていません。医師と患者さんとできちんと相談しながら投与期間や投与量を決めることがとても重要です。保険が効かないので高額なために、個人輸入などしがちですが、自分で勝手に投与量を決めて打ったり、勝手にやめたりは絶対にしないことです」女性の更年期障害など、ホルモン補充療法は、使い方によっては、心身ともに楽になるケースも多々ある。しかしながら、バランスを崩し自らを苦しめる結果に陥ることもあり、これからも専門家の研究とエビデンスの積み重ねが求められている。取材/集英社オンライン編集部ニュース班