認知症基本法が国会で可決・成立!法制度化が進められた背景とは?

6月14日、参議院本会議にて認知症基本法(共生社会の実現を推進するための認知症基本法)が成立しました。
認知症基本法は認知症に対する国民の理解度向上、認知症の人が生活しやすい社会の構築、認知症の人の人権保護などを目的した法律で、これら基本理念に沿って施策を行う責務を国・自治体に課している内容です。またこの法律では、内閣総理大臣を本部長とした「認知症施策推進本部」の設置も規定。今後国が中心となって、認知症施策が全国各地の自治体で展開されていくと予想されます。
なお、この法律では国・自治体、あるいは国民・介護事業者に対して罰則を伴う義務などが定められたわけではありません。あくまで基本理念の提示に重きが置かれ、今後はこの法律の方針に沿った施策が苦に・自治体により計画、実行されていくという形です。
今後は自治体でも対策委員会が設けられたり、認知症施策への予算が設けられたりするなど、法律の理念に合わせた動きが活発化する見込みです。
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国・自治体に対して認知症関連の施策・事業を促す認知症基本法の成立は、介護・福祉分野では長年にわたって待ち望まれていました。
実は2019年の時点でも、一度認知症基本法が法案として国会に提出されましたが、当時は反発が多くて不成立となっています。この2019年案では、認知症の「予防」に努めるように国民に責務を求める内容で、この点に対して反発が大きかったのです。
「予防」を国民の責務とすることには、法律として前例があります。2006年に成立した「がん対策基本法」では、がんの予防に取り組むことが国民の責務とされています。2019年案はこれに倣ったものでした。
しかし、認知症はがんとは大きく異なります。がんは「病気」であり、本人の生活習慣改善、健康診断などを通しての予防効果は高いです。本人の心がけが、病気を防ぐ上で重要になると言えます。
一方、認知症は「状態」であって病気ではありません。ある程度予防はできるものの、加齢が進むにつれて認知症になる人の割合はどうしても高まり、さらに本人の人生歴や性格なども認知症になるかどうかに大きく影響します。
このような特徴を持つ認知症に対する予防を、国民全体の責務とするのは無理がある、との意見が多かったわけです。
今回成立した認知症基本法は2019年案とは異なり、認知症の「予防」ではなく、国民に対して認知症の理解度を高めていく「共生」が協調される内容となっています。これにより反発が減少し、国会にて全会一致で成立しました。
認知症基本法は共生社会を目指すという理念レベルの提示が目的です。同法は第1章~第4章から成り立ち、このうち第3章には「基本的施策」として政府、自治体が取り組むべき基本的施策について言及されています。そのポイントは以下の通りです。
施策自体は国・自治体が打ち出しますが、実際の実行役としては、現場で直接高齢者に触れる介護事業者・介護職が重要な役割を果たすことになるでしょう。
そもそも認知症とは、さまざまな脳の病気によって脳の神経細胞の機能が次第に低下し、記憶力や判断力といった認知機能が衰え、社会生活に支障をきたしている状態のことです。
認知症の原因となる病気によって、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などの種類に分かれます。基本的に65歳以上の人を想定していて、64歳以下で認知症になった場合は「若年性認知症」と呼ばれます。
認知症は一般的に、軽度認知障害(MCI)という認知症の前段階、軽度、中度、重度と進行していきます。軽度認知障害~軽度の段階であれば、多少の不便はあるものの日常生活を問題なく送ることが可能です。しかし中度、重度と認知症が進行していくと、家族や介護職など周りの人の支援がなければ生活が難しくなってきます。
特に介護する側の負担が大きくなるのは、人によって現れる心理・行動のあり方が変わる周辺症状(BPSD)です。興奮、暴力、徘徊、うつ状態、意欲低下、妄想、怒りっぽい、弄便(便を手でつかむなど)などの状態が見られ、ひと時も目が離せなくなってきます。
介護する側の認知症に対する理解が浅いとケアが不適切となり、より状態を悪化させる恐れがあります。また、理解不足により介護者が人権を侵すような行為に及ぶことも少なくありません。家族が本人を外に出さないように家に鍵をかけたり、家族が認知症の人を叱りつけたりする、いわゆる虐待につながることも多いです。
今回の認知症基本法では、多様な心理・行動が現れる認知症に対する国民の理解度を高め、共生できる社会構築を目指すのがその基本理念。法に基づいた国・自治体の施策を通して、認知症に対する国民の考え方・ケアのあり方の変化が期待されています。
認知症研究については、九州大学医学部が福岡県糟屋郡久山町にて1998年から2012年という長期間にわたって行った実地研究が有名です。久山町に住む65歳以上の住民の約9割が参加し、産官学がタッグを組んで行われました。
この研究では、認知症が加齢とともに増えることが客観的データとして証明されています。研究結果によると、認知症の発症割合は75歳以下だと10%未満。しかし80~84歳で22.4%、85~89歳で44.2%、90歳以上で64.2%が認知症になっていました。加齢が進むほど発症リスクは高まるわけです。
しかも、認知症の有病率自体も年々高まっていました。久山町に住む65歳以上で認知症になった人の割合は、1985年では全体の6.7%でしたが、2012年では17.9%にまで増加。糖尿病など生活習慣病の患者数の増加が、有病率向上に影響していると考えられています。
この研究は人口約7~8,000人の久山町を対象としたものですが、日本社会の縮図とも言えます。今後日本ではさらに高齢化が進展していく見込みです。それにともない、認知症の人が社会に増えるのは確実。認知症の理解度を国民レベルで高めていくことは必須事項となりつつあるわけです。
介護職にとって、今回の認知症基本法における最大の注目ポイントは、国・自治体に対して、「認知症の人の意向・尊厳を保持できる福祉サービスなどを提供すること」「雇用」も含めた認知症対策を行うこと」を求めている点です。
法律制定後、国・自治体は法の理念に沿った施策を進めていくと予想されます。福祉サービスの提供内容、雇用も含めた認知症対策が、実際に実行されていくわけです。そうなると、当然ながら施策を現場で実行する役割を担う介護職の働き方にも影響が出てきます。
ここでのポイントは、法律はあくまで理念・方針・努力要求の提示のみという点です。実際にそれを施策にするのは国であり、実行できるように具体化するのは介護保険制度の保険者である自治体です。
介護職としては、今回の法律の内容を把握するのはもちろんですが、今後この法律に基づいて国がどのような施策を打ち出し、勤務先施設のある自治体がそれをどう実現していくのか、引き続き注目していく必要があるでしょう。
今回は認知症基本法について考えてきました。本法律の成立により、これからどのような認知症施策が打ち出されていくのか、今後の動向にも目が離せません。