米軍「退役させたい」議会は反対だった? 異形の攻撃機「A-10」の行方 湾岸戦争の伝説も“危ない”評価か

独特な外観と、数々の逸話から日本でも一部の航空ファンから熱狂的な支持を受けるA-10「サンダーボルトII」攻撃機ですが、アメリカ空軍は退役させたがっているそうです。しかしそれに議会が難色示したのだとか。その理由を探ります。
アメリカが開発した攻撃機A-10「サンダーボルトII」は、その特徴的な外見や数々の実戦での逸話から、一部の航空ファンのあいだでは、単なる軍用機の枠を越えた一種サブカル的な人気すらあります。しかし2023年現在、実はアメリカ空軍からの退役が迫っています。
A-10だけが装備する30mmガトリング砲GAU-8の威力や、実戦において被弾しつつも無事に生還した数々のエピソードは、多少誇張されながらもこの機体への愛が込められていました。ただ、いま運用しているのはアメリカ空軍が世界で唯一です。
同空軍は、予算削減とF-35のような新しい戦闘機の運用に注力するためにA-10の退役を希望しています。このA-10の削減と退役の流れは2014年頃からすでに始まっていましたが、その都度、アメリカ議会の反対によって阻止されていました。
議会がA-10退役に反対する理由は、対地攻撃と地上部隊支援を専門とする同種の機体がないからというもの。しかしそれ以外にも、A-10部隊の削減によって所属基地の雇用が失われる、ひょっとしたら基地が統廃合の対象になってしまうかも、と懸念する地元出身の議員による圧力もあったようです。
米軍「退役させたい」議会は反対だった? 異形の攻撃機「A-1…の画像はこちら >>アメリカ空軍のA-10「サンダーボルトII」攻撃機(画像:アメリカ空軍)。
それでもアメリカ空軍でA-10退役の動きは続いており、昨年(2022年)には空軍トップであるチャールズ・ブラウン・ジュニア空軍参謀総長が、「2030年頃までに同機を完全退役させる可能性がある」とコメント。
そして、今年度の国防に関する方針を決めるNDAA(米国国防権限法)では54機のA-10退役が明記されており、これが承認されれば、いよいよこの「名機」の退役が始まることになります。
A-10飛行隊が所属する基地では機体更新の具体的なスケジュールがすでに発表されています。まず、アイダホ州ドーウェンフィールド空軍基地は2027年度予定でF-16「ファイティングファルコン」に、ジョージア州ムーディー空軍基地は2029年度予定でF-35A「ライトニングII」に、それぞれ機体を更新するそうです。なお、各基地のプレスリリースでは、A-10を別部隊へ移管するのではなく、「退役」であるとわざわざ明記されていました。
ただ、もし仮にアメリカ議会がいうように、A-10がまだ使えるのならば、わざわざ退役させるのは税金の無駄使いにも思えます。なぜ、アメリカ空軍はこの機体を退役させたがっているのでしょうか。
A-10攻撃機の運用が始まったのは1977年のこと。この頃、この機体に求められたのは、多くの対地攻撃兵装を搭載し、低高度で友軍地上部隊を間近から支援する、いわゆる「近接航空支援」を行える能力でした。
一般的なジェット戦闘機と比べて長い空中待機能力と、まっすぐな直線翼に多種多様な兵装が搭載できること、そして低速・低高度での運動性能の高さを達成すべく、あのような特徴的な外見になったのです。当時の攻撃機としては最適解だったといえるでしょう。
しかし、天敵となる地上配備の対空兵器の発達によって、このA-10の能力にも陰りが見えてきました。対空ミサイルや、センサーによって精密に照準される対空機関砲が当たり前となった現代の戦場においては、低速・低空を飛ぶA-10が生存するのは難しくなったからです。
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アイダホ州ドーウェンフィールド空軍基地に競技会の為に集結したA-10攻撃機(画像:アメリカ空軍)。
1991年に勃発した湾岸戦争では、A-10が8000回以上も出撃しました。その戦果は確認されたものだけでも、イラク軍のトラックを1000両以上、戦車は900両以上、火砲は900門以上、ほかにも様々な攻撃目標を撃破したといわれています。
一般的には、湾岸戦争によってA-10が攻撃機として再評価されたとなっていますが、その一方で、参加した約130機のA-10のうち半数が戦闘中になにかしらの損傷を受けており、A-10の従来の戦い方がリスキーであることを実証してしまったのです。
実際、同戦争中には防空兵器が充実した共和国防衛隊の攻撃に参加したA-10が、赤外線誘導ミサイルによって同じ日に連続して撃墜されており(2機が撃墜されパイロット1名が死亡、1名が捕虜)、これを受け、その後の作戦運用に一定の制限が課せられています。
今後、アメリカ軍が参戦するかもしれない戦場では、湾岸戦争よりも高度な防空兵器が存在することは間違いなく、そんな戦場でA-10の生存性に疑問が持たれるのは当然の流れといえるでしょう。
もちろん、運用するアメリカ空軍も、A-10の脆弱性をそのまま放置したワケではありません。湾岸戦争後に再評価されたA-10は、のちに能力を向上させる近代化改修を段階的に受けており、初期モデルだった「A」型も2006年からは精密誘導兵器やターゲティングポッドが運用可能な「C」型へとアップデートが図られています。
この「C」型の一番の特徴は、ターゲティングポッドやデータリンクなどによって目視外の遠方の目標でも識別できるようになったことです。筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は実際にアリゾナ州のデイビス・モンサン空軍基地でA-10飛行隊を取材しましたが、そのとき所属するA-10パイロットが直接話してくれたのは、「(従来のA型では)目標に接近して識別すること自体が、リスクを伴う挑戦的な行為。ターゲティングポッドなどを装備するC型は、状況認識能力が高く、それがA型とC型の一番の違い」ということでした。
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1991年の湾岸戦争で赤外線誘導ミサイルが命中したA-10。被弾後の生存性の高さを証明したが、同時に被弾数の多さから、脆弱性も浮き彫りとなった(画像:アメリカ空軍)。
A-10の全面退役が現実的になった今でも、この機体を現代戦闘に用いることができるよう改良は進められています。今年(2023年)4月にネリス空軍基地の第422試験評価飛行隊が公開した写真では、同部隊のA-10に16発ものGBU-39小口径誘導爆弾を搭載して試験飛行を行っています。
GBU-39は航空自衛隊でもF-35で運用を始めた新しい精密誘導兵器です。重量は約130kgと小さいですが、GPS/INS(慣性航法)によって誘導されるため命中精度が高く、なによりも目標から離れた距離から投下できるスタンドオフ兵器であるため、投下母機はより安全に攻撃できるのが特徴です。
GBU-39のような遠距離から攻撃できる兵器ならば、防空兵器に脆弱なA-10でも低リスクで地上攻撃を行うことができます。また16発という搭載量は、搭載兵装を機内に収納するF-22やF-35のようなステルス戦闘機よりも圧倒的に多く、それはA-10だけの長所にもなるでしょう。
将来のA-10の任務は、我々がイメージするような地を這うかのごとく低空で暴れる攻撃機ではなく、多数の誘導兵器を抱えて戦場を飛ぶ爆弾の運送屋的な役割かもしれません。
今後、現役で飛ぶA-10は徐々に減っていくものの、最後の飛行隊が運用機を手放すまではアメリカ空軍の戦力として第一線に立ち続けるでしょう。ひょっとしたら、そのときの戦い方は今のA-10とは異なるものになっているかもしれません。