拡がるLNG船「インフラ追い付かない問題」 西日本初の“動くLNGスタンド”ようやく登場へ

環境に配慮した新たな船舶燃料としてLNGが普及する一方で、供給の課題が浮き彫りになっています。そのカギとなるのが、船から船へ燃料を補給するLNGバンカリング船です。西日本初のLNGバンカリング船が、ようやく進水しました。
九州電力や日本郵船などが出資するKEYSバンカリング・ウエスト・ジャパンは2023年7月12日、西日本初となるLNG(液化天然ガス)バンカリング船「KEYS Azalea」(積載容量約3500立方メートル)の命名・進水式を三菱重工業下関造船所で行いました。同船は三菱重工グループの三菱造船が建造しており、2024年3月の竣工後は九州・瀬戸内地域でLNG燃料の補給や輸送などに従事します。
拡がるLNG船「インフラ追い付かない問題」 西日本初の“動く…の画像はこちら >>進水した「KEYS Azalea」(深水千翔撮影)。
KEYSの吉上耕平CEO(最高経営責任者)は「カーボンニュートラル社会の実現向け、環境負荷の低いLNG燃料の供給事業を通じて温室効果ガス(GHG)排出量の低減に貢献するのが、当社の使命だ」と話します。世界的な環境規制を受けてLNG燃料船の導入が進んでいるものの、その供給インフラがなかなか整わない課題も浮き彫りになっています。
「KEYS Azalea」は戸畑LNG基地(北九州市)を拠点として、九州・瀬戸内地域に寄港するLNG燃料船へ、シップ・ツー・シップ(Ship to Ship)方式でLNGを補給するバンカリング船として建造中が進められています。
このシップ・ツー・シップ方式は、貨物を積んで寄港した船が荷役中に必要な燃料を一気に補給できるというメリットがあります。陸上からLNGを大型船に供給する場合、専用の出荷設備を備えたLNG基地に寄ったり、何台ものタンクローリーを船につないだりして供給する必要がありますが、こうした手間と時間を省くことができるのです。
同船は運航時の環境負荷を軽減するため、国内のLNGバンカリング船としては初めて、主発電機関にLNGと重油の両方を燃料として使用できるデュアルフューエルエンジンを搭載する予定。燃料供給が可能な隻数は、ひと月当たり4~5隻程度だといいます。
LNGは従来燃料である重油に比べて硫黄酸化物(SOx)で約100%、窒素酸化物(NOx)で約80%、二酸化炭素(CO2)で約30%の排出削減が見込まれている環境に優しい燃料です。大手船社や荷主などが2050年までのカーボンニュートラル達成を目標として掲げる中、水素やアンモニアといった本格的な非化石燃料を導入するまでのブリッジソリューションとして期待されています。
外航海運では自動車船をはじめ、原油タンカーやコンテナ船、バルカーなどにもLNG焚きエンジンの採用が進んでおり、内航海運でもフェリーさんふらわあがLNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない/むらさき」を定期航路に就航させています。
国土交通省はこうした船舶に燃料を供給できる拠点とバンカリング船の整備を推進することで、LNG燃料船の寄港を促進して国際競争力の強化を図りつつ、海運の脱炭素化に向けて船舶の燃料転換を促すことを目指しています。2023年7月現在、「伊勢湾・三河湾」「東京湾」「九州・瀬戸内」「大阪湾・瀬戸内」の4つが拠点形成事業として採択済み。このうち「伊勢湾・三河湾」では2020年10月から日本初のLNGバンカリング船「かぐや」による燃料供給が実施されています。
「KEYS Azalea」は、「九州・瀬戸内」が対象で、西は熊本県、東は岡山県にかけての広いエリアを対象としたLNG燃料バンカリング事業を日本で初めて行うことになります。
「日本郵船、商船三井、川崎汽船は、LNG燃料化を推進しており、特に自動車船が今後LNG燃料化していくと聞いている。九州近郊にはトヨタや日産、マツダ、ダイハツといった自動車メーカーの大きな工場あり、LNG燃料自動車船が北九州近郊に寄港した際にこのバンカリング船が燃料供給を行う」(吉上CEO)
たとえば日本郵船は2028年までに自動車船20隻をLNG燃料船に切り替える計画を進めています。2020年10月に就航した「SAKURA LEADER」をはじめ、すでに4隻が導入されています。
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日本郵船の「SAKURA LEADER」。日本初の大型LNG燃料自動車船として誕生。自動車7000台積み(画像:日本郵船)。
さらに九州電力はLNG燃料を使用する大型石炭専用船2隻の長期用船契約を日本郵船や商船三井と結んでおり、2023年度から松浦発電所(長崎県松浦市)や苓北発電所(熊本県天草郡)といった同社の火力発電所向け石炭輸送に投入する予定。瀬戸内海に面した岡山県倉敷市や広島県福山市に製鉄所を置くJFEスチールも、LNG焚きエンジンを搭載した21万重量トン型の鉄鋼原料輸送船3隻を24年から順次導入していくことを明らかにしています。
このようにLNGバンカリングの需要は高まっている一方ですが、課題も多くあります。瀬戸内海側の水島や福山でバンカリングを行う場合、戸畑LNG基地から関門海峡や来島海峡を通って、往復で2日から3日ほどかかるため、「1週間に1回程度しかバンカリングすることができない」(吉上CEO)とのこと。
加えて九州・瀬戸内エリアでのLNG補給の年間需要は、2030年に年間約9万から19万トン、2050年に約9万トンから25万トンと推計されており、年間6万トン前後しか供給できない「KEYS Azalea」1隻だけでは足りません。需要が詰み上がってくれば、KEYS が2隻目のバンカリング船を建造する可能性もありますが、現状では“様子見”の状態。そもそも新燃料の動向が不透明な中、いくら環境負荷が低いとはいえ船価が高いLNG燃料船を発注に踏み切れない船社も多いです。
そのため、外航自動車船などでは荷主の希求もあってLNG燃料船の導入が進んでいるものの、内航船に関しては、「さんふらわあ くれない/むらさき」と同じ商船三井グループに属する商船三井フェリーの大洗~苫小牧航路に投入される新造船以外、あとに続く動きがありません。
周りにLNG燃料船がないこともあり、別府港に発着する「さんふらわあ くれない/むらさき」はシップ・ツー・シップ方式ではなく、タンクローリー複数台で燃料を供給するトラック・ツー・シップという非効率な方式をとっています。大洗港と苫小牧港も、周囲に発着するLNG燃料船が建造されなければ、新造LNG燃料フェリー2隻のみにしか供給先がないため、トラック・ツー・シップ方式で毎日燃料を入れることになります。
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タンクローリーからLNG燃料を供給する「さんふらわあ くれない」(深水千翔撮影)。
現在、「KEYS Azalea」の補給拠点は北九州の戸畑LNG基地だけですが、瀬戸内海に面している大分LNG基地の活用も考えられます。吉上CEOも「理想は大分・戸畑の2隻体制。別府湾でのバンカリングもあり得る」と話していました。大分でのバンカリングが可能になれば、「さんふらわあ くれない/むらさき」をシップ・ツー・シップ方式へ変更できるかもしれません。
新燃料の普及に必要なインフラ整備が今まさに、急ピッチで進められています。