トラブル続々&政府が主張するメリットも破綻…いよいよ怪しくなってきた「マイナ保険証で国民がよりよい医療を受けられる」の信憑性

トラブルが続出しているマイナ保険証の事実上義務化(紙の保険証廃止)。河野太郎デジタル相は紙の保険証の廃止を延期しない考えを繰り返し示しているが、政府が推進根拠に掲げる「医療DX」の実現はかなり難しい様相だ。国会答弁に基づいてレポートする。
「機器の不具合や紐付け誤り等の理由で、被保険者なのに資格確認ができなかった」「資格確認ができなかったせいで、医療費を一旦、10割請求された」マイナ保険証一体化(紙の保険証廃止)をめぐって、医療現場を大混乱に陥れるほどの深刻なトラブルが次々と発生している。
河野太郎デジタル相は保険証の廃止延期をしない考えを繰り返し示しているが…
こうしたマイナ保険証のトラブル(デメリット)については連日の報道で多くの国民が知るところとなったが、さらに政府が主張するメリットの信憑性もかなり怪しいことが国会審議で徐々に明らかになっている。本記事では今年7月5日の閉会中審査(地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会)での立憲民主党・長妻昭議員および西村智奈美議員の質問に対する加藤勝信 厚労大臣の答弁を通して、その実態を整理していく。まず、政府はマイナ保険証一体化(紙の保険証廃止)を推進する根拠を問われると、繰り返し以下のように述べている。
【長妻昭 議員】(紙の保険証の)来年の秋廃止を微動だに変えずに進むのはおかしいと思うんですが、保険証を残すことを検討してもらえませんか?【加藤勝信 厚労大臣】我が国のデジタル化の遅れはこれまでも度々指摘されてきた。私自身も2回目の厚労大臣をした時のコロナの段階でなかなか感染者数も把握できず、電話やFAXで集めていることも相当ご批判を頂きました。医療DXを進めないとこの国の医療を守ることもできない。今回の措置は、医療DXを進めるため、マイナンバーカードと健康保険証を一体化することによって医療現場で様々な情報を活用してよりよい医療を行なって頂ける。出典:2023年7月5日 衆議院 閉会中審査
要は「医療DXで国民がより良い医療を受けられるようにするため、マイナ保険証一体化の必要がある」と主張しているのだ。加藤厚労大臣は新型コロナウイルスの感染拡大が始まった時期にも厚労大臣を務め、アナログな集計作業に苦労した経験を踏まえているので、この答弁は一見もっともらしく聞こえる。
*上記は当該質疑の論点を筆者が図解した全7分の質疑映像。該当シーンは1分46秒から。外部サイト等で動画を再生できない場合、筆者のYouTubeチャンネル「犬飼淳 / Jun Inukai」で視聴可能。動画タイトルは「閣議決定と矛盾する保険証廃止」しかし、この直後の西村智奈美議員のわずか3分間の質疑で、この根拠はあっさり崩壊することとなる。
西村智奈美議員は直前の長妻昭議員と同様、紙の健康保険証廃止はやめるべきという立場で質問。その中で、医療DXの実現性に関連して「閲覧可能な情報の期間」、「レセプト(医療機関が保険者に提出する月ごとの診療報酬明細書)の反映時間」の2点を順に質問した。
*上記は当該質疑の論点を筆者が図解した全3分の質疑映像。外部サイト等で動画を再生できない場合、筆者のYouTubeチャンネル「犬飼淳 / Jun Inukai」で視聴可能。動画タイトルは「マイナ保険証は医療DXを実現しない」
【西村智奈美 議員】マイナ保険証で医師が閲覧できる情報はどの期間でしょうか?【加藤勝信 厚労大臣】特定健診情報は過去5年分が対象で、現時点では令和2年度以降が対象です。レセプトの中の薬剤情報は過去3年分で、現時点では令和3年9月以降が対象。(レセプトの)診療情報も過去3年分ですが、令和4年6月以降の情報を収載しているところです。これらが患者さんの同意を得て、医療従事者の方が閲覧できるようになります。出典:2023年7月5日 衆議院 閉会中審査
1つ目の質問である「閲覧できる情報の期間」の答弁を情報の種類ごとに整理すると、以下のようになる。・特定健診情報は5年分 *現在は3年強(2020年度以降が対象のため)・レセプト(薬剤情報)は3年分 *現在は2年弱(2021年9月以降が対象のため)・レセプト(診療情報)は3年分 *現在は1年強(2022年6月以降が対象のため)*各情報の中身は厚労省「診療/薬剤・特定健診等情報」 参照要は、全3種類の情報が上限まで溜まる2025年以降であっても最大3年分(もしくは5年分)の情報しか医療機関は閲覧できない。これでは医療DXを謳うにはあまりにも不十分ではないか。西村智奈美議員も下記のように率直に指摘したが、加藤厚労大臣は全く反論できなかった。
【西村智奈美 議員】今、普通に初診のお医者さんにかかった時に「大きな病気したことありますか?」と聞かれて、私たちは10年前の大病だろうが20年前の大病だろうが、口頭でお伝えしています。ですから、この(最大3年もしくは5年という)期間が本当に適切なのかと私は思います。出典:2023年7月5日 衆議院 閉会中審査
西村智奈美議員はレセプトの反映時間についても質問し、先ほどと同様に「医療DX実現」の怪しさを一瞬で露呈させている。
【西村智奈美 議員】(受診後に情報を閲覧できるように)レセプトが反映されるまでどのくらい時間がかかりますか?【加藤勝信 厚労大臣】月末締めで、それが支払金等に回って、それからになりますので、最短で1ヶ月半ぐらいと承知しています。【西村智奈美 議員】最短で1ヶ月半ですね。例えば、新型コロナウイルスに感染したことが1週間前に分かった方が倒れていた時に、レセプト情報は反映されていないわけですね。で、しかも倒れている方が意識不明だったら、それこそ(医療情報は)使えない。出典:2023年7月5日 衆議院 閉会中審査
冒頭にも紹介した通り、加藤勝信厚労大臣はマイナ保険証一体化の大義として、現行の仕組みでは感染状況把握が難しいことを強調してきたが、実際は一体化したところで、それすらも実現できないことがこの短いやり取りで明確になったと言える。
つまり、マイナ保険証を一体化しても、実現される医療DXはきわめて限定的だ。「閲覧できる情報の期間が3年(もしくは5年)分」では、現在は口頭で伝えている5年以上前の大病に医療機関は気付けないし、「「レセプトの反映時間が最短1ヶ月半」では、直近1ヶ月半以内にコロナ感染した人が意識不明で倒れていても、医療機関は感染歴に気付けない。これでは現行の仕組みに劣る面すらあるのだ。くわえて次々に発覚するトラブル(デメリット)も深刻だ。国民皆保険を崩壊させるほどの制度欠陥が既に複数露呈している上、病歴を含む個人情報漏洩、医療機関の負担増大によって、日本の医療機関に対する信頼は地に落ち、医療崩壊すらも引き起こしかねない。*デメリットの詳細と因果関係は筆者のtheletter「「医療DX」ではなく「医療崩壊」を実現するマイナ保険証義務化」(2023年7月13日) 参照以上のことから、マイナ保険証一体化による事実上義務化(紙の保険証廃止)は、今すぐにでも中止にすべき愚策と断言できるのではないか。文/犬飼淳