パラレルワークで介護施設の業務を改善! NTT東日本の取り組みとは

NTT東日本 神奈川事業部は、横須賀市の「新たな人材活用による中小企業支援モデル」を通じた取り組みとして、社会福祉法人 興寿会へパラレルワークを活用した人材支援を行った。3カ月間の支援を受け、興寿会の業務はどのように変化したのだろうか。

○中小企業でのパラレルワークを実現した横須賀市の制度

社会福祉法人 興寿会は、神奈川県横須賀市で特別養護老人ホームやデイサービスセンターなどを運営している介護事業者だ。介護業界では、長年にわたって人手不足が問題となっている。同法人の中心施設である「特別養護老人ホーム 興寿苑」は、業務軽減によって課題に取り組むべく2022年にDX推進会議を立ち上げた。

これに対しNTT東日本 神奈川事業部は、横須賀市の「新たな人材活用による中小企業支援モデル」を通じて、立ち上げ当初から取り組みに参加。1月16日から3カ月にわたり、提案を行った。

従来より横須賀市とともにeスポーツや未就学児の教育活動といったさまざまな地域活性の取り組みを進めているNTT東日本 神奈川事業部。「新たな人材活用による中小企業支援モデル」もそんな活動のひとつだ。これは、NTT東日本が研修という形で社員を派遣し、人手不足やスキル不足といった中小企業の課題解決を支援する取り組みとなる。興寿苑の取り組みは2案件目に当たり、このほか4案件が進められているという。

NTT東日本 神奈川事業部 地域ICT化推進部 担当課長 千原 史也氏は「一般的な副業では個人と企業の間での対応になるため、活動中の内容まで会社は介入しません。ですが、このパラレルワークという制度を活用することで、NTT東日本の業務として社員は活動を行うこととなります。その目的は地域企業の課題把握と社員のスキルアップです。当社としては研修扱いとなりますので支援先からは対価をいただいておりません」と、支援モデルの仕組みと意図について説明する。

パラレルワークとしてこの支援に参加したのは、NTT東日本 神奈川事業部 パートナービジネス部 ディーラーアカウント部門 ディーラーアカウント担当 担当課長の小島 毅洋氏と、NTT東日本 神奈川支店 第三ビジネスイノベーション部 バリュークリエイト担当 主査の小島 一男氏。

応募動機について、小島 毅洋氏は「パラレルワークを通していろいろな経験を積み、営業に広がりを持たせたかった」、小島 一男氏は「亡くなった両親が介護福祉施設でお世話になっていたので、恩返しがしたかった」と話す。
○3カ月という期間で興寿苑の課題解決を目指す

「新たな人材活用による中小企業支援モデル」による支援期間は3カ月に限られている。十分な機材も整えられない中で行われた介護職員の業務効率化支援は、まず課題を絞り、改善点を掘り下げていくことから始まった。

小島 毅洋氏は、「3カ月で達成できることを探るため、我々は始めにキーパーソンの一日の動きを細かく追っていきました。そこで目を付けたのがExcelです。現場では、主に紙書類として印刷するためだけにExcelが使われていました」と振り返る。

興寿苑とNTT東日本は、事務部の勤怠管理および給食課・生活支援課の伝達方法に改善の焦点を合わせた。事務部では従来、職員約120名のシフト表をExcelで作成し、それを印刷して、手打ちで勤怠管理ソフトに入力するという作業が行われていた。1カ月あたり、およそ3,000日分以上の勤務を手入力で管理していたわけだ。

一方、介護ソフトでは入所者の情報を管理している。ここには日常の記録のみならず、給食課が使う入所者の食事箋も記録されていたが、この食事箋も栄養士が手入力する形になっていた。食事を作る業者に渡す食事一覧表や、アレルギーの有無も別途手入力が必要な状態だった。

また介護ソフトは、入所者家族とのパイプ役、窓口を担う生活支援課の業務にも用いられている。興寿苑には本入所と短期入所(ショートステイ)の制度があり、ここでも手書きのシートからExcelへの転記、Excelデータから介護ソフトへの手入力、介護ソフトを閲覧しながら手書きの送迎車運行表作成が行われていた。

つまり、デジタルデータとして作成したものを印刷してアナログデータに戻し、再びデジタルデータとして入力、そこからアナログで書類を作成するという非効率な作業が、各所で生まれていたことになる。

この状況を変えるため、NTT東日本はまず勤怠管理ソフト、介護ソフトそれぞれからデータの出力を試み、これに成功。抜き出したデータを他のシステムで利用できるように加工し、業務改善を進めた。残念ながら生活支援課の改善は期間内に終えられなかったが、こちらにはデータベースを作成し、Excelに紐付けするという提案が行われている。
○NTT東日本による業務改善の効果

わずか3カ月という期間で、新しいシステムの導入などを行っていないにもかかわらず、大きな改善を成し遂げた今回の取り組み。興寿苑 副施設長の薄 祐治氏は、NTT東日本による業務改善の成果を次のように説明する。

「事務部では、1カ月あたり約8時間ほど掛かっていたシフト表作成の時間が1時間ほどに短縮されました。およそ9割の削減ですから、その効果は非常に大きかったと言えます。給食課の食事箋作成は月におよそ1~2時間掛かっていたものが数十分程度に改善されています。ただし突発的な食事の変更をすると介護ソフトから栄養管理の警告が出てしまうので、その対応は必要になりました。生活改善課は期待値になりますが、月60~70件の入所があり8時間ほどかかっていたものが、1~2時間程度に短縮できる見通しです」(興寿苑 薄氏)

同時に、興寿会 事務長の坪内 優子氏は「介護施設を運営するうえで一番怖いのはヒューマンエラーです。給食課において命に関わるかもしれないミスを減らせることは、大きな成果だと思います」と現場目線の改善点を述べた。

小島 毅洋氏とともに派遣された小島 一男氏は「3カ月でなにかを残すためには、できることに絞って解決しなければならないと思いました。今回は事務部、給食課、生活改善課を中心に取り組みを進めましたが、他にも見えた部分はありました。とくに現場である介護課の改善までは行えなかったことは残念です」と、取り組みを振り返る。

これに対し興寿苑の薄氏は「率直に困っていることを伝えても、決してさじを投げることなく取り組んでもらえました。お二人とも垣根や溝を感じさせないお人柄で、これ以上ない方たちが来てくれたと思います」と、謝意を伝えた。
○興寿会が目指すDXの今後

介護施設の業務改善を目指し、興寿会は今後もDXを進めていくだろう。今回の取り組みとは別に、興寿会ではクラウドストレージも導入したという。また今後は、介護職員の労働負荷を減らすため、見守り機能を備えた睡眠センサーを全ベッドに導入することも検討しているそうだ。

興寿会の薄氏は「最終的な理想として、事務作業9割の削減を目指しています。介護には必ず人の手が必要な部分があります。省いた時間は、ご利用者さまに直接関わる部分で使いたいのです」と、その思いを語る。

また興寿会の坪内氏は「中小企業は人材育成まで手が回りませんし、金銭負担も大きいので、DXのスタートラインにすら立てないことが多いでしょう。ですが今回、横須賀市が間に入ることで、NTT東日本さんと繋がることができました。企業という点を線で結ぶのではなく、行政が面で結んでくれたからこそ、この取り組みが実現したと思います」と述べた。

興寿苑の施設長を務める原 茂良氏は、最後に今回の取り組みを次のようにまとめた。

「今までのDXはシステムを入れるだけでしたが、今回はそれらが横に繋がりました。これは現場の課題が可視化されたことによるもので、一番の成果ではないかと思います。今後は、DXを実現できる組織作りとマネジメントできる人材の育成が我々の課題となるでしょう。もちろん他の事業者とも協力して進めていかねばなりません。介護には共通のプラットフォームがないので、連携を強めていくこと、広いプラットフォームを作ることも課題の一つと言えます。将来的には、横須賀市全体の医療・介護・育児などを包括する共通プラットフォームが完成すればうれしいですね」(興寿会 原氏)

NTT東日本はパーパスとして地域循環型の共創を掲げている。これを実現するためには地域や企業それぞれの事情を知らなければならないだろう。「新たな人材活用による中小企業支援モデル」を通じた取り組みは、その布石の一つと言える。横須賀市とNTT東日本 神奈川事業部による人的支援のような取り組みが、全国に波及することに期待したい。