財務省は、令和5年度の予算執行調査で介護事業所の経営実態を調査しました。この調査は、運営する拠点数や事業規模(収益額)と経営状況との関係性を、電子開示システムに掲載されている財務諸表データを基に分析したものです。
1法人当たりの現預金・積立金等(内部留保)の金額や水準を確認したところ、2019~2021年の3年間で内部留保の金額が増加。2019年時点で約4億1,000万円でしたが、2021年には約4億4,000万円になっています。また、年間のコストに対する内部留保の割合も約1%ほど上昇していることがわかりました。
この時期は、新型コロナの感染拡大や政府方針による給与の上昇が図られているため、本来は内部留保が減少していてもおかしくない状況でしたが、それでも介護事業者の多くは一定水準の資産を保有していると指摘しています。
特に財務省が問題視しているのは、預金などが増えているのに対し、職員の給与の平均値が伸びていない点。年間コストに対する内部留保の割合と職員1人当たり給与※の関係を分析したところ、職員1人当たり給与が最大になったのは、年間コストの3~6ヵ月分の内部留保を保有している法人でした。
※法人全体の給与費を、法人全体の常勤換算職員数で割った値。
一方で、6ヵ月以上の内部留保を保有している事業所については、給与がほぼ横ばいか下がっています。本来であれば保有している内部留保が多い事業所のほうが給与が高くなるはずですが、介護事業所ではそれが実現されていません。
この結果によって、一部の法人において、内部留保が積み上がっているにもかかわらず、職員の給与に還元されていない可能性があると考えられるのです。
介護報酬が給与に反映されていない!?いわゆる“内部留保”の多…の画像はこちら >>
過去にも介護施設の内部留保が問題になったことがあります。
2013年、厚生労働省が特別養護老人ホーム(特養)の財務状況を調査したところ、内部留保は2011年度末時点で平均約3億1,000万円、総額で2兆円規模になると指摘されました。そのため、同省内では内部留保をサービスの拡充や職員の給与に活用すべきだという議論が活発になりました。
しかし、これに対して業界団体は猛反発。なぜなら特養は原則として社会福祉法人によって運営され、利益が出たとしても一般企業のように株主への配当金に充てたり、理事長などへの報酬に充てたりすることが禁じられているからです。そのため、利益が上がってもストックするしかなくなり、結果として内部留保という形で積み上がったとされています。
この議論は平行線をたどり、結果的に介護報酬の引き下げにつながったともいわれています。
今回の調査で発覚した内部留保の多くは、コロナ禍における支援金や借り入れ金が影響している可能性もあり、一時的に内部留保が増えただけかもしれません。
ただ、この業界団体の主張だけでは、保有する内部留保が多い団体の給与水準が見合っていないことを説明しきれないのも事実。今後、国と事業者側で議論が紛糾するかもしれません。
そもそも内部留保は、単純に0にしたらいいというものではありません。内部留保とは資産としての意味合いが強く、これを蓄積していかないと、次期以降の運営を縮小せざるを得なくなり、経営が尻すぼみになってしまうという傾向があります。
一般的に、企業や事業者が賃上げに使えるお金は、収益増という“フローによって得る”お金から捻出されるのが健全な経営だとされているのです。
また、内部留保の性質によっても、使用すべきかどうか異なります。内部留保にも2つの種類があり、「発生源内部留保」は、国庫などを活用した積立金や次期への繰越活動のための額。対して、「実在内部留保」は、現預金や有価証券といった流動的な資産から未払金や借入金などの負債を差し引いた額のことを指します。
簡単にいってしまえば、発生源内部留保に手をつけてしまうと、経営が成り立たなくなるもので、実在内部留保は過剰に蓄積させておくと給与体系などに不健全な影響を与えるとされています。ちなみに、2013年に問題になった際は、実在内部留保が平均1億6,000万円あると指摘されました。
ただ、介護報酬は入金されるまで3ヵ月はかかり、その間のつなぎ資金として蓄積しておかなくてはならず、すべてを給与やサービスの拡充に回すのは困難だという指摘もあります。
内部留保の使途については、立場によって視点が異なり、どこまでが正しいのか改めて公平な基準を設ける必要があるのかもしれません。
財務省の予算執行調査では、法人単位の経営状況をさらに分析するため、拠点数・事業規模(収益額)と職員1人当たり給与、サービス活動増減差額率※の関連も調査しています。
※介護や福祉サービスのみによる収益
その結果、拠点数・経営規模が大きくなるほど、職員1人当たり給与やサービス活動増減差額率が上昇する傾向にあることがわかりました。
こうしたデータは今に始まったことではなく、介護事業は規模が大きければ大きいほど利益が大きくなるというスケールメリットが顕著に表れやすい業界とされています。
そのため、以前から財務省や厚生労働省では、介護事業所の大規模化を図る方針で施策を考えています。
決して内部留保が多いからといって、事業所が職員をないがしろにしているわけではありません。ただ、リスクを恐れるあまり、内部留保が過剰になっている事業所があるとも考えられます。
そのような状況では、なかなか職員の給与に反映できず、人材が定着せずに流動的になるでしょう。そのため、配置基準よりも多くの人材を配置せざるを得なくなり、給与アップができないといった悪循環が生じます。
そこで大切になるのは経営戦略です。実際に1事業所が大規模化を図って、経営が安定した例もあります。MS&ADインターリスク総研株式会社が千葉県にある九十九里ホームに聞き取り調査を実施したところ、拠点間の資金移動ができるため、たとえ1つの拠点が赤字でも補てんできるような仕組みをつくることもできるとしています。
また、有資格者などの人材確保にも良い影響があるといいます。例えば、小規模の場合は管理栄養士が1人辞めてしまうと大変なことになりますが、複数の拠点で融通を利かせることもできるそうです。
さらに事業が拡大すれば、新たな役職やポストが必要になるため、現在務めている職員のキャリアアップにもつながります。介護事業は社会福祉ではあるものの、同時に企業としての経営ビジョンが求められているともいえるでしょう。
内部留保について適切な基準を設け、それ以上の額を事業の拡大に使えるようになれば、資金や人材面でも余裕が生まれるかもしれません。
画像提供:adobe stock