カラダを売ることはなんとも思わない──ホスト、インカジ、闇金、妊娠詐欺にまで手を出した31歳女性が、新宿・歌舞伎町で路上売春をはじめたワケ「公園で売れるコツは愛嬌だけ」

「公園の方が稼げるよ」仲間からのその一言で、2018年夏から“街娼”となった女性・未華子(32歳・仮名)。中学1年で家出。親友の実家に住みつきながら、テレクラ売春やソープ、出会いカフェなどで売春を重ねてきた彼女が、なぜ新宿歌舞伎町・大久保公園に立つようになったのか――。歌舞伎町の路上売春の最前線を追いかけたノンフィクション『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』(鉄人社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。(全3回の1回目/♯2、♯3を読む)
最初のインタビューから5日後、僕は了承を得て、教えられた住所を地図アプリに入れて西新宿の未華子の自宅へ出向いた。現地で見たのは、まだ築年数の浅いスタイリッシュな単身用マンションである。間取りは1K、風呂とトイレは別。未華子はここで小型犬と一緒にひとり暮らしをしていた。化粧っ気のない未華子が、部屋着のまま出迎えた。狙いはインタビューの続きはもちろん、未華子の暮らしぶりを知ることである。「私、出不精だから来てくれたほうがありがたい」という、未華子からの提案だった。未華子は家賃10万8千円のここに、常連客から敷金・礼金、保証会社などの初期費用の提供を受けて、かれこれ1年半ほど住んでいるという。不思議に思われるかもしれないが、関係性を深めるため、買春客のなかにはこうしたカネをポンと出す人もいるのだ。では、17歳で当時の親友・明日香の姉の家に転がり込んでからの住居の変遷はどうか。そんな質問を投げかけた。
33歳の未華子(仮名)。過去に売春防止法違反により2度の逮捕歴を持つ(高木氏撮影)
「20歳になり川崎のソープで働くようになってからは、明日香の姉の家を出て歌舞伎町の1Kのマンション(家賃11万3千円)に住むようになりました。8年間ぐらい住んでたのかな、その後、担当(ホスト)と付き合うことになり、担当のマンションに転がり込む形で2年半くらい同棲した。でも喧嘩して追い出されて、歌舞伎町のレディースサウナとリブマックス(ビジネスホテル)を行ったり来たりする日々を4ヶ月くらい続けていた。公園の街娼仲間の琴音とはそのとき知り合ったんです」
結果、公園に立つようになってから裏引きも覚えた。ソープ勤務時代の客や出会いカフェの客からアレコレ理由をつけて生活費を振り込んでもらう。公園の客からは、男がシャワーを浴びている隙に財布からカネを盗んで逃げることもあった。琴音と組んで「妊娠詐欺」もする(※妊娠詐欺とは、男性客に対して「妊娠した」と嘘をつき、金銭などをだまし取る詐欺行為)。買春客と売春嬢── 売春防止法違反を問われかねないという、お互い他人には言えない秘密を共有しあっているからなのか、すっかり詐欺や窃盗の生態系が完成してしまっているようだ。
未華子の住むマンションにて。テーブルに置かれたスマホの下には大量の処方薬が(高木氏提供)
しかしホス狂いだったのは27、28歳ぐらいまでのことで、徐々に担当との関係が変わっていき、30歳を過ぎたころにホスト遊びは落ち着いた、と未華子は話した。ようするに、貢ぐ対象がなくなったことによって、未華子は詐欺や窃盗からも手を引くようになっていた。だが、新たな問題を抱えていた。父親の血筋からなのか、ギャンブルにハマり闇金で借金までしていたのである。「インカジで一昨日12万勝って、昨日も8万勝ってるんですよ。だけど滞納してた家賃1ヶ月分と、闇金への返済5万円、携帯代3万5千円を払って日用品とから買ったら全部、飛びました」インカジとは、インターネットカジノの略で、実際の店舗内に設置されたパソコンからインターネットでカジノゲームをプレイし、勝敗に応じてその場で現金のやり取りをするギャンブルである。競馬や競輪などの公営ギャンブルではないので国内では当然、違法だ。果ては、そのインカジにハマり、顔馴染みの外販(ホストクラブへ行く女性向けの客引き)の男からの紹介で3ヶ月前、10日で1割の利息を払う〝トイチ〟の闇金に手を出したのだ。外販からは、「ガチガチのヤクザでもよければ」と前置きされたというが、未華子は「まあ、トイチだったら払えなくないじゃないですか」と、懸念のかけらもない。「何も闇金で借りなくてもいいのに」とボヤく自分が見える──。
日が傾きかけたころ、窓の外から「ワン」と吠える愛犬の声がした。愛犬は、インタビューの邪魔になるのではとの未華子の計らいでベランダに出してくれていた。どんよりとした鉛色に空は広く覆われている。ベランダに出て、愛犬の様子をうかがうついでにシトシトと降り続く冷たい小雨を確認すると、「今日は出勤できないな」と未華子がつぶやいた。路上に立たないとなると当然、今日の実入りはない。── やっぱり晴れの日しか立たないんだ。「雨の日は基本、立たないですね」── 路上売春って、天気に左右されての綱渡りなわけね。でも、立てば何とかなるって頭があるから気軽に闇金で借りることもできる、と。「そうなんですよ。ぶっちゃけ数千円でも持ってれば1週間とか生きられるじゃないですか」
未華子の自宅マンションにて
── 公園は、いまコンスタントに月いくらぐらい稼げるの?「50(万円)くらいは余裕で稼げます。だって、1日5万を10日やればいいだけじゃないですか」── でも、若い子たちが大久保病院側に来る去年の夏前まではもっと稼げたわけだよね。「まあそうですね。業界自体が暇だとはみんな言いますね。でも、いくら細くてサービス良くて愛嬌が良くても暇な子もいますし。逆に見た目微妙でも公園だと売れる子もいるんですよ。私も30歳を過ぎたあたりから稼ぎは少し減りましたけど、ぶっちゃけ容姿は関係ないですね」── 公園で売れるコツがある。「もう愛嬌だけですよ。前にも言いましたけど、だから私は自分から声かけるんです。『どこ行くの?』ってフランクな感じから入って、『暇だったら遊んでよ』って」
── でも、リスク高いよね、自分から声かけるの。「まあ、捕まるときは、自分から声かけなくても捕まりますからね」── で、カネが入ったらインカジ行くか、ホストに行くか。「そんな感じです」── 生活レベルを下げようと思わない?「思わないです。なんならいまがいちばん下げてますね。これがいちばん最低です、私の。いちど一般職で働く同世代より稼げることを知ったら、もう無理ですね」── じゃあ、もうカラダ売ることなんて何とも思わない。「はい。何とも思わないです」文/高木瑞穂
高木瑞穂
2023年7月26日
1,760円
256ページ
978-4865372601
ここ最近、新宿歌舞伎町のハイジア・大久保公園外周、通称「交縁」(こうえん)には、若い日本人女性の立ちんぼが急増している。その様子が動画サイトにアップされ、多くのギャラリーが集まり、現地でトラブルが起きるなど、ちょっとした社会現象にもなっている。彼女たちはなぜ路上に立つのか。他に選択肢はなかったのか。SNS売春が全盛のこの時代に、わざわざ路上で客を引く以上、そこには彼女たちなりの事情が存在するに違いない。「まだ死ねないからここにいるの」一人の立ちんぼが力なく笑った。本書では、ベストセラーノンフィクション『売春島』の著者・高木瑞穂が、「交縁」の立ちんぼに約1年の密着取材を敢行。路上売春の“現在地”をあぶり出すとともに、彼女たちそれぞれの「事情」と「深い闇」を追った――。