イチゴ栽培のAI・自動化は施設園芸農業をどう変えるか

日本の農業にとって、新規就農者の減少による労働力不足は深刻な課題だ。この課題を解決する糸口として、いまスマート農業の開発が進んでいる。埼玉県深谷市の「いちご畑花園」では、ローカル5Gを活用したイチゴ栽培のAI・自動化実証事業が行われた。

○「あまりん」が人気のイチゴ農園でスマート農業の実証事業

埼玉県深谷市で、埼玉県のブランドイチゴ「あまりん」を栽培している「いちご畑」。秩父鉄道「ふかや花園駅」のほど近くにある同社の農園「いちご畑花園」では、2月~5月末ごろまでイチゴ狩りが楽しめる。「紅ほっぺ」を中心としたレギュラーコースのほか、「あまりん」も食べ放題となる「あまりんコース」も用意されており、シーズンには多くの人が訪れる。

いちご畑花園では2021年11月から2023年3月にかけてNTT東日本 埼玉支店などとともにスマート農業の実証事業を実施した。これはローカル5G、4Kカメラ、AIを活用し、適熟イチゴの数量把握・病害診断などを行う取り組みだ。

この実証事業は、令和3年度に行われた課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証「No.3 新型コロナからの経済復興に向けたローカル5Gを活用したイチゴ栽培の知能化・自動化の実現」(代表機関: NTT東日本)における取り組みと、令和3年度から令和4年度に行われたスマート農業加速化プロジェクト「ローカル5Gを活用したイチゴ栽培の知能化・リモート化実証」(代表機関:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中日本農業研究センター)における取り組みとなる。

いちご畑花園がスマート農業の実証事業に参加した理由はどのような点にあったのだろうか。今回、北澤氏がNTT東日本 埼玉支店とつながりがあることから大空夏いちご農園の丸山英樹氏の視察が実現。視察に同行することができたのでいちご畑 取締役の髙荷政行氏にお話を聞いてみたい。
○ローカル5Gを活用したイチゴ栽培の自動化/AI化

農業は新規参入が少なく、後継者の不足が続いている。とくにイチゴのような施設野菜の場合、技術や経験はもちろん、設備投資も求められるため、新規就農のハードルは高い。いちご畑花園でも研修生を受け入れて後継者育成を進めてきたが、そういった人たちが実際に農業経営に進もうとしても、うまく入り込める環境がなかったという。

髙荷氏は、「NTT東日本さんからお話をいただいて、農業が今後データ化されていけば、企業が就農者の受け皿を作るという将来も可能ではないかと思いました」と、実証事業に協力した理由を話す。

実証事業を知ったきっかけは、埼玉県大里農林振興センターを通じてNTT東日本 埼玉支店の紹介を受けたことだったという。NTT東日本は、総務省より「課題解決型ローカル5G等の実現にむけた開発実証」の採択を2021年8月に受け、実証事業の協力パートナーを探していた。スマート農業の活用を目指すそれぞれの思いが合致した結果、今回の取り組みに繋がったわけだ。

なお、同実証には、NTT東日本のほか、伊藤忠テクノソリューションズ、日本コムシス、いちご畑、GINZAFARM、埼玉県大里農林振興センター、深谷市、花園農業協同組合、NTTアグリテクノロジー、武蔵野銀行、農業・食品産業技術総合研究機構が参加している。

実証事業の内容は、自走式ロボット「FARBOT」やハウス内に設置した固定式4Kカメラで農園内のイチゴや来場者を撮影し、ローカル5Gを介して高精細画像をクラウドに送信。画像を元にAIによる適熟イチゴの自動数量カウントや、同じく画像を活用した病害診断、来園者が密にならないよう適切な誘導を案内するシステム開発を行うというものだ。

ポイントは、限られたエリア内で無線にて高速通信が行える「ローカル5G」にあると言って良いだろう。AIに判断をさせるためには高画質映像が欠かせないが、4Gでは帯域が不足する。かといってWi-Fiでカバーするにはエリアが広すぎる。これらの問題を解決したのが100~300mほどの範囲をカバーできるローカル5Gだった。

髙荷氏は「ロボットが自動で動いてくれるので、人が園内を歩き回らなくても『イチゴがどれくらいあるか』『お客さんをどれだけ入れられるか』が分かります。これによって空いた時間を収穫作業やパック詰めに回せるので、非常に助かりました」と実証事業の成果を語る。

一方で課題もある。現状ではコストが非常に高く、実証事業への協力は可能でも実際の導入は農家にとって現実的ではないという。ただし技術の向上とともに、コストは年々大幅に下がっている。近い将来、十分に導入可能な価格が実現される見通しだ。
○イチゴ生産者同士の意見交換

このいちご畑花園の取り組みを視察に訪れたのが、大空夏イチゴ農園代表の丸山英樹氏だ。丸山氏は現在、夏秋イチゴ「サマープリンセス」を栽培し、イチゴの出荷が減少する夏季に出荷するという農業に取り組んでいる。だが生産性向上に大きな課題を感じており、スマート農業にその活路を見いだすためにいちご畑花園を訪れた。

「具体的な課題は、人件費をどう圧縮するかです。そのためには作業の熟練度を挙げ、作業時間を短縮しなければなりません。そんな中でちょうどNTT東日本さんにいちご畑さんの実証事業に関するお話を伺ったので、ぜひ一度伺ってみたいと思っていました」(丸山氏)

髙荷氏と丸山氏、NTT東日本 埼玉支店の意見交換は、実証事業の技術に関する話、イチゴの栽培に関する話、流通・販売およびコロナ禍の対応、スマートグラスを活用した遠隔指導の話など、非常に多岐に及んだ。いちご畑の髙荷氏は、意見交換を振り返り、次のように感想を述べる。

「農業従事者の平均年齢が68歳とも言われる中で、こういった最新のテクノロジーを入れられる人は限られてきています。農業の今後を考えたとき、NTT東日本さんにはデータをどんどん蓄積していただきたいと思っています。それを後継者に残すことによって、匠のもとで経験や勘を養わなくても農業ができる、そんなシステム作りをしてほしいですね。農家はそこまで手が届きませんが、企業が補っていただければ、日本の農業は変わっていくと思います」(髙荷氏)

近年の国際状況から資材の価格も上昇し、イチゴのような施設園芸を新規で始めるのはより難しくなっているという。政府や自治体による補助も昨今はなかなか厳しい。こういった状況で農業に参入してきているのは企業だ。しかし、企業は資金力を持っているものの、農業の現場における経験が乏しい。こういった農業従事者と企業がつながることで、日本の農業を発展させるたいというのが髙荷氏の思いだ。

これを受け、NTT東日本 埼玉支店 第一ビジネスイノベーション部 マーケティング担当の原口和之氏は、「最大の課題は労働人口の減少だと考えています。農業は経験と勘に頼らざるを得ない面がありますが、その技術の継承を進めなければ未来がありません。いまはまだ取り組みの第一段階ですが、さまざまなジャンルの機械学習を続けていかなければならないでしょう。実証事業でも、2年目には判断精度が格段に向上しました。やはり積み重ねることに意義があると思います」と返答した。

また、数少ない新規就農者として3年間イチゴ栽培に携わってきた丸山氏は、「匠の技をいかにして習得するか、その道はやはり険しいと感じているところです。少しでも早く匠に近づくために、スマート農業の力を借りられるのであればぜひお借りしたいと思っています。先輩農家さんの知見を数値化して引き継げることは大変助かりますし、有効に活用させていただきます」と話した。

NTT東日本の技術と協力企業、そして農業従事者が集った、いちご畑花園における実証事業。これは、地元企業と密接な繋がりを持つNTT東日本の強みが最大限に活かされたことで実現したと言える。今後は、実証事業から得られたデータを解析し、農業における省人化、省力化への取り組みをさらに進めていくという。