8月24日にはじまった福島第一原発の処理水の海洋放出にともない問題となっているのが、日本の飲食店や公共施設などへの中国からのいたずら電話と、SNSで拡散されるフェイク動画だ。9月1日に処理水放出後、初めて底引き網漁が解禁された福島県いわき市の小名浜漁港で関係者たちの声を聞く。
「何日か前にも韓国のメディアが来て『取材させてください』と言われたから『じゃあ取材を受けたら、福島の海産物の輸入禁止を止めてくれるのか?』と言ってやったよ」そうポツリと漏らすのは、福島県漁業共同組合連合会の担当者だ。
小名浜漁港で働く人
ことの発端は8月24日にはじまった福島第一原発の処理水の海洋放出を受け、中国外務省が「日本政府は国内外の声を無視し、世界の海洋環境と人類の健康を損なうリスクを無視し、放出計画を頑なに進めている」と強く批判したことだった。「国際原子力機関(IAEA)がまとめた日本の処理水放出に関する報告書では『国際安全基準に合致している』との見解が示されたが、中国政府は日本の水産物の輸入を全面禁止するなどの対抗措置を行なった。韓国の最大野党『共に民主党』の代表も、日本の水産物の“無期限断食”を宣言するなど、しばらく事態は収まりそうにない」(情報番組ディレクター)取材班が訪れたこの日も、小名浜漁港にはメヒカリ、スルメイカ、伊勢エビ……といった旬の“常磐もの”が次々と水揚げされていく。そんな賑わいをみせる市場の奥にあるのが、透明の窓ガラスで仕切られた「検査室」だ。
自主検査体制に関する掲示物
前述の漁業組合担当者は言う。「検査室で水揚げされた魚の放射能検査を行なっています。いわき市内全域の魚が検査対象になりますが、福島第一原発の処理水放出がはじまって以降も、限界値を超えたトリチウムが検出されたことは一度もありません」小名浜漁港では放射能物質の量が50Bq/kgを超えた魚介類は出荷しない方針。この日も検査室のパソコンのモニターには、安全基準を満たした「〇」というマークが映し出されていく。
検査室のPCモニターには「〇」が映し出される
担当者によると、今から4、5年ほど前にフィーレ状(三枚おろしの状態)で計測できる非破壊装置が導入されたことで、5分ほどで放射能検査を実施できるようになっているそうだ。
こうして安全性が保たれているいわき市の海産物だが、いまだに中国のSNSでは「悪魔日本」「畜生国家」のほか、「小日本」という蔑称をつかって「あいつらは地球上に生存させるのにふさわしくない」などの誹謗中傷が相次いでいる。さらに誹謗中傷はエスカレートし、フェイク動画が拡散される事態となっている。2020年にロイター通信が、メキシコで海に未処理の下水が流れ込んだと報じた動画を「日本の処理水放出」、北海道のオホーツク海に生息する「オオカミウオ」という巨大魚を「放射能で変異した魚」として紹介するなど、まさに無法地帯だ。
そして、直接的な迷惑行為をする中国人も出現している。「福島県をはじめ、全国各地の自治体や飲食店、学校、個人宅などに中国の国番号“86”からはじまる番号による迷惑電話が相次いでいる。なかには『あなたはバカですか?』と一方的に暴言を吐いたり、ののしるような言葉を使って処理水をめぐる対応に抗議する内容もあり、歯止めの効かない状況になっている」(前出・情報番組ディレクター)もちろん、小名浜漁業のあるいわき市もそのいやがらせに頭を悩ませている。いわき市内の鮮魚店の30代女性従業員もそのひとりだ。
小名浜漁港で水揚げされた海産物を見る職員
「うちのお店のインスタグラムに見知らぬアカウントから中国語で『原発処理水は彼をゴジラに変える(原文翻訳ママ)』と送られてきたんです。そのアカウントは普段は友達と遊んだり、旅行先での思い出の写真を投稿しているような普通の人だったので、腹も立ちましたけど、なんだか悲しくなりました」
いわき市内の50代飲食店店長も、中国からのいたずら電話が鳴り止まず、地元警察に相談までしたという。「初めにいたずら電話があったのは処理水を放出開始した24日。発信は“86”から始まる番号でしたが、うちは普段から外国のお客さんが多いから気にせず電話を取ったんだけど、無言電話で。気になってかけ直したら、ののしるような口調で中国語が飛んできたんです。これ以降、中国人から昼夜問わずに電話がかかってくるようになり、この1週間ほどで60件を超えました。あまりにも多いので警察にも相談したんだけど、いたずら電話がなくなる気配はなくて本当に困っています」
“86”から着信。中国からのいたずら電話
幸いなことに中国からの迷惑行為があった店も「今のところ、処理水放出以降も売り上げは変わらない」と話しており、全体で見ても中国の水産物輸入全面禁止によって懸念されていた「値崩れ」も今のところは起きていない。しかし、いわき市内で30年ちかく鮮魚店を営む50代男性は将来への不安を口にする。「処理水の影響かはわからないけど、これまで外国人に人気だった伊勢エビの売れゆきが悪くなった。その他にそこまで大きくお客さんが減ったわけではないとはいえ、処理水の放出は30年もかかるんでしょ?その間に何か問題が起きれば、『やっぱり福島の魚は危ない』ってイメージになってしまうし、震災の記憶が薄まればみなさんの『福島を応援しよう』という気持ちもなくなってしまう。政府がきちんとしたプランを出してくれれば状況はまた違うんだろうけど、全然先が見えないし、不安は尽きないよね……」
岸田総理は9月4日、記者団の取材に対して「水産業を守り抜く。しっかりと責任を果たしていきたい」と強調し、中国による日本産水産物の輸入停止の影響を受けた水産業者への追加支援策に207億円を拠出する考えを示した。しかし、これで福島の漁業関係者の不安を払しょくできるかどうかとは、また別の話だろう。取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班撮影/Soichiro Koriyama