世界最高齢のプログラマーでITエバンジェリスト(伝道者)の若宮正子さん(88)の著書「88歳、しあわせデジタル生活 もっと仲良くなるヒント、教えます」(中央公論新社、1485円)が幅広い世代から注目を集めている。6年前にゲームアプリ「hinadan」を開発した若宮さんは「日本のIT社会は、じっくり構築する必要がある」と語った。(坂口 愛澄)
若宮さんは高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)へ入行。男性社会で働く中で肩身が狭いと感じることは何度かあったという。企画開発部門などを経験し、管理職にも就いた。
「昇進試験の用紙を見て『これって女性でも受けていいんですかね?』と人事部に聞くと『女はダメなんて書いてないからいいんじゃない?』と言われて挑戦したこともありましたね(笑い)。仕事では新しい提案をしたりするのがすごく楽しかった。当時、コンピューターはまだ珍しいもので、社内にあっても触れることはできませんでしたよ」
パソコンを本格的に始めたのは、定年退職後。当時はカスタマーセンターや入門書などが全くなかったため、約3か月間、手探りでパソコンのノウハウを学んだ。
「ワードもエクセルもなかったですからね。知識もないから引っかき回して、パソコンを理解するしかなかった。今でいうSNSにすごく憧れがあって、北海道とか離れた人とチャットがしたかった。送ったものが全て文字化けして、火星人の暗号のようになってしまったこともありました」
70代になってからは、同年代の親しい友人を招き、パソコン教室を始めた。
「あそこのケーキ屋さんがおいしいとか、おしゃべりが優先になっちゃうけれど、合間に教えていました。自分流で教えたから、かなり変則的だと思うわよ。ワード入力や、図形描画を利用してお絵描きする方法を教えたりしました。みんな、結構面白がってくれたことが印象に残っています」
ひな人形をひな壇の正しい位置に飾りつける、ゲームアプリ「hinadan」を開発したのは82歳。「自分でアプリを作ってみたら?」という友人の一言が背中を押した。
「本当に多くの方に手伝ってもらって完成しました。電車でアイデアを思いついたらメモをしたり、何となく頭の中で固めていった感じです。我々の世代は、おひな様はビッグイベントだったんです。ひな壇というものを知ってもらいたかったし、お年寄りが楽しめるゲームはあまりなかったので挑戦してみました」
2021年から、デジタル庁のデジタル社会構想会議構成員を務めている若宮さん。時には、ITエバンジェリストとして、岸田文雄首相に意見を述べることもあるという。
「これまで高齢者の立場から、政府にものを言うことってなかったですよね。岸田さんに話す機会があった時、『高齢者が何を期待してるか政府に知ってもらいたい』と述べました。一生懸命、聞いてくれましたよ。日本のIT社会はじっくりと構築していく必要があると思っています」
若宮さんは多忙を極めるが「私の話を聞きたいという人がいれば、どこへでも行きたい」という熱い思いから、年間約150の講演を引き受けている。
「オファーを受けてからの交渉など、マネジャーをおいていないので全てワンオペでやっています。佐賀で講演後、神奈川に戻り、翌日には北海道にいることもあります。いろんな場所に行けるのは、自分自身とても勉強になるから楽しい。老人クラブでの講演だったら『老いてこそデジタルを』をテーマに話したり、対象の方に沿ったテーマを用意して講演に臨んでいます」
講演会では、参加者から「そのエネルギーはどこからくるんですか?」「一体何を食べているのですか?」といった質問をよく受けるという。
「本当に何もしていないんですよね。食べ物も特に気をつけたりしていなくて。実は、講演で地方に出向く時は、駅弁を食べるのがすごく楽しみなんです。各地の駅弁を食べてきましたが、金沢など北陸地方はレベルが高い。オススメです」
再来年には90歳を迎える若宮さん。自身のモットーは「毎日毎日、今日を生きること」と明かした。
「明日、どんな時代が来るかわからないからこそ、今目標を決める必要はないなと思うんです。常にやりたいと思ったことは、優先順位を上げてなるべくやりとげていきたいと思っています」
【若宮さんが選ぶおすすめ一冊】
◆浅田次郎著「流人道中記」(中公文庫)
この著書は、2018年から読売新聞朝刊でも連載され、かなり人気だったようです。私自身、浅田さんの著書がすごく好きで、何冊も読んでいるのですが、今までで一番面白かったと思っています。上、下巻ともに先が気になり、あっという間に読み終えましたよ。
浅田さんの著書は、いつも登場人物が個性的でひきつけられます。今回は、青山玄蕃(げんば)と押送人・石川乙二郎の二人旅の物語。青山さんだけでなく石川さんの成長物語でもあり、石川さんの人柄にも魅力を感じました。青山さんの素晴らしさが際立つのは石川さんあってこそです。
また、旅で訪れる各地でさまざまなドラマが生まれます。二人は時間がたつにつれ、師匠と弟子のような関係性になっていくんです。互いの素晴らしい生き方に納得させられましたね。ラストシーンは、スカッとするのでぜひ読んでもらいたいです。浅田さんの思う魅力的な人物が、いつも著書に登場しているように思えます。ぜひ、登場人物の魅力にふれてみてください。(談)
◆若宮 正子(わかみや・まさこ)1935年4月19日、東京生まれ。88歳。東京教育大学付属高(現・筑波大学付属)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)へ入行。定年をきっかけにパソコンを独自に習得。現在はNPO法人ブロードバンドスクール協会の理事として、シニア世代へのデジタル機器普及活動に尽力している。